Example 2-12
巣立つ小鳥達のような勢いで二日間の休みは過ぎ去って、また翌日からは士官制服に身を包んだ青年達で学校は溢れかえった。至る所のマットな黒に、もう散り散りの桜の花弁がよく映えた。
(漸く昼休みか……。)
必修講座が少ないとはいえ、まだ一年生のニコライもまた忙しかった。教官の主義主張が入り混じった講義を聞き流し、応急処置の実習をくぐり抜けた。バスカヴィルと交換した時間割の一部を手に、ニコライは彼の二時限目の教室へ赴く。
(ROZEN基礎知識講座……くだらない。)
外部生に取っては大変為になるのかもしれないが、当のバスカヴィルは退屈だろう。なんせ彼はROZENにおける現状実情を小さな頃からパーシヴァルに仕込まれているのだから。リヴィングストンは全くと言っていいほど教育政策に手を入れていないわけではなかった。というのも、このような外部生が受けるような必修講義の教官を全て穏健派やノンポリ軍人に任せたのである。
「成程、確かに今の組織構造は複雑です。」
ニコライは扉の取手に手をかけた途端立ち止まった。中から教官の声が聞こえてくる。
「官僚と軍事に分けるのは非常に合理的ですが、分け過ぎていてお互いで連携出来ていないと思います。ROZENは縦割り社会で、時代遅れです。」
この男は初っ端から、とニコライは頭を抱えた。いかに中庸な軍人といえど、生徒から自分が所属する組織の悪い所を素直に悪いと伝えられればだれしもいい気分はしない。
「では貴方には追加の課題を出します。現状からどう変化すればROZENは良くなるのか。次の講義に持ってきて下さい。」
「分かりました。」
ふーむ、と長いため息が聴こえて、教官が教室から出てきた。ニコライは慌てて半身下がって会釈する。
「講義はもう終わってますよ、どうぞ。」
あまり気を悪くしていないのか、淡々とそう言って教官は教室を後にした。バスカヴィルは自分の机の上に散らかっていた教本をバンドでまとめている。
「バスカヴィル……。」
「ああすまない、昼ご飯なんだけど近くのベンチで取ろうと思って。」
まあそんな予想はしていた。ニコライは売店に売っていた食堂の手作りサンドイッチを掲げた。
桜の花の間から光沢のあるブラウングレーの枝や幹がよくよく見えている。春うららの陽気はそれらの隙間から二人の体を包んでいた。バスカヴィルはニコライの隣で、リーガルパッドにごちゃごちゃとなにか書いていた。隣にあるのは教本に描かれたROZENの現在の組織図だ。
「一時限目は何事もなく?」
「基礎知識が二時限続けてだからね。」
手元で膝掛け代わりになっていたバスカヴィルの時間割表を見た。確かにぶち抜いて続いている。
「最初はROZENのモットーとか軽い歴史概説をやって。組織構造の変遷と歴史を重ねて見ていった。来週はその続きとROZEN史をきちんとやっていくようだよ。」
「ROZEN史には何コマ使うのだ……?」
「上期全てを使うと聞いていたけど?」
一一五年から全てを、とニコライは呆れたため息を吐いた。
「そんな事やるのか、って? 私は為になると思うよ。設立から学んだ事がないからね。」
すっかり埋め尽くされた一枚目のメモをベリッと捲って、バスカヴィルはそれを革のバインダーに綴じた。
「お前はパーシヴァルから学んだ事をまた学んで二度手間になるのが嫌ではないのか?」
ふふん、とバスカヴィルは笑ってみせる。
「外向けの教育と内部教育は違うよ。私は確かにROZENについてよくよく学んできたけれど、それは皇太子としての側面に限った事だ。ROZENの一員として学んだ事は一度もない。」
「成程……現に違ったのか。」
納得して、ニコライは自分では気付かずに興味津々の顔で僅かにバスカヴィルのほうへ前のめりになった。
「そうだね……。私が皇太子の時、パーシヴァルがROZEN史について教えてくれたのは一番最初とここ一世紀前後の事だけだった。要するに、ROZENの前身がなぜ発足したのか、という事と、ROZENが皇帝から指揮権を強奪するきっかけや経過、それ以後のROZENの事だ。だから、例えばROZENの前身であった組織がなぜROZENになったか私は詳しくないんだ。」
「元々はただの皇帝の私兵だった。それがなぜ官僚として機能したかは、確かにあまり皇太子としては意味がないのかも。」
バスカヴィルは頷いた。実を言えば、帝國の書籍を全てかき集めたところでROZENの歴史を発足の前身から現代まで通して書いた学術的書物がまだなかった。詳しい書物はどこもかしこもピンポイントな時代を書き出したもので、その理由はROZENが完全秘密管理主義ゆえである。
「カンパニーにおいて秘密主義は批判の的になるが、国家に属する組織なら話は別。」
「だれか書いてくれると面白いんだろうけど、そもそもROZENは臣民ライクな組織じゃない。研究者がどんなに研究したって入ってくるお金はたかが知れてるしね。」
ふむ、とニコライはいつものようにため息を吐いた。サンドイッチを完食する。
「バスカヴィル。お前は元帥になったら……もっと臣民に親しい機関にしたいのか?」
「さあ、どうだろうね。どちらにせよ今のままでは到底無理な話だよ。」
まるで未来を覗き見るかのような瞳をした後、バスカヴィルは再び個人的な宿題へ戻った。
* * *
毎日夜0時に次話更新です。




