Example 2-35
クリスマスも年末年始も一人で過ごしてはみたが、バスカヴィルはあまり一人で過ごした気にはならなかった。結局校内にロベルトがいたせいで気分がすっかり紛れてしまったのである。
「ハッピーニューイヤー、ヴィル。」
「そうだ、新年の挨拶がまだだったね。」
帰ってきたニコライはロシア土産を持ってきた。新年パッケージのドライフルーツ入りチョコレートと紅茶、ジャムである。ガウェインも彼と一緒に来て、南仏で過ごしたらしく魚の缶詰を一つプレゼントしてくれた。
「二人は元気だったかい?」
「勿論です、南仏は暖かでしたよ。」
荷物もそのままでやってきたガウェインは、それでは、と言って早々に自分の寮へ帰っていった。
「一人はどうだった?」
「静かな年末年始だったよ。」
手早く、慣れたようにトランクの荷物を片付けると、ニコライはバスカヴィルを誘って談話室へ行った。土産のチョコレートをつまみつつ、紅茶をジャムと一緒にいただく。続々と寮に入っていく士官生達の頭を見下ろしながら、二人は安堵の息を吐いた。
「リヴィングストン私邸には今回も行ったのかい?」
「ん、二人とも残念そうだった。」
悪い事をしたとは思っているが、バスカヴィルとしては今回の休暇での出来事はなにものにも代えがたい。
「春期休暇は来るのか気にしていたけど。」
「春、か……。」
アンソニー達には士官学校でいくらでも会えるが、よくよく世話を焼いてくれたドロシーに会えていないのは少し寂しかった。
「年末年始が終わって……あと三ヶ月で二年生。」
長かったような気がした。色々な事があったが、今ではもう過去の戸棚にしまい込まれている。また二年生になれば取り出す時も来るだろう。試験に出て、年末年始で復習した分を発揮すれば、もうあっという間に新年度を迎える事になるだろう。
* * *
春期休暇、バスカヴィルはオーウェンからの申し出を快く承諾して、制服採寸を終えた後に二人で帰省した。ハワードは自らの友人達とバカンスで地中大河を回ってくるといって、その休暇帰省する事はなかった。
「お、お帰りなさいませバスカヴィル様。」
いつものようにイングランドの片田舎の駅で主人の汽車を待っていたドロシーは、バスカヴィルの姿を見て思わず目を丸くした。
「ドロシー?」
「はっ、申し訳ありません、どうぞお乗りください。」
馬車のタラップを慌てて出して、バスカヴィルはオーウェンと共に馬車に乗り込んだ。アンソニーは一足早く帰宅しているようで、既に屋敷で待っていると言う。
「来年度の入学生はまあまあ優秀らしい。バスカヴィルもついに後輩を持つのかと思うと時の流れも速いものだな。」
「ははは、私なんてまだ同期で精一杯ですよ。後輩が増えるのを実感するのはハワード先輩でしょう。」
にこにこと微笑んでいるがオーウェンもまた、ドロシーと同じくバスカヴィルの雰囲気が少し変わった事を実感した。距離感を人によって変えている。
(ニコライより一歩引いていると言うべきか。)
一年生など勉学の為に必死で机にかじりついて同期と遊んで終わるような学年だと思っていたオーウェンは少し驚いた。バスカヴィルなど聴講も含めて一杯一杯に単位を抱えていたと言うのに、人格面までここまで成長するとは、と感心と共に恐怖も覚えた。
「私やハワード先輩より、オーウェン先輩のほうが来年は忙しくなるでしょう。」
「なに、本部でも支部でも中将の部下になれれば御の字だ。勿論ぬかりなく学問には励むが。」
多くの士官生が突然本部に配属される事は、下士官志望でもなければまずなかった。尉官以上ともなれば、ともかく支部で経験を積む事が推奨されており、最初から欧州の支部に行ければもうそれで優秀だった。勿論、特異な諜報部隊となると話は別だが。
「やはり最初から本部中将の座は狙っておいでですか。」
「夢は大きく持つものだバスカヴィル。お前も、三年生くらいになったら現実的な目標と理想的な夢を持つといい。」
膝に乗せた手で主席入学の時にいただいた懐中時計を伏し目がちに見るバスカヴィルは、微笑んで、良い事です、と呟いた。
(……息苦しい。)
後輩である筈のバスカヴィルは、確かに帝室の血を継いでいるとは言ったものの、それ以上に威圧感があった。体格のせいか、所作のせいか、その全てか。オーウェンは襟を少し緩めた。父を元帥として前にしている時よりも緊張する。
屋敷に到着すると、アンソニーとはまた別の見知った姿があった。パーシヴァルである。モノクルを外して、馬車から降りた二人とハグを交わした。
「おやおや、バスカヴィル君は随分と体がしっかりしてきましたね。」
「ニコライに習って色々してきたので。そう言っていただけるとやり甲斐があると言うものですね。」
ほー、とパーシヴァルは感心したようにため息を吐いた。士官学校に入ってから右も左も分からず、皇太子時代の貫禄が影を潜めていたが今のバスカヴィルは一転して伸びやかであった。
「お体が全体的に大きくなられたせいですか、雰囲気ががらりとお変わりになったので私も驚きました。」
「ふふ、そうですか。あまりそういう気はしないのですが……。」
ドロシーにソフト帽を預けて、バスカヴィルはオーウェンと共に車止めを後にした。背中を見送って、扉が閉まる音と共に、二人の老練の男は肩を落とした。
「やはりあの夜のせいだろうか。」
ぼそりとアンソニーは呟いた。気にしてはいたが、クリスマス休暇までの講義までは随分と疲弊した顔を見せていたのに対し、その後の三ヶ月は随分と垢抜け始めた。
「夜のせいもありますが、皇太子殿下は元よりあれくらい大人びておられました。士官学校でのしきたりが分からなかったせいもあるでしょう。ですが……。」
確かに、あの夜はバスカヴィルには強烈だったかもしれない。
「……話は少し変わるが、オーウェンの様子がバスカヴィル君を看病してから少しおかしい気がしてな。」
「そうなのですか? 私は彼と分野が被らないのであまりお話を聞きませんが。」
書斎に入り、アンソニーとパーシヴァルは二人が帰ってくる前のティータイムを続け始めた。
「なんだろうな、少し私を避けているというか……いや私達全体を避けているというか。クリスマスの時もなんだが、私と話す時言葉が少なくなって、ハワードが来るとすぐに彼と話し始めてしまうんだ。どんなに重要な話でさえ。例えばパーティに招待する客の名簿を作る時、まず私の候補を聞いてからハワードに聞くんだが、たまたまハワードが部屋に来た時には、私の話を打ち切ってまでハワードに話を聞いていた。うーん、私の思い違いかね。」
「もしかしたら、オーウェン様もなにか……企みがあるのかもしれませんね。」
顔をしかめたアンソニーは、パーシヴァルの予想を否定出来なかった。父親と同じくらい頭の切れる長兄で、しかも父親とはまた別の主義を持ち合わせている。
(バスカヴィル君を巻き込まなければいいんだが。)
長年の勘で、アンソニーは家の中で漂い始めた硝煙の香りを嗅ぎつけた。
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