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神秘学メンズラブシリーズ"nihil"  作者:
第一巻『この幻想が 薔薇色の誇りに なると信じて。』(RoGD Ch.2)

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Verse 5-7

 刃と刃がぶつかる澄んだ音が広い修練場に響く。折角だから修練場に顔でも出そう、と佐藤が私用を終えて修練所に入った瞬間であった。


「元帥閣下はお飾りなどと噂された時期もあったようだが、やはり人の噂も七十五日だったようで……。」


「おやおや、随分と見くびられていたものだね。……どうやってそこまで調べ上げたか後で教えて頂こうかな?」


 入り口付近の人だかりは、ROZENと日本軍によって綺麗さっぱり整理されなくなっている。なに一つ視界を遮るものがない状態で、佐藤はバスカヴィルと悠樹の対決を目の当たりにした。ともに戦闘を開始したはずのレイと島田は既に待機席に戻っている。慌てて人混みを掻き分けて、佐藤は日本軍の待機席に辿り着いた。患部に消毒液を塗りこまれていた同期の竹伊勇斗少尉が、佐藤に気付いて顔を上げる。


「あれ何?」


 互いの刃を跳ねのけて、修練場の中央にいる二人はギリギリまで後ろに跳躍した。


「それより博人がなにやってたか知りたいんだけど……。」


 若干恨みがましい視線を向けられて、佐藤はしどろもどろになりながら謝罪を告げる。竹伊はすぐににかっと笑うと、患部に巻いた包帯の出来を確かめた。


「じゃあ今日は佐藤が炊いた白米もらうわ。」


「またそれでいいの……?」


 佐藤の和食は、部隊内で最も好評であった。対して、洋食の評価は咲口が総なめしている。いいよ、と竹伊が親指を立てると、佐藤は分かったよとばかりに肩をすくめた。


「ところでルールは?」


「相手の獲物が一瞬でも使用不可能になった場合。要するに、手から離れるか、現実的じゃないけどぶっ壊すか。」


 納得したように、佐藤は二人の戦闘に視線を戻す。息を呑んで見守る大衆に対して、佐藤はいくらか楽観的であった。


(元帥も六十歳に差し掛かってるから、いくらなんでもうちが勝つってば。)


 更に派手な音が室内に響いた。電灯に反射して、白銀の光が彼らの視界にちらつく。弧を描きながら宙に放られたバスカヴィルの刀を見て、日本軍の観衆がいっせいに声を張り上げかけた。


「私の獲物は、別に抜き身の刀だけではないよ。」


 さして苦渋を舐めるような表情もせず、ただ涼しい顔でバスカヴィルは悠樹の前に立っていた。彼のいつもの微笑みに対して、悠樹はすぐに刀を縦に構える。


「折れた。」


 バスカヴィルが鞘を腰から抜き放ったその瞬間に、レイがそう呟く。ROZENの軍人達の視線が一点に集まった。銀色の破片が、一直線に床へ突き刺さる。悠樹が握っている獲物の刀身は半分になっていた。暫くして、状況を理解した聴衆達がこぞって歓声を上げた。待機席の全員はあんぐりと口を開けている。歓声の中にまみれながら、アーサーがぼそりと呟いた。


「やっぱ閣下スゲェわ……。」




 ROZEN本部の地下にあるシャワー室で、アルフレッドは見慣れた顔の怪我人達の傷口に消毒液を塗り込んではガーゼや包帯を巻いていた。


「いやー! いい運動した!」


「本日は付き合って頂いてありがとうございます。」


 牛乳を飲みながらリラックスするエドワードの横で、咲口はシャワー室から出てきたばかりのバスカヴィルと悠樹に頭を下げる。


「別に構わないよ。私も久し振りに体を動かせたしね。」


「元帥、お言葉ですがこっちを向いて頂かないと、手の擦り傷に消毒液が塗り込めないのですが。」


 骨でも潰すような勢いでバスカヴィルの肩を掴み上げ、アルフレッドは消毒液を容赦なく手にふりかけた。


「うちの中将はいつも怖いねえ。」


「怖くないとこの地位やってられませんので。」


 軽く受け流すバスカヴィルの擦り傷をきっちりと治療すると、さっさと元帥を執務室に帰す。そして、アルフレッドはいつの間にか一人になっていた悠樹を手招いた。


「大佐も傷を。」


 ワイシャツの第一ボタンを一つ留めた状態で、悠樹は文句も言わずにすたすたとアルフレッドの向かいに座る。


「お久し振り。相変わらずの体の傷だね。」


「生まれつきだ。治療をするならさっさと済ませろ。」


 未だに痺れる右手を差し出され、アルフレッドは手の具合を診始めた。


「結局君の苗字について何か分かった事はあったの?」


 両手首を見比べたり動かしたりしながら、アルフレッドはそう尋ねた。アルフレッドの前世は第二次世界大戦中のアメリカ人スパイであった。悠樹との縁は言わずもがな、島田や咲口達に関しても一方的に知っている節はある。二人の出会いは、アルフレッドが日本にいる時にたまたまあって話をしただけである。このご時世にアメリカ人は珍しい、と悠樹が声をかけたのだ。勿論、懐疑心も込めて。その一度限りの会話の話題に上ったのが、悠樹の苗字についてであった。


「相変わらず、俺以外にこの苗字がいない事だけしか分からん。」


 特に異常なし、と念のためテーピングだけして、アルフレッドは悠樹の治療を済ませた。


「そっかー。実は僕、君と同じ名字を持ってる人を知ってたのを思い出してね。」


 戦後、二人が会う事はなかった。悠樹は終戦間際に結核にかかった末、他界していたのである。


「同じ名字?」


「うん、ずいぶん昔だけど。その青年は僕の命を救ってくれたんだよね。」


 アルフレッドは眼を細める。実に似通っている青年は、彼の近くに常にいた。


 * * *

毎日夜0時に次話更新です。

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