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神秘学メンズラブシリーズ"nihil"  作者:
第一巻『この幻想が 薔薇色の誇りに なると信じて。』(RoGD Ch.2)
41/44

Verse 3-7

 パリ地区から戻ってきたジークフリートは、機密文書書庫の棚に基礎の書の最後の一冊を収めた。本棚の隅から隅まできっちりと嵌った紫色の背表紙は圧巻である。最早数える事をやめたくなるようなこの冊数を、よく数年で集められたものだ、とジークフリートは勝手に感心した。恐らく、今後のROZEN史に残る業績の一つとなるだろう。


「お、全部集まったんだな。」


 突然斜め後ろに降り立ってきた人物を、ジークフリートは一瞥した。アーサーも一度ジークフリートを一瞥するとにやりと笑う。


「結構大変だったんじゃないの〜、少将閣下?」


 肩に腕をかけてアーサーは煽るように言ったが、怒声どころか音の一つも飛んで来なかった。ため息をついて腕をどけると、フィリップは自らの要件を伝える。


「いやさ、気になってたんだけどよ。俺がとどめ差し損ねた分家どうしたん?」


「火炙りにかけた。」


 流石のアーサーもアイスブルーの瞳を丸くして口をへの字に曲げた。その反応に一つの表情の変化も見せずに、ジークフリートはさらりと言ってのける。


「嘘だ。実際は拷問にかけた。基礎の書を洗いざらい吐かせようとしたら、分家当主から直々になくしたとかいう話が入った。」


「ご苦労なこった。その拷問とやらはあんたがやったのか?」


 ジークフリートは片眉を上げた。


「いや? 元帥閣下だ。」




 黒い紐が宙を舞ってしなる。体躯のいい男が牢獄の中で絶叫を上げた。


「さて、そろそろ吐いて貰おうか。君達の本拠地は何処かな?」


 腰に手を当てて、バスカヴィルは目の前に椅子に座る分家の男を見下げる。男は既に汗と血に塗れて、その瞳孔はすっかり開き切っていた。看守からバケツを受け取ったバスカヴィルは、その男に容赦なく氷水を浴びせかける。


「いい加減に情報の一つや二つ、出して貰わないとこちらも疲れてくるのでね。」


 攻め手が緩むと、分家の男は突然体をくの字に曲げて野太い笑い声を上げた。次第にその声は小さくなり、速度も遅くなっていく。訝しげに眉を寄せたバスカヴィルを、分家は首だけで見上げる。


「元皇太子殿下、貴方はこんな所で私相手に鞭を振るっていていいんですかねぇ……。私より、息子を守っていたほうがいいんじゃないですかねぇ……。」


 男の蜜色の瞳はバスカヴィルの心の奥底を見透かすように、まるでなにかを見つけ出すように探っていた。


「何の事だ?」


 もう一度喉でくつくつと笑って、分家はその口を裂けんばかりに曲げる。瞳も三日月に歪ませて、彼は声高に掠れた声で言い放った。


「亡き皇太子殿下の青年期までは貴方の庇護の下に永遠と在り続けて手も足も出せなかった。だが今は違う。彼はもはや自由だ。いつまでも貴方の内に……在り続けるような男ではない。」


 バスカヴィルの顔から表情が掻き消えた。手に持っていた鞭を放り投げると、看守に背を向けたまま氷のような底冷える声を発する。


「看守、私の太刀を。」


 一人の看守が鉄格子の向こう側へ出て行くと、バスカヴィルは向かいにある壁を靴底で蹴る。そして分家の耳元でそっと囁いた。


「余程死にたいようだから、冥土の土産に一つ教えてあげよう。私の息子は、お前達のような汚い愚か者の言いなりになるような子ではないよ。」


 看守の両手に乗った太刀からすらりとその白刃を抜き放って、バスカヴィルはその男の太い首を一振りで切り落とした。




 帝國直轄領の中に、一つの広大な草原がある。崖に面した最も美しい場所、レイはそう思っている。まだ青空の残る夕焼けに目を細めながら、治りつつある手を握ったり開いたりしていた。そろそろ秋も終わる頃だが、その草原には一面、花々が所狭しと咲いている。花冠にして母上に持って行こうか、レイは小さく微笑んだ。草むらに腰を下ろして、彼は赤いコスモスを千切る。


「花冠を作るのか?」


 そんなレイにふと影が入った。見上げると、一人のカソックを着た男がレイを見下げている。


「どうして、分かったんですか?」


 真向かいに腰を下ろして、その聖職者らしき男はレイが千切ろうとしていたコスモスを丁寧に摘み取った。そして、それをレイに渡して彼は微笑んだ。青白い瞳は、まるで見た事のないような輝きを放っている。


「久し振りに家族が帰ってきたから、作ってあげようと思ったんです。一番最初に習った野外での遊び方がこれだったから。」


 もう数本摘んで、レイはそそくさと花冠を作り始めた。そんなレイに、男はもう一輪、とても赤の深いコスモスを差し出す。


「お前にはこれが似合う。私からこれを贈ろう。」


「チョコレートコスモスですか?」


 レイが受け取った時には、その男は既に背を向けてその場を去っていた。ふと手元で握っていた深い赤のコスモスを見て、レイはそれを胸ポケットに挿す。そして赤と白のコスモスでできた花冠を持って、母の元へ走った。




「まぁ、私に作ってくれたのね!」


 美しい花冠を差し出されて、メアリーは酷く喜ぶ。簡素な机の上に置いてあった花瓶に花冠をかけて、彼女は紅茶を入れに行った。花瓶には、十一本の赤い薔薇が生けてある。


「母上、これは?」


「ヴィルが持ってきてくれたのよ。さ、座って頂戴な。生憎、フレーバーしかなかったんだけれど。」


 トレーを抱えて持ってきたメアリーを見て、レイは大慌てでそのトレーを受け取ろうとする。しかし、メアリーはさっと一歩引いて微笑んだ。


「駄目よ、まだ火傷が治ってないのに。」


 母の前では常に手袋をしていたレイは思わずその手を見やる。


「あの人が言ってたわよ? 任務から帰ってきた時、早々治らない火傷を手に負ってたって酷く心配して。」


 ティーカップと茶菓子を並べるメアリーは、手袋を仕方なくはずすレイを見上げると意外そうな顔をする。胸に挿してあるコスモスに彼女は首を傾げた。その様子にレイも不思議そうな顔をする。


「母上へ贈る花冠を作っていた時に、カソック姿の男がやってきて俺にくれたんです。」


 トレーを棚に戻して、メアリーは言う。


「チョコレートコスモスと言って、とても赤の深いコスモスだけれど。花言葉は恋の思い出、恋の終わり。それと……、移り変わらぬ気持ちだったかしら。」


 * * *

毎日夜0時に次話更新です。

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