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神秘学メンズラブシリーズ"nihil"  作者:
第一巻『この幻想が 薔薇色の誇りに なると信じて。』(RoGD Ch.2)

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Verse 3-17

 暗い屋敷の中で、ロベルトは一人の男と向かい合っている。


「なぁルプレヒト。あのレイとかいう青年、やはり似ていると思わんか?」


 にやりと笑うカソックの男は、独特の青白い瞳を持っていた。無色透明の飲料をあおり、彼は庭に面するガラス戸によりかかるロベルトをじっと見つめている。


「なんの事だ。」


 男は首を傾げた。


「すっとぼけても無駄だぞ?お前は探し物と言葉を濁しているが、私には見え見えだ。[ルシファー]を引きずり出さないのも、あの青年と少しでも一緒にいたいからだろう?」


 カソックを揺らして男はゆっくりとロベルトに近付く。そして耳元で、まるで毒を流し込むように囁いた。


「だが、それは最早叶わんな。」


 おぞましく曲がった唇を、しかしロベルトはそちらに視線を向けずに雪の注がれる庭を眺めていた。




 太陽が傾き始めた頃、クローゼットと睨めっこしていたレイの部屋にバスカヴィルが訪れた。


「なんだよ。」


 レイの背後に立ってクローゼットに入っている服一式を確認すると、バスカヴィルは迷いながら黒いワイシャツとタイトな黒いズボンを取り出した。


「レイには黒が似合うからね。」


 渋々と黒いワイシャツを受け取ってベッドに放ると、くたびれた白いワイシャツを淡々と脱ぎ始める。他のものよりスレンダーなワイシャツとラインがよく出るズボンを着ると、レイは鏡でその姿を確認する。


「婚約すると聞いて少し寂しかったよ。」


 するりと首元から赤いネクタイを解いて、彼はそれをレイのワイシャツに巻く。真っ黒な服に映える一色の赤にレイは思わず見とれた。しかし、そんな色のネクタイは一度も見た事がない。


「そのネクタイは私のだよ。色がきつすぎてこの年じゃもう締められなくてね。お前にあげるよ。」


 慣れた手つきでネクタイを締めると、そっとレイを抱き締める。黒いさらりとした髪を撫でて、バスカヴィルは目を閉じた。


「本当は、だれの下にも行かせたくない。私が一心に愛を注いで育てたお前を手放したくない。でも……彼女なら、お前を任せられる。」


 息子を離してその頬を撫でると、バスカヴィルは再び寂しそうに微笑んだ。




 大晦日の真夜中は多くの人がLILIEの本部教会の前に集まる。年末の一大イベント。司祭達による新年を迎える為の美しい魔法の花火が何発も打ち上げられるのだ。生憎、ジャンヌは未だ力量不足で花火を打ち上げる事は叶わなかった。レイはそんな彼女を誘って、本部教会を前にしている。


「私もいつか打ち上げるのかしら。」


 宝石のように夜空に散らばる花火を見て、ジャンヌはそう呟いた。レイの方に頭を預けて、彼女は未来の自分に想いを馳せる。その時はレイも忙しいのかな、とジャンヌは小さく微笑んだ。


「ジャンヌ。」


 名前を呼ぶと、肩から温もりが離れていく。レイは一つの箱をウエストポーチから取り出して彼女に向き合った。紺色のビロードが張られているその箱をゆっくりと開けると、中にあった指輪のサファイアが花火の明かりに反射してキラキラと煌めく。目の前にいるジャンヌの瞳と同じ色の宝石が、多くの色を伴って輝いていた。


「幸せに出来るか分からない。ついこの間再会したばかりだから、返事は今じゃなくてもいいし断ってくれてもいい。だけど、これだけ言わせてくれ。」


 日付が変わるとともに、一際大きな花が夜空に咲き誇る。


「好きだ。結婚してくれ。」


 ジャンヌの目が一層開かれた。指輪には見向きもせずに、彼女はじっとレイの黒曜石の瞳を見つめている。そして、力の入らない手でそっと箱の蓋に触れると、彼女は今にも泣きそうな顔で今まで一度も見せた事のない素晴らしい笑顔を浮かべた。


「お受け、ます。」


 ゆっくりと指輪を抜き取って、彼女はそれを細い薬指に嵌めてみせた。


 * * *


 祭司の寮までジャンヌを送って、レイはすっかり日付が変わった頃に意気揚々と家路につく。しかし、その日は珍しく真夜中に土砂降りが襲った。すっかり暗くなった商店街で雨宿りをして、レイは小さく笑う。最高の日に、最低の天気に見舞われた、と。雨に期待する事を諦めて、通りを濡れ鼠のように凍えて帰っていると、いつの間にか彼の所だけ雨が止んだ。後ろに、暗くて見づらかったが、赤褐色の髪を持った男が立っている。


「遅い帰りだな。」


 ロベルトが差し出した傘を見ながら、レイは幸せそうに笑った。


「ちょっと色々楽しい事があったんですよ。」


 常に用意周到なロベルトも、流石にこの時期のにわか雨だけは対処できなかった。たまたまバッグに入れていた折り畳み傘の一本だけしか、彼の手元にはない。


「いいですよ閣下、相合傘で。」


 不甲斐ない自分へのため息をついて、ロベルトはレイを傘に入れてあげた。雨音以外はなにも聞こえない。住宅地に入って、ロベルトは初めて口を開く。


「レイ。些細な事かもしれないが、もし答えられるようであれば答えてくれ。」


 ロベルトが足を止めると、レイも少し遅れて足を止めた。


「俺は例の一件の首謀者を知っている。……ジークが好きか?」


 鼓動の音が一気に早くなる。レイは目を見開いてロベルトをまじまじと見つめた。その鉄面皮の向こうになにを隠しているのか、レイには想像出来ない。答えられるようであれば答えてくれ、ロベルトはそう言った。しかし、戸惑いを見せてもレイは口を閉ざす事はしなかった。


「……卒業して以来、彼には一度も会ってません。でも、彼と過ごした世界は、彼への気持ちは片時も忘れた事がないです。」


 そうか、と呟いてロベルトはレイの背中を押した。


「元帥には言わない。もう勘付いておられるかもしれないが……お前の身の為に。」


 いつの間にか、目の前にはレイの家の扉がある。ロベルトは一度だけレイの頭を撫でて、そうして囁いた。


「お前のその気持ちが、いつか叶えばいいな。」


 インターホンを鳴らすと、暫くしてバスカヴィルが出てきた。


「お帰りレ……。」


 隣にいる人物を見て、バスカヴィルは絶句した。にこにこと微笑んでいた表情が一変する。


「突然雨が降り出したから、たまたま会った補佐官の傘に入れて貰——」


 言い終わらないうちに、バスカヴィルは傘の中からレイを乱暴に抱き寄せた。その行動をロベルトは予期していたのか、顔色一つ変えずに立っている。


「私の息子に近付かないでくれるかな。」


 敵意剥き出しの語調にレイは父親を止めようと口を開きかけたが、ロベルトに謝罪もせぬ間に扉が閉じられた。階段を下がっていく音が聞こえて、レイはタオルで髪を乾かすバスカヴィルに声を上げる。


「親父、あんな言い方ないだろ!? 折角入れてくれたのに!」


「レイ、何もされてないね?」


 タオルの上から抱き締められて、レイは体勢を保てずに父親のワイシャツを掴んだ。


「おや、じ?」


 骨が軋むほど抱き締める父親の真意は、レイには分からなかった。


 * * *

毎日夜0時に次話更新です。

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