Verse 3-6
木枯らしが足元を舞って去っていく。冷え込みの激しい秋の早朝。ジークフリートは見る影もないヴェルサイユ宮殿の鏡の間に立っていた。割れる物は全て割られて、その破片は床に散らばっている。
「ジーク。」
テープを潜って入ってきたのはロベルトだった。破片を踏みつけながら彼はジークフリートの隣に立つ。一見好青年に見えるジークフリートは、酷く鋭い瞳でロベルトを見上げた。
「酷い惨状だな。それでもって、最後の最後の書を僕に担当させるところ、元帥閣下は分かってらっしゃる。」
苦々しげで自嘲気味の笑みを浮かべたジークフリートに、しかしロベルトは表情を動かさない。微動だにしないロベルトの様子に頭を振って、ジークフリートは先程まで背を向けていた方へ歩みを進める。
「あぁ、ご登場か。」
歩みを止めて仁王立ちしたジークフリートの視線の先に、真っ白い髪の男がいた。険しい顔立ちで、彼は鏡の間の状況を眺めながら歩いてくる。
「ごきげんよう神官長ロビン殿。」
「わざわざ私を呼び出す程の用事か? 元帥閣下の昔の縁で来てやったのだ、感謝しろ。」
やってきたのは、皇帝に使える側近機関NELKEを統率するロビン神官長である。手を差し出したジークフリートへの握手もそこそこに、ロビンは背後に立つロベルトをじっと見つめた。二人の間に流れる張り詰めた雰囲気から抜け出そうと、ジークフリートはロビンに背を向ける。
「さて、そろそろ時間だ。他のと違って真昼間からやってきてくれるんだ。感謝しないとな。」
鏡の間の真ん中に、黒い炎が燃え上がり始めた。その炎は部屋中をまるで龍のように飛び交って、やがてとぐろを巻く。熱気に耐え切れず、ロベルトとジークフリートは思わず腕で顔を庇った。黒い炎はゆっくりと首の細長い大きな鳥をかたどった。立派な尾羽と優に部屋の幅の半分はありそうな羽を広げて、その鳥は鷲のような鳴き声を叫ぶ。
「鼓膜が破れそうだな。」
苦々しげに笑うと、ジークフリートは腰に下げていたブロードソードを引き抜いた。鳥はまずロベルトに向かっていったが、身構えた彼の鼻先寸前で空中停止した。
「な……んだ?」
鳥は何度も頭の角度を変えて彼をじっと見つめると、そのまま彼の足元に降り立つ。次に、ジークフリートとロビンを見つめて、鳥は寛いだ様子で羽繕いを始めた。その様子に、ジークフリートのみならずロビンでさえ唖然と口を開けている。
「おい、自衛しないにも程があるんじゃないのか。」
「こんな現象は見た事がない。元帥補佐、その鳥に触れてみろ。」
ロベルトは言われるがままに床に膝をついた。そして、不思議そうに自らを眺める鳥の頭にそっと手を当てる。炎はやがて形を変えて、ゆっくりと美しい卵型に変わり、そして本へと姿を戻した。
最後の一冊を手に、ジークフリートはその紫色の表紙をまじまじと見つめた。金の箔押しで描かれた帝國の紋章をなぞっていると、その隣にロビンが腰かけた。
「この世界には[神]が創り給うた十の世界があると言う。」
基礎の書を取り上げて、ロビンはその表紙を開く。淡々と語られる話を、ジークフリートはつまらなさそうに聞いている。
「世界にはそれぞれ色が割り振られていて、この世界は紫だそうだ。我々が前世を生きた世界は虹色で、そのどこかに、虹色の書があるという。そして、十の歴史書の一番最初には、[神]が自らその御技を施した、とかなんとか。」
「すまないが、僕はお前達みたいに夢見がちじゃないんでね。」
ロビンの手の中から基礎の書を奪って、彼は立ち上がった。
「そんな御伽噺が、そんな神が存在するなら僕は……。」
どこか遠い場所を見つめてジークフリートは呟く。そして踵を返して宮殿を去っていった。その姿が見えなくなると、ロビンは立ち上がって振り返る。
「立ち聞きとは感心しないな[シェムハザ]よ。」
柱に寄りかかっていたロベルトは、そう言われてゆっくりと自らの足で立った。
「なにをしている。例の探し物とやらか?」
顔を背けて、ロビンは目の前にある鏡の破片を覗き込む。ロベルトの気配はまだあるが、口を開く素振りは一向に見せなかった。
「俺の邪魔をするな。それだけだ。」
漸く発された言葉に振り返ると、その姿は蜜色の煙とともに消えていく。暫くなにか考える素振りで、ロビンは顎に手を当てた。
「それは無理な相談だ。」
近くにあった大きめのガラスの破片を踏みつけて、彼はだれもいない空間に言葉を放った。
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