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神秘学メンズラブシリーズ"nihil"  作者:
第一巻『この幻想が 薔薇色の誇りに なると信じて。』(RoGD Ch.2)

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Verse 5-9

 起きた時、ベッドの隣にジークフリートはいなかった。部下達の挨拶も押しやって、レイは中将執務室へ駆け足で向かう。鍵もかかっていない扉を開いてレイの目に入ったものは、きっちりと整頓された僅かな書類。一点の乱れもない家具達。主人の影を残さずに、少将執務室はその姿を変えていた。


「レイ?」


 荒々しい扉の音を聞いて、アルフレッドは驚いたように少将執務室に入ってくる。振り返ったレイは怯えたように瞳に涙を貯めていた。


「アル……ジークが……。」


 世界情勢に敏感な体質にならざるをえないアルフレッドはその言葉で全てを察した。堰を切って泣き出すレイは今にも崩れ落ちそうである。アルフレッドは慌てて背後の扉を閉めた。体を支えてソファーに座らせ、彼の背中をさする。


「アル、ジークは……ジークはドイツに行っちゃったのか? 怖いよ、苦しい、俺はあいつに何もできてなかったのか?」


 白衣を鷲掴みして、レイはアルフレッドに胸の内を告げた。アルフレッドはなにも言わない。レイの言葉を受け止めているだけで時間が過ぎていく。簡易キッチンの通気口が音を立てた。嗚咽を上げるレイを見て、少将執務室に遊びに来たアーサーは眉を吊り上げる。


「おい、どうしたんだよ。」


 レイの肩を掴もうとして、アーサーはハッとして手を引いた。彼が泣いている理由は、彼が一番よく知っているからである。




 不気味な程しんとした建物を前に、エドワードは唾を飲み込んだ。彼の部隊はROZENが管理する宿泊施設を包囲して、中の動きを伺っている。つい昨日まで、日本の合同演習部隊がそこに寝泊まりしている筈だった。


「少佐、だれもいないようです。」


 小声でそう告げた部下に頷きを返すと、エドワードは正面玄関の扉を開ける。それと同時に、彼の部下の総勢がありとあらゆる裏口から施設内に侵入する。


「一〇一号室、だれもいません!」


「一〇二号室、同じく!」


 階段を駆け下りてきた部下に体を向けると、部下達は一度敬礼してエドワードに報告を続けた。


「二階と三階も、もぬけの殻です。」


「四階、五階もだれもいません。」


 ジャンは重々しくため息を着くと肩を竦めた。




「知ってたんだよね。」


 机を挟んでアーサーを前に、アルフレッドは小声で尋ねた。アーサーは小さく頷く。ジークフリートとヨハンをなくして、彼らの部隊は統率を失い始めていた。ROZENとしては手痛い失態である。その様子は今二人がいる、いつもより雑然とした食堂にもよく現れていた。


「元帥閣下も知ってて止めなかったんだろうがよ。」


「だろうね。君が補佐官に報告してるんなら、補佐官も彼に報告してるはずだ。」


 知っている上で捨ておいた。レイの心情を無視した上でも、二人には理解の範疇を超えた行動である。


「もしかして二人ともスパイで行ったとか?」


「だったら俺かニッキーに話はついてるはずだ。」


 どっちもなにも知りゃしねぇ、とアーサーは首を降って肩を竦めた。二人の座る席に料理を運んできたニコライは、いつも通りの無表情である。


「ご苦労さん。」


「ありがとね、こんな時に。」


 各々の食事を受け取って、ニコライはアーサーの隣に座った。レイは執務室に篭りきり出てくる気配はない。


「ドイツと日本が戦争を始める。」


 本題はこれである。アーサーの言葉に、アルフレッドとニコライは頷いた。この点には議論の余地がない。合同演習をしていた日本軍部隊の宿泊施設はもぬけの殻になっている、とエドワードの部隊から速報も入っていた。


「一番踏ん張んなきゃいけないのは、ドイツを挟む大国、フランスとイギリス。イギリスに関してはガウェイン元帥がいるからまだ安心だね。」


「フランスが心配だ。」


 メモ帳に書かれていく図式を見つめ、ニコライはそうぼそりと呟いた。アーサーは顔を上げて理由を問うたが、アルフレッドは特に表情を変えずに答えた。


「もういいじゃん、殺したら?」


 突然物騒な言葉が飛び出た事に、アーサーはあんぐりと口を開ける。当事者達はそんな中佐を無視して会話を淡々と続けていった。


「タイミングが悪い。」


「でも周りは味方ばっかりでしょ?」


「バレたらなにを言ってくるか分かったもんじゃない。ドイツにもいる。ここで蒸し返したくはない。」


 どうやら保守派のニコライにアルフレッドは手を焼いたようだった。暫く考え込んだ後、彼はアーサーに顔を向けた。


「なんだよ。話が見えてこねぇ。」


「もし君が、フランス支部に出来るだけ人に知られないように殺害したい人間がいたとする。君ならどうやって殺す?」


 顎に手を当てて、アーサーは視線を頭上のランプにやった。


「今のフランス支部は大体百年戦争時代の人間が多いんだろ? なら俺はエドを派遣するね。あいつらきっと喜んで、そっちにばっかり目が行くぜ?」




 扉を開けると、エドワードの十数年前の記憶となんら違わないバスカヴィルの姿がそこにあった。ひょっこりと顔を覗かせたエドワードに、彼は思い出と寸分ともずれのない笑みを浮かべる。


「おやジャン、久し振りだね。」


「お、お久し振りです!!」


 先のジークフリート逮捕の令状はロベルトから受け取っていたエドワードは、執務室に入るまで友人の父親が果たしてどう変わったのか想像だにも出来なかった。


「君と会うのはいつぶりだったかな……。まぁソファーに座りなさい。積もる話はあるけれど、そんな事をしていては君の愛国に火の手が走ってしまうからね。」


 僅かばかりの書類を手に、バスカヴィルは席を立つ。ジャンは促されるままにソファーに座ると、初めて入った元帥執務室をぐるりと見渡した。


「さて、君に相談というのは、実はエドワード少佐さえよければフランスに行って欲しいと思ってね。今のフランス支部は百年戦争時代の人々が……つまり君の知己が沢山いる。もし君が前線に立ってくれれば、彼らも士気が上がるだろう。」


 向かいに座って書類を並べながら、バスカヴィルは親しげに説明を始める。自らより二回りほど離れているにも関わらず、尚も衰えを知らない元帥の若さを間近に、エドワードは一瞬見惚れてしまった。


「エドワード君は銃弾や毒ガスはやはり恐ろしいかな?」


 ふと我に返って、エドワードは何度も頷いた。未知の物への恐怖は底知れぬほどある。


「もし神様に愛されてたらきっとそんなものは効きませんけど、今はもう。」


 苦笑いするエドワードに、バスカヴィルも微笑む。


「ナチス・ドイツの戦い方は古い時代の人間から見れば凄惨で卑劣だよ。それに耐えられるかどうかは兵士の士気や精神力に関わってくる。それを底上げする為にも、君以上の適任はいない。」


 書類に目を落として、エドワードは囁いた。


「……行っても構いません。この身を国に捧げる事に反論は全くありません。俺は前世でずっとそうしてきました。……でも、一人で行くのは、少し寂しくて。」


 その言葉を皮切りに、元帥執務室の扉が開いた。振り向くと、胡乱げな顔をしたアーサーがずかずかと絨毯を荒らしに来る。


「おや、君は流石に承諾しないかと思って諦め切っていたんだけれど。」


「うるせぇクソ元帥! はなからそのつもりだったんだろ!!」


 ぐしゃぐしゃにした書類とペンをテーブルに叩きつけて、アーサーは悔しそうにそう怒鳴った。驚いたエドワードの視線を感じて、アーサーは瞳だけをそちらにやる。


「なにボケっとしてんだ、さっさとサインして支度しやがれ! 俺は忙しいんだよ、同じ便でフランスに行くぞ!!」


 パッと明るくなったエドワードの表情に、アーサーは舌打ちを残して踵を返した。


 * * *

毎日夜0時に次話更新です。

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