Verse 3-20
王宮の門を馬の跳躍で抜けて、門番を容赦なく殺し、三人は目を丸くして見つめてくる神官の群衆を抜ける。エドワードに先導されて謁見の前に続く廊下に辿り着くと、ロビンが立っていた。
「何用だ。陛下に呼ばれていないのならここは通せん。」
食いつくように身を乗り出したアーサーを制止して、ジークフリートは一歩前に進み出る。
「将軍がここに来ている筈だ。」
片眉を上げてロビンは謁見の間の扉を一瞥した。
「お願いだから通してください! レイが危ないんです、絶対に!!」
ジークフリートの後ろから、エドワードはロビンに詰め寄る。驚いたように身を一歩退いたロビンの頭に、いつの間にか後ろに立っていたアーサーが拳を叩きつけた。流れるように床に倒れ伏したロビンを見て、アーサーは二人に視線を送る。だれもいない廊下を走って重い扉をゆっくりと開けた。未だかつて一度も見た事がない謁見の間をリチャードはまじまじと見つめる。
「だれだあんた。」
アメジスト色のマントを羽織った影を見て、アーサーは冷たい声で言い放った。ゆっくりと体ごと振り返った男は開け放たれた扉の前に立つ三人をまじまじと見つめている。エドワード、ジークフリート、アーサー。彼らを順番に確認して、彼は呟いた。
「[生命の樹]、それに[聖杯]か。流石にこれは窮地よなぁ。」
一向にどく気配を見せない男はアメジストのマントを脱ぎ捨てた。体のラインにあった黒いカソックが現れる。癖にある黒い髪の向こう側に、なんとも不思議な輝きを持った青白い瞳があった。レイモンドがどこからともなく氷剣を出現させると、エドワード達は一斉に地を蹴る。しかし、レイモンドに近付く事は出来なかった。一瞬にして、彼の周りから氷が突出する。冷たい空気に押されて、エドワードが背中を壁に打ち付けた。
「っ、なんだあれ!?」
「こんな奴に構ってないでレイをさっさと探せ!」
高く跳躍して上から踵落としをかまそうとしたアーサーは、やはり冷風に吹き飛ばされてバランスを崩した。手慣らしにもならん、とレイモンドは鼻で笑う。揺れる視界で一歩踏み出そうとしたアーサーは、しかしその動きを止めた。レイモンドの目の前で、ジークフリートが氷の刃を受け止めている。ジークフリートの持つ剣を見て、レイモンドは目を見張った。
「お前、まさか……?」
氷剣を受け流して、ジークフリートはレイモンドの右肩を切り裂いた。
「レイはどこだ……!」
跳躍して後退したレイモンドは、相変わらず笑っていた。
「ほう、そう正直に答えるとでも?」
目の前に振り落とされた剣をレイモンドは猫をあやすかのようにして受け止めた。慌ただしい足音が聞こえてきた。謁見の間に、バスカヴィルが息を切らして駆け込んでくる。
「閣下!」
アーサーの怒鳴り声に、バスカヴィルの視線が一点に絞られる。玉座の奥、隠し扉があった場所にバスカヴィルは駆け出した。
「陛下がこれで暴走したというのは、本当なんですか?」
白銀に光る石をまじまじと見つめて、レイはそれに触れようとする。
「あぁそうだ。この石のせいで、私は両親を殺した。つまり、お前の祖母と祖父を。」
レイに憎しみは沸かなかった。血縁といえど、バスカヴィルは既に皇族と関係を切っていたし、なにより祖父母の顔を見た事がなかったからである。
「私が暴走して後、私は皇帝となってこの瞳の力を封印した。」
自らの瞳に手をかざし、フランシスはちらりと甥を見た。薄暮色に目を奪われて、レイはゆっくりとその巨大な宝石に触れる。途端、なにかが流れ込む。別れを告げる二人の親友、叫ぶ母、命じる皇帝、アメジストのマント。そして、冷たい顔をした父。跳ねるように石から手を離したレイの体を、どこからともなく生えてきた黒く細い茨が捕らえた。懸命にレイを後ろに下がらせようとする茨が、レイの体を覆い隠していく。やがてレイの目の前に現れたのは、ピンク混じりの髪を持った少年であった。
「うわぁ、本当に持ってきてくれたんだね[ベルゼブブ]。でもこのいばら、何?」
嬉しそうに微笑む少年に対して、フランシスは感情を伴わない瞳で一瞥する。
「さあな。……後は好きにしろ。」
少年がレイの頬を包むのを見届けて、皇帝は背を向ける。茨を乱暴に引き千切ろうとしたが、レイの体に棘が食い込むばかりであった。
「ねぇ父さん。どうしてこっちに来ないの?」
頭を短い腕で包み込んで、少年はレイの耳元で囁く。
「こっちのほうが楽しいよ?」
ぐらりとレイの視界が揺れた。少年の声はまるで魔法をかけるようにレイを呼びかける。しかし声がレイを呼び止めるのとは裏腹に、彼の体は地面に沈んでいった。その時、ゆっくりと隠し扉が開き始めた。黒い髪が白銀に照らされてバスカヴィルがその扉を開け放った。その正体を見て、フランシスは笑う。
「兄上、まさか貴方から会いに来てくれるとは。」
「レイを返せ。」
すらりと太刀を鞘から抜きはなって、バスカヴィルはフランシスに詰め寄った。フランシスは右足を一歩引いて、息子の現状をバスカヴィルに見せた。
「返して欲しければ、私ではなくあの少年に言ってください。」
あの強欲の化身に、とフランシスは囁く。
まるで泥のような微睡みの中で、レイはゆっくりと思い出す。あの雨の日の父親の顔を。あの時の父親の顔を思い出した。皇帝でさえ凍りつくような鉄面皮。人を信じる事を忘れた刺すような瞳を。人の上に立つ事だけを求められた父の顔を。
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