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神秘学メンズラブシリーズ"nihil"  作者:
第四巻『血を流し死で洗い 命枯らすまで 荊棘たれ。』(CoSH Exc.2)

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Example 2-28

 ロベルトという男はいつも独りで行動していた。取り巻きもなく、筆頭家の嫡男とつるむ事もない。当代きっての扱いづらさは噂の的だった。幾分老けた顔のおかげでダブっているのではなどという根の葉もない話も流れているが、実際はダブりもなく普通に入学した士官生だった。


「よおロベルト、昨日皇太子殿下と話したんだって?」


 朝早くに起きてトレーニングをする姿がたまに見受けられる。その後シャワールームへ直行して着替え、もう少しで開きますというところの食堂へ赴く。朝食をとる。それが彼の機械とも思しき規則正しさを構える朝のスケジュールだった。


「……。」


 彼が入学してから喋った人間などこの下期の講義が開始した時点で、五大筆頭家の二人の嫡男、そしてバスカヴィルとニコライという片手で数える程度の人間だろう。


「なあ何話したんだ? 教えてくれよ。」


「別に、自己紹介をしただけだが。」


 その日の朝は山盛りのザワークラフトと牛肉のトマト煮込み、バゲットふた切れとミネストローネという感じだった。ロベルトはヴィステンバッハの嫡男に静かな朝食を邪魔されて少々機嫌が悪くなった。


「ご馳走様。」


 全て平らげてレモンウォーターを流し込むと、ロベルトは立ち上がった。ご馳走様、一体いつ振りの言葉だろう。もう何億年も紡いでいないような気がした。


「おいおい無視するなよ。皇太子様なんてとっとと潰そうって話を——」


 立ち上がって皿を片付ける。入り口まで歩く。そこまでついていかれてロベルトは短い堪忍袋の諸が切れた。目にも止まらない速さでその詰襟の胸ぐらを掴むと、頑丈な石造りの壁にヴィステンバッハの嫡男の背中を叩きつけた。


「やかましいぞオットマー。潰すなら潰すで、俺は俺のやり方でやる。貴様らヴィステンバッハの負け犬に指図される筋合いはない。」


 咳き込みながら両手を上げるオットマー・ヴィステンバッハから手を漸く離して、ロベルトはつかつかと食堂を後にした。




 久し振りに同じ時間に朝食を取る事が出来てニコライが思った事と言えば、彼とはもっとよく話さなければいけないという事だった。


「い、何時の話だそれは……?」


「ええっと……三日前かな。」


 目を向いて愕然として今にも口からカレーのルーを垂らしそうなニコライの呆然とした顔に、バスカヴィルは流石に罪悪感を覚えた。


「いや、そんな酷い事はされてないよ。話しかけたのは私だし——」


「お前から話しかけたのか!?」


 机に手のひらを叩きつけてニコライは椅子を蹴って立ち上がった。通りの良い怒声に周囲のテーブルが慄く。


「お、落ち着いて。席がそこしかなかったから座るのに声をかけただけで……。」


「おぉ、神よ……。」


 へなへなと椅子に座るニコライは、自分が過保護だと分かっていながらその感情が止められなかった。


「それで、ロベルトとかいうのはその講義取るのか?」


「さあ、取るかどうかは聞いていないね。」


 まだ安心出来ないのか、とニコライはない胃痛が襲ってきそうで机の上に突っ伏した。


「頼むからあの男と関わらないでくれ。頼むから……。」


「い、いやでも……。」


 折角接触まで漕ぎ着けたこの関係をここで諦めたくはなかった。バスカヴィルは唸る。しかし、ニコライの気持ちも分からないでもない。


「あ、ヴィルだ! 初めて学校で会えたな!」


 がばっと後ろから腕を首に回されて、バスカヴィルは振り向いた。


「は、ハワード……先輩!」


(先輩……?)


 一緒にいたガウェインとクラヴェーリはバスカヴィルの口から出た似つかわしくない言葉を頭の中でおうむ返しした。


「そっかーいつもこの時間に食べてるのか。俺、朝は毎日のんびり寝てるからさ。皆は友達?」


「そうです。二人とも、紹介するよ。彼はリヴィングストン家の次男のハワード・リヴィングストンさんだ。」


 リヴィングストンという名前を聞いて、二人は漸く頷いた。


「こちらはどちらも外部生で、私の友人のクラヴェーリとガウェインです。」


「初めまして! 二年生のハワードです。ヴィルに友達がいて安心したよ。じゃ、俺は日課に行くから、また会えたらな!」


 嵐のように去っていたハワードの背中を見送ったバスカヴィルに、クラヴェーリは目を輝かせた。


「リヴィングストン邸であんな大物と友達になってたのかよ!」


「こ、事の成り行きではあるけど……。」


 取り敢えずクラヴェーリはバスカヴィルの交友関係の手回しの速さを褒めちぎっておいた。皇太子である頃から、彼は貴族に対して物凄い速さで気に入られていった。その能力はROZENでもよくよく発揮されているのだ。


「そろそろ行かないと時間が……。」


「あ、やべ。必修だ!」


 話を切り上げたのはガウェインだった。食堂で駄弁っていた三人は慌てて皿を片付けようとする。


「早く行って、私がやるから。」


「す、すまない。よろしく頼んだよ。」


 三人はわたわたと必修講義に駆け出していった。ニコライはその姿を見送ると少し心がむず痒くなる。このままのただ騒がしいだけの青年時代が続いてくれれば良いのにと思った。




 二限続きの必修の時間が終わって、バスカヴィルが教本を他の二人と共に片付けていると、教官が教壇から降りて階段を登ってくる。


「バスカヴィルさん、上期に提出してくれた宿題を覚えていますか。」


 バスカヴィルが顔を上げると、教官は向かい側の席に腰掛けた。


「はい。組織図ですよね?」


「ええ。それで、無断で申し訳ないのですが私が他で受け持っているROZEN改革実践という講義で使わせていただきました。丁度組織改革の内容を取り扱っていたので、生徒達に貴方が考えてくれたこの組織体系をどう思うか聞いたのです。参考になればと思って意見を概要的にまとめたものを作りました。」


 一冊の手製の製本ノートを机に上に出された。


「全体的に一致した意見は、この体系にする事には大きく賛成だが、問題はこれにおけるデメリットをどう補完するかがやはり課題だそうです。課題とそれに対して出た解決策もまとめました。貴方の今後に役立てて下さい。」


 ノートの中身を確かめながら、バスカヴィルは教官が音もなく立ち上がったのを確認して自分も慌てて立ち上がる。


「貴方はこの年でとても優秀な士官生です。素晴らしい軍人になって下さい。応援していますよ。」


 背表紙を持つ手を、教官は握った。彼がバスカヴィルに託す期待はその瞳の輝きで伝わった。

毎日夜0時に次話更新です。

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