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神秘学メンズラブシリーズ"nihil"  作者:
第一巻『この幻想が 薔薇色の誇りに なると信じて。』(RoGD Ch.2)

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Verse 3-23

 レイは目の前にいた。茨の向こうで、茨に縛られたままぐったりと膝をついている。どんなに太刀で茨を斬りつけても、バスカヴィルの手はレイに届かない。レイの目の前に立つ少年は笑った。


「もう諦めなよ。お前になんて救えないんだからさぁ。」


 バスカヴィルは刀を床に放る。そして、軍服が、肌が棘で痛めつけられるのも構わずにいばらの中へ分け入り始めた。息子の腕をバスカヴィルは掴む。その端正な顔も、着ている軍服も、その下にある白いワイシャツも、肌も、無数の傷で埋め尽くされていた。レイの腕に絡まる茨を引き千切って、バスカヴィルは倒れ込んだレイの体を抱える。


「私に救えないって?もう一度言ってご覧。言えるものなら。」


 腰から鞘を抜き取って、バスカヴィルは目にも留まらぬ速さでそれを振り下げた。目の前にいる少年の前髪が一房地面に落ちる。少年は床に落ちた髪を見ると、不機嫌そうな顔になる。少年が手を横に出すと蜜色の光とともにダガーが出現した。


「祖父を殺す趣味はないんだけど、そんなに死にたいなら殺してやるよ。」


 満身創痍のバスカヴィルに少年がダガーを振りかざした瞬間、謁見の間から光が降り注いだ。その眩しさにバスカヴィルは一瞬目がくらむ。


「[ルシフェル]から離れろ小僧!!」


 バスカヴィルの頬をきらりと光るなにかが掠めた。鈍い音をたてて少年の肩に深々と矢が刺さる。少年がよろめいた。邪魔者が入ったか、と少年が舌打ちすると、バスカヴィルの腕の中で眠るレイを見つめたまま蜜色の煙とともに消え去った。バスカヴィルは床に崩れ落ちる。緊張の糸が解かれて、漸く肌の痛みを感じるようになった。しかし、彼はレイを離そうとしない。愛しい唯一の息子を、離そうとしなかった。


 * * *


「帰るのかい?」


 立ち上がったジークフリートに対して、アルフレッドはそう投げかける。去るのを躊躇うようにレイの顔を見つめるジークフリートに、アルフレッドは続けた。


「あの時みたいに元帥の命令が下りてるわけじゃないし、ここにいても僕はいいと思うけど。」


 安らかな寝息を立てるレイの頬を撫でて、ジークフリートは首を振る。


「閣下に見つかったらまずいからな。」


 立ち去るジークフリートの背中はいつもより弱々しく見えた。アルフレッドは眼鏡を外すと、レイの顔を見る。別段、アルフレッドは目が悪いわけではなかった。メガネがなくても普通に生きていける視力だ。それでも彼がメガネを常につけている理由は、昔レイに似た青年に、メガネをつけていたほうがかっこいい、と言われたからである。


「君は、どこにいるんだろうね。」


 だれもがその影を探していた。その青年を知っている人間は、だれもが。


 破傷風にならないように、とバスカヴィルの体は、少なくとも軍服の下は包帯でぐるぐる巻きであった。その状態で彼は神官長ロビンの下を訪れた。


「将軍の薄暮の瞳は既に消えた。だが、埋め込む事は容易だ。皇帝陛下は、彼を皇太子として復帰させる事を考えておられる。」


 バスカヴィルは口元を押さえて肘をついた。レイは他の皇族と比べてずっと聡明である。フランシスが彼を欲しがる理由は数多とあった。


「レイが嫌だと言ったら、皇帝陛下は身を引くかな。」


 レイの記憶が戻った理由は、薄暮の瞳の封印が破壊されたところにある。ロビンはそう言った。息子に記憶が戻っているなら、とバスカヴィルはふとそう思ったのである。羽ペンを置いて、ロビンはバスカヴィルに向き直る。


「分からない。だが、彼が頑なに拒むというなら、あるいは。」


 一つの可能性を聞いて、バスカヴィルは鼻で大きくため息をついた。




 書類仕事を終えて、バスカヴィルは帰り支度を整えたその姿で病室を訪れる。未だ眠るレイの頬を撫で、彼はベッド脇の椅子に座った。枕元のテーブルには沢山の見舞いの品がある。七本の真っ赤な薔薇が活けられた花瓶、色取り取りのアルミに巻かれたチョコレート、万年筆のインク、その他にも沢山の手紙が置いてあった。


「とう……さん。」


 衣擦れの音がして、バスカヴィルはそちらを向く。レイがじっと父親の方を見ていた。バスカヴィルは少しぎこちない笑みを浮かべて息子の頬に触れる。もうすぐ離れていってしまうかもしれない、そんな予感がバスカヴィルの心の中で巣食っていた。レイが王宮に戻れば、バスカヴィルは恐らく殆どレイに会えなくなるだろう。しかし、そんな不安とは裏腹に、父親の思いを察した息子の穏やかな声が彼の耳に届く。


「俺は、父さんの傍にいるよ。ずっと。」




 その日の夕方、レイの下に来訪者が来た。ジャンヌに連れられて、メアリーが、マリアが病室に現れたのである。


「母、上?外を出歩いても大丈夫なのですか?」


 外出禁止であった母と外で会うのは、これが初めてであった。ベッド際の椅子に座り、マリアは潤んだ瞳でレイを見つめる。


「貴方が攫われたと聞いて本当に教会を飛び出していこうかと思ったわ。薙とジャンヌに止められて思い留まったの……。でももう、全部終わったのね。」


 優しくレイの頭を抱き締めて、マリアは息子の両親譲りの髪を撫でた。その心地よさに、レイは瞼を落とす。


「はい。終わりました、母上。」


 暫くしてマリアが頭を離すとレイはその手を取った。ジャンヌに一度微笑みかけて、レイは母に向き直る。


「母上。父上と一緒に、ジャンヌとの結婚式に来て頂けますか?」


 * * *


 春先、LILIEの本部教会が歓声に包まれた。軍人と祭司とが結婚すると、大勢の人が二人を祝福する為に集まっていた。ジークフリートもその一人である。彼はその日、別段フォーマルな服装ではなく、レッドカーペットの周りに集まる一般人の中に普段着で立っていた。教会で式を終えた二人が中から出てくると、辺りに白い花がぶわっと舞い散る。レイとジャンヌが、ともにレッドカーペットの上を歩き始めた。ジャンヌがブーケを投げると、女性はそれを取るのに夢中になる。


「貰ってたんだろう。」


 ポケットに入れていない左手に持つ白い招待状を目ざとく見つけて、隣に立ったロベルトはそう言った。レイの美しい筆跡でジークフリートの名前が書かれている。


「この後、披露宴なんだろ?」


「行くのか。」


 ジークフリートは首を振った。


「僕とレイは、会わないほうがいい。」


 何度も言い続けてきた言葉を、何度も言い聞かせてきた言葉を、ジークフリートは繰り返す。群衆より頭一つ抜きん出て背の高いロベルトに気付いて、花婿はそちらに手を振った。ロベルトは軽い敬礼を返すと、その場を去っていく。ROZENの祝賀用馬車に乗り込むレイを見届けて、ジークフリートもその場を去っていった。

毎日夜0時に次話更新です。

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