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神秘学メンズラブシリーズ"nihil"  作者:
第四巻『血を流し死で洗い 命枯らすまで 荊棘たれ。』(CoSH Exc.2)

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Example 2-15

「有能であれば世襲は良いとして。」


 昼、ニコライと合流して四人は曇り空を避けるように食堂へ行った。人の噂も七十五日、バスカヴィルが入って食堂が沸き立つ事は殆どなくなった。一部の反皇帝派の家は別だったが。


「今年入ってきた外部生って何人なんだ?」


「我々を含めて十といくらかと……。全体の五パーセントもあるかどうか。」


 並べられた食器には、相変わらずどれも品が良く食事が乗っている。食事の量が一番多いのはガウェインだった。


「リヴィングストンが元帥になるまでのは殆ど賄賂だった。外部生も含めて試験は二の次、金で入学する。」


「リヴィングストンになってからは公平になった?」


 本日の日替わりデザート、ダージリンシフォンケーキにナイフを入れながら、ニコライは苦々しい顔をした。


「公平にはなったが、平民の殆どはやはり学費の問題で幼年学校に入れない。受験費も高いまま。」


「ROZENの経営面を考えれば受験費はどうにもならない。」


 とはいえアンソニーも手を打たなかったわけではない。今まで平民には殆どなかったも同然の無償奨学金制度で、外部生専用のものを入れたのは彼だった。


「ROZENの採用面は他地域の自治軍採用制度から見習うところが多い。が、見習ったところで制度を導入する金がないのが現状だ。」


「その通り。外部生専用奨学金だって相当苦肉の策だった筈だ。一人の学費が入るだけでかなり違う。」


 なにをするにもこの組織は金が足りない。四人の見解は一致した。


 * * *


 ロッセル家の次男がバスカヴィルの講義を受ける姿を見学した後、五大筆頭家の子息達には恐怖を彷彿させるほどに動きがなかった。しかしその分、バスカヴィルは講義に打ち込み、自学でROZENとその社会的視線を学ぶ事が出来た。


「君ならどうする?」


 士官学校の生活にも慣れ、雨季を過ぎた夏の事だった。スイス地域のこの学び舎は高地にあるという事もあって比較的暑さが柔らかい。リヴィングストンは更に暑さを忘れさせてくれるアイスティーが入ったグラスをテーブルに置くと、今までの予算案や帳簿の写しを渡してバスカヴィルにそう尋ねる。


「この年棒は限りなく下げた後なんですか?」


 バスカヴィルはハードなスケジュールに挫ける事なく、足繁くアンソニーの講義に足を運んだ。元帥の期待以上に、バスカヴィルがアンソニーにかける期待のほうが熱いようにも思えた。アンソニーはそれに応え、毎週講義が終わった後バスカヴィルを元帥用準備室に呼んで実践的な会計術や財務術を教えていたのであった。もはや講義の範疇を超えている。彼にはもう元帥試験に必要な基礎的な経理学が頭の中に入っていた。


「これでもかなりガツガツ下げているほうだ。これ以上下げ幅を大きくすると暴動とストライキと失脚が隣り合わせになる。」


「ではお金を入れる策を打つしかないと……?」


「その通り。ま、勿論削る事は大切だ。が、それ以上にお金を入れる先を作るのは難しいのだ。今の帝國情勢で、君なら何処からお金を入れる?」


 顎に指を当てて、バスカヴィルはひっそりと天井から下がる小さなシャンデリアを見上げた。これまでの講義や会話で、なにか仕える材料はあるだろうか。


「……鉄道事業はどうでしょう。FALKEが譲り渡したという経営権は?」


「成程。目の付け所はいい。ところで我々とファルケ家は鉄道の経営権をいただく少し前から懇意なのは知っているかね。」


 淡い色の紅茶がバスカヴィルの空っぽのグラスに注がれる。


「鉄道の経営権以外に……?」


「実はあそこはうちで使う文具や事務用品を全て提供してもらっている。万年筆、インクから消しゴム、羊皮紙、クリップからタイプライターに至るまで。表向きはただの文具ブランドだが、あの弱小貴族が今まで悠々とやってこれたのはROZENという手堅い商売相手あってこそなのだ。五大財閥の殆どが帝室御用達だというのなら、FALKEはROZEN御用達だ。」


 そのような縁があるとは、と思ったところでバスカヴィルは片眉を上げた。


「……もしかしてファルケ家はロッセルのような転化貴族なのですか?」


「素晴らしい、まさにその通りだ。ファルケ家はもともと軍門だった。ヴィステンバッハには及ばずとも大きな力を持っていたが、彼らはロッセルとは逆で皇帝から指揮権を強奪しようとする風潮をよく思っていなかった。ファルケは権力こそ強大ではなかったが軍門の中でもかなり古い家柄で、帝室を尊重しようとるす気持ちは人一倍大きかったのだよ。」


 面白そうにアンソニーはぴんと立った髭をつまんで撫でた。


「指揮権強奪の件で肝となったのがあの二つの家だった。指揮権を頂こうとするヴィステンバッハ率いるROZENの反皇帝、指揮権強奪をよしとしないアウロラ家を筆頭としたNELKEなどの親皇帝派の実質的な戦争だった。ロッセルはヴィステンバッハの手先で、ファルケは親皇帝派達のスパイだった。」


「ファルケ家があったというのになぜ親皇帝派は敗北を喫したのですか。あの家は鉄道経営から見るにとても挑戦的ではないとはいえ穏健で有能な家です。」


「有能でも穏健というのは戦争において敗北の要因だよバスカヴィル君。あの家は詰めが甘く、ロッセルはその分野において一枚上手だった。ロッセル家はね、貴族社会の競争で勝ち上がったような家だったんだよ。要するに、伝統的な貴族家から見ればいやらしい成金という奴だ。元々は平民だったが、帝國統一に向けた戦線拡大に対して軍需産業で財を成した。対してファルケ家は最初から生粋の軍門だった。ドイツ地方を当時の皇帝が攻略した時に、帝室との戦争で敗北したがその武勇で親衛隊として取り立てられた。育ちの違いという奴だ。……だが、君の言う通りあの家は決して無能ではない。敗北は凱旋の材料にも出来る。」


 アンソニーは既にROZENと貴族のパイプを作っていた。皇帝に対して中立の立場を守っているからこその手腕である。


「貴族と手を組む事で、以前のような帝國権力の分裂を避けようとしておられるんですね。」


 満足げにアンソニーが笑ったところでノックが聞こえた。二人ともその強さと音の高さで、扉の向こう側にいるのがパーシヴァルである事が分かる。


「入ってくれたまえ! 丁度良かった、殿……バスカヴィル君に特別講義を開いていたところだ。」


 厳かに入ってくるパーシヴァルに、アンソニーは矢継ぎ早に話かけた。


「それは先々週から毎週お聞きしていますよ閣下。本日はどのような講義で?」


「うむ、今はファルケ家とロッセル家の話をしていた。君もどうかね?」


 まだ半分はあるガラスのティーポットに入った紅茶を示して、アンソニーは自らが座る長いソファーの隣を譲った。


「貴族と手を組んで分裂を避けるとして、そのメリットは何ですか?」


 それを見計らっていたかのように、パーシヴァルはゆっくりとソファーに腰を下ろす。バスカヴィルは間髪入れずに尋ねた。


「我々親皇帝派にはメリットがありますが、ROZEN自体へのメリットはそう多くありません。我々と貴族の諍いをなくせば、まず第一に帝國の国勢の安定に繋がります。次に、皇帝は二つの勢力の顔色を今ほど伺わずに政治を行えます。ROZEN自体には予算が増えるでしょう。貴族という親皇帝派との結びつきは皇帝に対して好感を与えますから。」


「確かに予算は増えるな。それとはまた別で鉄道経営での面も協力関係が結べるだろう。貴族はあの近郊の商業施設における利益をコントロールする事が出来る。あれを侮ってはいけない。」


 バスカヴィルから見ると、パーシヴァルはともかくアンソニーは貴族的であった。軍人というにはやはり繊細な物腰で、喋り方もどこか洒落ている。


(そうか。官僚軍人とは、こうもあらなくてはいけないのか。)


 数ヶ月士官学校にいて、バスカヴィルは二人の軍人としてのあり方にようやく感心した。軍人だからと勇ましくどしどしと歩いたり、胸を異様に張っていたり、整えた顎髭をたくわえているのは軍事のみに携わる軍人だけでいいのだ。官僚軍人は官僚として無骨さを遠慮しなくてはいけない。


 * * *

毎日夜0時に次話更新です。

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