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神秘学メンズラブシリーズ"nihil"  作者:
第四巻『血を流し死で洗い 命枯らすまで 荊棘たれ。』(CoSH Exc.2)

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Example 2-31

 下腹が若干痛んだが、意識は問題なく浮上した。バスカヴィルは手が縛られている事が分かった。柔らかい皮膚に士官生制服の黒いベルトが食い込んでいる。


「ロベ、ルト……。」


 掠れた声で背中を向けてベンチに座っている男の名前を呼んだ。衣擦れの音に気付いて、ロベルトは首だけ振り返る。


「ここは、一体……。」


 後ろは体温で暖かくなってしまっているが、響く音からしてロッカーだろう。


「なぜ縛っているんだ。外してくれ。」


 革が皮膚に擦れて痛かった。ぎちぎちに締められたベルトは血管をも圧迫して、バスカヴィルの手は既に真っ白を通り越して青ざめている。


(これでは鬱血してしまう……。)


 バックルは丁度外せない位置にあった。ずっと座った体勢でいたのか、尻が痛くて位置をずらそうとしたら脚さえもう一本のベルトでまとめられている事に気付いた。


「なんなんだこれは……。」


 はっとして顔を上げた。更衣室の窓からはもう月が輝いている様子が見てとれた。意識を失ったのが夕方で、バスカヴィルは一体自分がどのくらいの時間気絶していたのかを慌てて確認しようとする。が、時刻を確認する術はなかった。生憎、時計は彼が背もたれにしているロッカーの上に掛かっていた。


「時間を教えて欲しいのか?」


 向き合ったロベルトの顔は今までに見た事がないほどに心底愉快そうだった。


「午後八時だ。」


「八……時?」


 夜が遅いニコライも、流石にそろそろ帰ってこようとする時間だ。バスカヴィルは焦った。この男とこんな事をしていたらこっぴどく怒られてしまう。


「は、外してくれ! 私はこんな事をしている場合では……!」


 言葉を返さず、不気味なほどの無言でロベルトは立ち上がり、バスカヴィルの座るベンチに足をかけた。


「お前は確かに美しいな。皇太子時代によくよく褒めそやされただろう。」


 真珠のような肌に触れ、細い顎に指をかければ、動揺したバスカヴィルは誘われるがままにロベルトの顔を見上げた。


「どうして、こんな事を……。」


 ぶちん、とバスカヴィルの制服の前が、中に着ている白いワイシャツもろともはだけた。胸ぐらを掴みながら、ロベルトはバスカヴィルの流れる黒髪をその耳にかけて囁いた。


「お前が俺の事をどう思っているのか知らないが、俺は、俺がしたい事を出来る立場につく為ならなんでもする。その為にお前が邪魔なら……。」


 ため息が出るほどのきめ細やかな肌に、ロベルトは思わず声が震えた。


「こうやって体に分からせるだけだ。」


 * * *


 ニコライはその夜、補修を終えて帰路についた。バスカヴィルはもうきっと寝ている事だろう。こんな事になるなら、入学当初にベッドを廊下側にしてもらうべきだっただろうか、と狙撃銃を背中に背負って月を見上げた。遥か高くに掲げられた円形の光を見て、なんとなく同室の友を思い出す。


(明日の講義が遅い始まりで良かった。)


 出来うる限りで外部生のバスカヴィルをサポートしようとは常々思うのだが、諜報部隊を志すとそれはままならなかった。二人の生活時間帯は絶妙に合わない。これからもなかなか合う事はないだろう。


(……仕方がない。)


 ユニコーン寮の玄関を一度見やったが、バスカヴィルを起こす可能性を考えてやはり窓から入る事にした。ニコライの脚力をもってすれば楽々と屋根まで行けるし、そこからいつも鍵を外したままの窓に飛び移ればいい。


(ヴィルが寒がって鎧戸を締めていなければいいけど。)


 裏に回って上を見上げると、部屋は暗かったが鎧戸は閉じられていない。ニコライは幸運を心から神に感謝して壁の木枠を伝って屋根まで登り、そこからひょいと軒先を掴んでぶら下がると窓を爪先で蹴って開けた。


(よし。)


 音もなく反動で部屋の中に降り立った。窓を閉めて、狙撃銃のスリングに手をかける。


「……ヴィル?」


 ベッドは膨らんでいなかった。帰ってきた形跡もない。鞄もない。ニコライは鼻をひくつかせた、香水の香りがいつもより大分薄い。燭台を確認する。煙の香りがさっぱりしない。簡易キッチンに入ると、バスタオルやフェイスタオルは替えられてそのままだった。ニコライは窓を振り返った。講義に出てから、バスカヴィルは帰ってきていない。そう確信した。




 だれも歩いていない夜の、しかしニコライにとってはもう歩き慣れた士官学校の敷地内を音もなく駆けた。


(どこだ、どこから探せばいい……!)


 教官棟の前に仁王立ちして、ニコライは左右を見た。左手には教室棟群と食堂、右手には競技館がある。


(落ち着け、落ち着くんだ私。)


 息を整えて、ニコライは道を外れた。人が一切来ないような小さな広場に到着すると、片膝をついて地面に指先で触れた。途端に、シャンパンゴールド色の明かりが触れた場所に流れた。ニコライの[燃料]が、縦横無尽に敷地内の情報をニコライに伝達し始める。


(寮棟群、教室棟、どちらもいない、教官棟もいない、残るは……!)


 ばちん、と地面との繋がりが一瞬で遮断された。しかしその一瞬でニコライは遮断した主を垣間見たのである。


(競技館の、B更衣室!)




 荒々しく扉が開いたが、体を跳ねさせる力ももう残っていなかった。


「ルプレヒト! お前、バスカヴィルになにをした!」


 バスカヴィルに背中を向けて、ロベルトは煙草の煙を燻らせていた。ベンチにだらしなく横たわる友人の体をニコライは助け起こした。


「に、こら……。」


「お前、こんな事をしてなんになる……。[人間]ごときにこんな狼藉を働いて何になる!? 言ってみろ!」


 鬼気迫るニコライの顔と怒声に、ロベルトは眉一つ動かさなかった。


「たかだか[人間]ごときにそんなに心を砕いて、何になる?」


 そんな言葉を返されたニコライの顔は、目の前に座る男への理解しがたさが満ちていた。立ち上がって、ロベルトは更衣室を後にした。


 * * *

毎日夜0時に次話更新です。

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