Example 2-25
使用人達がせかせかと屋敷を行き交うようになった日暮れの時間、バスカヴィルは誂えてもらった燕尾服を着て招待客達に姿を見せた。久しく人目に晒されていなかった成長した皇太子の姿を見るや否や、殆どの人が深々とお辞儀をして、涙ぐんでハンカチで目元を拭った。
「殿下、立派に成長なされて!」
「ROZENでのご活躍が一層楽しみでございます。」
「どうかこれからもお元気で、毎年この場でお姿を拝見出来れば尚の事。」
リヴィングストン家が厳選した客人なだけあって、誰も彼もがバスカヴィルの身を案じた。喜びでヒステリックになる者も一切おらず、皆慎ましく接した。
「バスカヴィル君! 招待状をいただいた時は驚きましたよ。」
ジャルディーノ本家の家族として呼ばれていたパーシヴァルはバスカヴィルの姿を見とめるや否や大喜びでハグを交わした。
「この場でお会い出来て嬉しい限りです閣下。」
「久し振りに貴方の達筆振りを見て当主の兄も喜んでおりました。ここでの休暇は如何ですか?」
すっかり長テーブルが並んだ庭に誘って、パーシヴァルはバスカヴィルと短い散策に繰り出した。
「学ぶ事が沢山あるよ。ここにいる間は、リヴィングストン家について色々調べていたんだ。」
「家の歴史にあまり目立つ事はないですが、……やはり近年のヴィステンバッハとの抗争は悲劇的でした。幼くしてお母上を亡くされたオーウェン君は結構な間塞ぎ込んでいたんですよ。」
深くため息をつきながら、バスカヴィルは給仕が差し出したグラスを受け取った。
「パーシヴァル、元帥閣下はその時どんな様子だったのだ。この家にいて思ったんだが……長兄のオーウェン殿との間に少し亀裂があるように見える。」
同じようにパーシヴァルもシャンパンを受け取った。
「リヴィングストン閣下は至って平静を保とうと必死でした。それがオーウェン君には酷く冷たく映ったのでしょう。ですが閣下は暫くフラッシュバックが酷くてオープンカーでない車にも乗れず、暫く公式的な催し事は馬か徒歩の参加に留めていました。ROZEN中で喪に服していましたが、反皇帝派は喪章をつけず、リヴィングストン閣下はその、確認出来た人数分の期間を足して喪章をつけ続けていらっしゃいました。」
その神経質さはやはりオーウェン譲りだった。
「成程……。」
「お互いあまり亡き細君について語らないので亀裂が生まれても仕方がないのかと。何か相談を受けられたのですか?」
いや別に、とバスカヴィルは口ごもった。オーウェンが止めた言葉の続きが気になったのだが、特にパーシヴァルと話したからと言って解決出来る問題でもなかった。
「……パーシヴァル、ヴァイゼンブルク家について教えてくれないか。ニコライはどうもあの家について教えてくれな——」
片手を上げて、少し前に立っていたパーシヴァルは人差し指をバスカヴィルの前に立てた。肩越しに上を見上げると、酷く渋面を作ったアンソニーが立っていた。
「閣下……。」
「我が私邸の敷地内でその汚らしい狗の名前を口にするな。」
吐き捨てるように言って、アンソニーはつかつかと二人の前を去った。ふう、と胸を撫で下ろして、パーシヴァルは振り返った。
「知らなかったですよね?」
「え、えぇ……。」
なら仕方がない、と苦しげにパーシヴァルは微笑む。燕尾服のベストに入れていた懐中時計を手繰り寄せて、その時間をモノクルの向こうから注視する。
「パーティがお開きになるまでまだまだ時間がありますので、よければ少し離れた所のパブで如何でしょうか?」
ハワードに一言断って、バスカヴィルはドロシーが運転する車でパーシヴァルが指定した村のパブに到着した。最初驚いたハワードはすぐに頭を回転させて、ドロシー付きなら、と快諾してくれたのである。
「ニコライ!? 何故ここに……!」
「いや、私も呼ばれていただけだが……逆に何故お前がここに?」
はっとして、バスカヴィルはクラヴェーリから始まる事の顛末を話した。呆れたように一つ大きなため息を吐いて、ニコライは、そう、とだけ呟いた。
「筆頭家で最初に会えたのがオーウェン達なら別に、文句は言わないけど。」
パブの中には、同じようにリヴィングストンのパーティから移動してきた燕尾服姿の人間がちらほらいた。村の住人達は特にそれを嫌がる事なく呑み続けていた。
「さ、どうぞ座って下さい。ニコライ君も呼んだのはヴァイゼンブルク家をROZENで一番よく知ってると思ったので。」
「まあ……知らない事はないですが。」
パーシヴァルは三人分のエールを両手で持って木造りの机に置いた。
「ヴァイゼンブルク家イコール陰湿の方式ですが、その理由はあそこの家は五大筆頭家の中で唯一親衛隊でも貴族でもなかったからです。」
「はい?」
それは初耳だった。まあ家の汚名の部分ではあるのだから知っているほうが稀なのだろう。
「ヴァイゼンブルク家という家柄自体は親衛隊だった。でも、あの家の血統は当の昔に途絶えていて、皇帝親衛隊まで遡れない。」
「現在のヴァイゼンブルク家はもともと分家でした。クラヴェーリ君が当主になる前の時代、外来ではなく本来の分家だったところですね。」
頭を抱えてバスカヴィルは笑うしかなかった。一体五大筆頭家は帝國の深淵を煮詰めでもしたと言うのだろうか。
「元々ヴァイゼンブルク家自体が特殊で、あの家は皇帝が持つ軍の中で唯一、対分家の戦力でした。分家がしつこく帝室へ返り咲こうとするのに対する抑止力と言った感じでしょうか。理由はよく知らないのですが……ご存知ですか?」
「いや、私もよくは知らない……。ですが、元々のヴァイゼンブルク家の血統は今はヴェーラー家が強く引いていると聞いています。もう弱小の軍門の家だけど。」
それは置いておいて、とパーシヴァルはジョッキを置いた。
「そのヴァイゼンブルク家は乗っ取られる直前に分家を殆ど断絶状態に追い込んでいました。が、なにが変わったのかそこから分家が突然勢力を増すようになった。分家の内実はクラヴェーリ君でもよく分かっていないのでここは省きますが……。」
「その突然増した勢力に、安心しきっていたヴァイゼンブルク家の戦力は追いつけなかった。そこに分家が突然情けをかけ始める。ヴァイゼンブルク家と婚姻関係を結び、それ以後は帝室他、帝國の社会に一切手を出さず、ひっそりと身を引く、と。」
ニコライは続けた。
「ヴァイゼンブルク家は、帝國の完全支配に向けた前線が広がっている最中に分家ばかりに戦力を割いてはいられなくなって、この条件を飲む事にした。勿論条件付きで。それが今の外来分家という、分家を完全に潰そうとする作戦だった。」
「外来分家というのはれっきとした直系皇族を分家に組み込むという事でした。皇帝からの協力ともあって、ヴァイゼンブルク家の最後の切り札、皇帝の勅命というのはやはり分家にも強烈に効いた。分家でさえ勅命には逆らえないので、外来分家の条件を飲んだ。しかし、ここは良かったとして問題が起こったのがヴァイゼンブルク家でした。」
パーシヴァルは前髪をかきあげた。
「実はヴァイゼンブルク家に嫁いだ分家の女性は、ヴァイゼンブルク家の当主……当時はまだ後継者の若君だったようですが、彼と事に及ぶ前から既に妊娠していた可能性があったと言います。というのも彼女から生まれた息子が成長していくに連れて、分家特有の特徴が出始めた、とか。」
分家特有の特徴、と聞いてバスカヴィルはまた皇太子時代の知識を掘り返し始めた。
「……生まれて初めて来た所を来た事があると言うあれか。」
「そう。ヴァイゼンブルク家が婚姻を結んだ女性の子供はそれが顕著だったと言う。血が半分になっても出る可能性はあるけど、問題はここから。」
頷いてパーシヴァルは咳払いをした。
「そこで血が半分なら、次代で血が更に半分になって、分家のその特徴は殆ど出ないと今の研究で分かっています。これは皇族の女性が他の家に嫁いだ時、代々直系に継承される薄暮の瞳で実験した確かな例です。」
「そう、つまり次代になっても顕著に出たんだね。」
ヴァイゼンブルク家が断絶しようとした分家の血は、しぶとくヴァイゼンブルク家の中で脈々と受け継がれたのである。
「今のヴァイゼンブルク家に分家としての確固たる自覚はありませんが、そのような話があってあの家は常に分家のように歴史に影に潜むと言われてきました。で、ここまではヴァイゼンブルク家のフレーバー程度のお話です。殿下……バスカヴィル君が知りたいのはここから先でしょう。」
「長々と申し訳無い。」
三人は佇まいを直して頭を付き合わせた。ここからが本題だ。
「現在のヴァイゼンブルク家はロマノフスキーのようにヴィステンバッハが背中に隠し持つナイフのようなものです。あの家はお互いに指揮権強奪の時から親交が深く、現に今のヴァイゼンブルク夫人もヴィステンバッハの令嬢でした。リヴィングストン夫人を……いえ、正確に言いましょうか。元帥閣下を暗殺しようとして夫人に阻止された男も、ヴィステンバッハに指示されてヴァイゼンブルク家が裏で糸を引いていたというものです。ただ、ヴィステンバッハが関係していた証拠は暴けてもヴァイゼンブルク家は暴けなかった。これがヴァイゼンブルク家の得意とする所で——」
「明らかにヴァイゼンブルク家が裏で手を引いていたとROZEN内部の感覚で分かっても、それを皇帝や国民に突き付けられるような証拠が一切ない。彼らは文書等での取り交わしを一切行わない……不記録の家とも言われてる。」
渋面になってバスカヴィルは体を椅子に投げ出した。
「要するにあの家の尻尾を摑むのはとても厄介です。排除しようともあの手この手ですり抜けていく。」
「尻尾を摑む方法はあるのか……?」
殆ど独り言のような疑問だったが、ニコライは嫌そうに返した。
「懐に入って直接接触すると言うなら、あるいは。」
* * *
毎日夜0時に次話更新です。




