Example 2-10
別れを告げて、三人はパーシヴァルの準備室からぐるりと上から一周した。アールヌーヴォー風で落ち着きのある内装を再び堪能し、地下を訪れる。教官棟の地下への行くには、中のエレベーターか棟の外にある階段を使わなければいけない。シャンデリアの光さえ届かない地下には、まるでカタコンベのようにぽつぽつとろうそくの光が揺らいでいるだけだった。
「まじで開館してる……?」
歩みを進めると、死角にあった無人の受付カウンターに開館の札が下がっていた。三人はその横を恐る恐る通り過ぎ、ガラス扉の向こう側に広がる博物館に足を踏み入れた。大理石のようなひんやりとした冷気が彼らを迎える。一番最初のパネルは、ROZENの本部を映した白黒写真だった。奥にある華麗な王宮の手前に、まるで監視塔のようにそびえ立つ二つの巨大な塔が並んでいる。
「一一九三年竣工。」
(簡素……。)
説明パネルを読み上げたクラヴェーリに、バスカヴィルはそんな感想を抱いた。説明の文章は特にない、ただただ完成した年がポツンと書かれている。隣には、広大な帝國の地図が広がっている。ROZENが管理する巨大な砦に囲まれた円形の国土。その中にはROZENのマークで支部の位置と数が示されていた。
「まだ支部は百もないのか……。」
「現状の建築技術とROZENの財政からして新しい支部建てるのは困難だろうね。」
薔薇の花から伸びる線の先には、支部が成立した年と支部施設が竣工した年、改築された年が書かれている。バスカヴィルは地図に向き合ってよくよくそれを眺めた。
「どうかした?」
一つの支部の文字列をなぞった。帝国内には海はないが、巨大な川がいくつも流れている。その内で最も幅が広いとされている太平河という大河の端寄りに、小さな地域が点在していた。
「日本地域がどうかしたのか?」
ニコライとクラヴェーリがその文字列に注目した。成立は一六九三と最も新しい。
「日本支部、最近出来ただけあって立場が弱いと聞く。支部の建物が出来たのははちょうど本部が指揮権を握った頃……。」
「ヴィステンバッハか……。」
次にロシア支部、イギリス支部、カナダ支部と文字をなぞって、バスカヴィルは訝しげに首を傾げた二人を置いて次の展示物に足を向けた。歴代の元帥がずらりと並んでいる。帝国歴一三〇〇年代までは大理石から削られた胸像が並び、その後は肖像画になった。ここに並ぶ元帥は既に退役している者ばかりであり、現役のアンソニー・リヴィングストンのものはまだなかった。
「いやー長いな……。リヴィングストンって何代目なんだ?」
「六六五。」
両側にずらりと並んだ歴代元帥達の彫像や肖像は、廊下を渡る三人をじろりと見下ろしている。彼らの像を見ていると、ROZENの服の変遷も手に取るように分かる。それを見透かすかのように、歴代元帥の廊下を終えるとかつてのROZEN軍服がずらりと並んでいた。
「おっほすげえの。」
「流石、帝國一の管理技術と言われただけはある。」
ROZENの最初の、制服として規定を満たしたのは、ローマの成人男性に見られるトーガを模したものだった。現在は黒を基調に深い赤の装飾がメインだが、この頃の軍服は白を基調として深い赤の縁装飾が入っているだけだ。一〇〇〇年代に入ると、漸く黒基調の服が見られるようになった。
「この頃はまだ型は揃っていないのか……。」
「チュニック、黒地に赤と金の装飾、正面に薔薇のエンブレム。」
説明パネルには当時の帝國の領土が地図と共に書かれていた。帝國が全領土を征服し、ある程度の泰平が見られるようになったのは一六〇〇年代とつい最近である。チュニックと色の規定が定められただけの頃、まだ帝國の領土は現在の直轄領だけだった。軍服とそれに値する服飾の展示の間を縫って歩いていると、漸く自分達がよく知る服装が現れた。
「これは……元帥位かな?」
表生地は黒のビロード、裏はスカーレットという激しい色使い。故に襟や返した袖口もまるで鮮血のように赤かった。飾諸や肩章などは全て金基調で、丈は太腿まで。腕の太さからウエストのくびれまでしっかり測られて作られたその豪華な上着は実に華やかであった。隣にはオーバーコートが飾られている。外出時の防寒着だ。
「一七〇八年から使われているのか。」
「これが平常……?」
ショーウィンドウをぐるりと回って、バスカヴィルは再び正面から軍服を見つめた。
(軍服は支給制のはずだ。つまりこれは……。)
アンソニーは今ROZEN政策の肝である会計の大改革に必死だ。彼が就任してから十五年間、蔓延っていった汚い金を徹底的に洗い出して片付けていった。
(次の元帥はどうすべき、か。)
見上げた襟元に乗っかったマネキンの顔をじっと見つめる、ぴかぴかに磨き上げられたそのウィンドウには、端正なバスカヴィルの顔が映っている。
「次の展示のこれはなんだ?」
「今までの元帥が使っていたものだろう。」
別の部屋から先に行った二人の会話が聞こえてきたが、バスカヴィルはぼんやりと軍服を見上げ続けていた。
(この軍服は……いつか変えなければ。)
ガラスを撫でて、バスカヴィルは眩しそうに目を細めた。
博物館を出ると、昼を過ぎておやつの時間になっていた。バスカヴィル達はまだランチタイムを続けている食堂を訪れた。
「ここの飯すんげえ美味しいよな。」
「今のシェフは直轄領のセントラルホテルの料理部署でヘッドを務めていたらしい。」
ほお、とニコライの話を聞いたクラヴェーリは振り返って厨房に続く扉を見た。
「セントラルホテルって中央駅からすぐの?」
「そう。五大財閥が各国で共同経営している。」
現在、帝國中を縦横無尽に走る鉄道は、当時まだ文具しか扱っていなかった弱小貴族のファルケ家次男が打ち立てたものだった。次男は幼い頃から有望で、しかし父が強く推した家督相続には無関心だった。彼は文具よりもインフラ整備に夢中だったのだ。それが高じてついに鉄道会社を設立してしまった。FALKEのブランドは世に轟いた。次男は線路を敷いて列車を走らせるだけでは飽き足らず、駅やその周囲の商業施設にまで事業拡大した。次男はそこで、父が経営していた文具店FALKEに対して優先的にテナントを提供したのである。親子の関係とはいえ当時としては破格の値段だった。プラットフォームに広告も出した。それがFALKEという文具ブランドが直轄領を含めた全帝國の一斉を風靡した理由の一つである。
「流石に駅近くのホテル経営全てまでは一手に担えなかったので、他の財閥を呼び込んで共同経営し始めた、というのが事の顛末だった気がするけれど。」
「その通り。」
食後のエスプレッソを飲みながらニコライは頷いた。
「鉄道は国有という事でROZENに事業を明け渡されたが、商業施設やホテルはまだ彼らの管理下。」
「結局運営はFALKEに委託されてはいるけれどね……。」
クラヴェーリがチョコレートケーキを持って席に帰ってくると、ニコライは話を続けた。
「ファルケ家は元々が弱小なだけあってROZENに対する敵対心は他に比較して薄い。ROZENに経営権を売る事に関して、プライド的なハードルはそう高くなかった。」
「癒着も不思議ではない、か……。」
バスカヴィルは天井を仰いで目元を両手で覆った。ROZENの社会事情が最近濁流のように脳内に浴びせかけられる。情報整理をする暇もなく夜は昏睡していた。
「バスカヴィル……。夜は部屋で。」
腕に手を置いて、ニコライはそう労った。たかが一日と半分だが、それでもバスカヴィルの顔は疲れ切っていた。かつての敵対勢力の渦中に身を置いているのであれば尚更である。
「そうしようか、明日は一日休んでも構わないかな……?」
「ん? あぁ別に全然。なんならオレがそっち行くか?」
かくして図書館行楽はやめになった。バスカヴィルはクラヴェーリに微笑む。
「折角だから久し振りに取り留めのない話をしようか。毎日社会の荒波に揉まれていては気も休まらないしね。」
早速手帳を出して、クラヴェーリは親友の為にスケジュールを上書きした。
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