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神秘学メンズラブシリーズ"nihil"  作者:
第一巻『この幻想が 薔薇色の誇りに なると信じて。』(RoGD Ch.2)
6/91

Verse 1-6

 一次試験の会場で、レイは最後の復習に励んでいた。自らのノートをじっくりと眺めながら、永遠にも感じられる試験までの時間を埋めている。段々と席が埋まっていく様子を傍目に、レイはパンを食べ終えて紙袋を鞄の中へ突っ込んだ。そして鉛筆の芯を確認していると、突然会場の外が騒々しくなった。何人かが扉の向こうを覗き込んでいる。他の教室でなにか起こったのか、レイも少しばかり気になって外へ出た。教室へ入る青年達と野次馬の青年達で廊下はごった返している。レイは近くにいた青年に声をかけた。

 

「何があったんだ?」

 

「お貴族様が来たんだよ。」

 

 片眉を吊り上げたレイは、指差された場所に目を凝らす。今の時代、貴族が軍人になる事はそうそうない事例であった。というよりも、普通は両親が許さない筈である。貴族の中から堅物がなる軍人が輩出されるなど階級の恥なのだ。

 

「ほら、あれだよあれ! 金髪の——」

 

 社交界によく出ていた青年達にとってはよく知った顔であり、そしてこの群衆の中では恐らくレイが最もよく知っている人物であった。取り巻きの口々に上るその青年の瞳は、いつもとは違って非常に不機嫌そうである。レイは駆け出した。昨日ジャンの口から、ここには来ない、と聞いたばかりであったのに、なぜ彼はここにいるのか、直に問いただす必要があった。しかし、レイが彼に向かい合うより前にジャンの前に既に一人の青年が立っていた。金髪碧眼の、まるで中世騎士物語から抜け出したような美形の青年であった。

 

「へぇ、伯爵家のぼんぼんがこんな所に何の用だ?」

 

 薄笑いを浮かべている青年は、顎を上げて苦々しい表情を浮かべるジャンにそう振る。

 

「俺がどこに行こうがお前に関係ないね。お前こそなんだ? 試験勉強しなくて大丈夫なのか?」

 

 ジャンの言葉で青年の表情が消え失せる。

 

「僕はお前と違って幼い頃から叩き込まれてるんだ。お前こそ開始時間五分前に来るなんて、貴族のくせに大丈夫なのか?」

 

 どうやら軍配は青年のほうに上がったらしい。辺りの雰囲気ですっかり忍耐が擦り切れていたジャンは、そのまま一歩踏み出して青年に殴りかかろうとした。しかし、その一歩手前で彼の腕を一人の青年が掴んだ。ヨハンである。

 

「煽るのはやめろジークフリート。お前もただじゃ済まないだろう。」

 

「お貴族様は受け流すのが得意かと思ってたけど違ったみたいだな。ヨハンの前世のよしみで許してやるよ、お坊っちゃま。」

 

 ジークフリートと呼ばれた青年が背を向け、取り巻きを連れ立って立ち去ると、辺りの緊張状態は緩和された。友人への疑問をすっかり忘れて、レイはジャンとヨハンの元へ駆け寄る。

 

「大丈夫か二人共。」

 

 嘘をついた二人の友人に顔向けが出来なかったのか、ジャンは表情が見えないように俯いたまま自分の試験会場の教室へ入っていった。レイはそれをただただ見送った後、隣に立っていたヨハンに目をやる。

 

「ヨハン……?」

 

 もう一人の友人は、ジャンの背中から少し逸れた所を見ていた。髪と同じ、黒に近い藍色の瞳を揺らし、殆ど動いていないにも関わらず額には汗が浮いている。恐る恐る肩を掴んで、レイは友人を揺さぶった。

 

「ヨハン、お前気分でも悪いのか?」

 

 我に帰ったようにヨハンは目を見開く。隣に立っていたレイに初めて気付いたのか、その姿をまじまじと見つめると、やがてぎこちなく頷いてその場をよろよろと立ち去っていった。

 

 * * *

 

 結果発表の場で、レイとヨハンとジャンは久し振りに一堂に会した。試験当日から一週間が過ぎていた。

 

「俺、勘当されたんだ。」

 

 受付で受験者の名前が呼ばれる中で、ジャンは二人にそう打ち明けた。

 

「どうしても士官学校に入りたいんだっつったらさー、親父の奴、あんな頭の固い職業についてどうするんだ、ってよ。俺は頭の硬くない軍人を今までずっと見てきたから、そういう職業じゃないって言ったら案の定口論だよ。最終的には試験に行ったら勘当だってさ。喜んで行ってやったよ。ジャンヌは泣いてたけど。」

 

 名前を呼ばれて受付に走ったヨハンを眺めながら、レイはジャンに言う。

 

「貴族のままだったら生活も安定してただろ。金もあるだろうし、きっと普通に結婚して幸せになれた筈だ。別に士官学校に入らなくたって俺達とはいつでも会えるだろ?」

 

 ジャンは目を丸くした。そして、すぐに赤い鼻を鳴らして朗らかに笑う。

 

「なーに言ってんだよ。俺がいなかったら今頃お前ら一人ぼっちだろ? 俺がいなくてやってけんのかよ二人共。」

 

 ヨハンが帰ってくる頃にはジャンの名前が呼ばれた。入れ違いで駆けていくジャンを見送って、ヨハンは封筒の中の書類を確かめる。

 

「どうだった?」

 

「受かった。」

 

 合格書類を見せるヨハンは珍しく満足げに笑った。一通り合格書類を眺めたレイは、それを返しながら封筒を受け取ったジャンを見やる。どうやら合格したようだ。封筒を大手に振りながら駆け寄ってきた。

 

「ジャンがいなかったら、俺達今頃どうなってただろうな。」

 

 ヨハンは沈黙を守る。やがてジャンが大はしゃぎで書類を二人に見せている中、レイが呼ばれた。応援する二人に手を振って、レイは受付へ悠々と歩いていく。

 

「レイさんですね?」

 

「そうです。」

 

 受付の軍人が封筒を差し出した。

 

「入試権利獲得おめでとう御座います。提出書類に関しては全て同封してある紙に印刷されているのでしっかりと目を通して、期日までの記入と提出をお願いします。郵送は当日消印です、間違いのないようお願いします。」

 

「ありがとうございます。」

 

 たった数分で待ちくたびれたジャンは、レイが戻ってくるや否や封筒の中身をせっついた。合格書類をちらりと見せただけで、ジャンはまるで自分の事のように、いやそれ以上に喜ぶ。

 

「次の本試も三人で受かろうな!」

 

 ジャンは二人の肩に両腕を回した。思わず封筒を落としそうになったが、レイは慌てて封筒を強く掴んでそれを回避する。

 

「そういやこの間、ケーキの美味しい店を見つけたんだ。食べて帰ろうよ!」

 

「能天気だなお前、帰って勉強するぞ……。」

 

「買って俺の家で食べていけばいい。折角合格したんだ、うちの親父にもなにか買って帰ろう。」

 

 呆れたヨハンにレイは笑って答えた。もしバスカヴィルがいなければ、この三人は今頃こうして肩を組んで帰る事はなかっただろう。ジャンは喜んだ。

 

「よっしゃ、三人で割り勘して買って帰ろう!」

 

 * * *

 

 入学式は一、二年で使う学舎で開かれる。満開の桜の花が、士官生の制服に落ちていった。レイは辺りを見回しながら歩みを進める。ふと見慣れた人影を見て、その背中へ駆け寄った。

 

「ロベルトさん。」

 

 声をかけると、ヨハンとは対照的な赤褐色の髪を持った男が振り返る。ロベルトであった。新品の制服に身を包んだレイをじっと見つめて、彼は口を開く。

 

「入試、頑張ったな。スピーチは?」

 

 手に握っていた原稿を無言で渡し、ロベルトは狼のようなその鋭い瞳でそれをざっと読み流した。バスカヴィルに何度も添削して貰いながらやっと完成させたそのスピーチ原稿を、ロベルトはレイに返す。

 

「上出来だ。壇上でも話せるな?」

 

「はい、父上やヨハン達の前で何度も練習しましたから。」

 

 満面の笑みで力強く頷くレイを見て、ロベルトも頷いた。

 

 

 

 晴れ晴れしい入学式は成功に終わった。レイ、ジャン、ヨハンはだれ一人落ちる事なく、軍人への道を歩み始めたのである。

毎日夜0時に次話更新です。

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