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神秘学メンズラブシリーズ"nihil"  作者:
第三巻『その痩躯から 死が分たれる その時まで。 』(RoGD Ch.4)

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Verse 4-20

「地獄は案内する程なにがあるわけでもない。だが、お前は[神]のくせに一度も来た事がないだろうから雰囲気でも楽しんていけ。」


「……どう楽しめと?」


 玄関のすぐそばにあったすれたマフラーを首に巻きながら案内にもならない案内を始めたグリゴーリーに、零は口をへの字に曲げた。目の前に広がるのはマグマの固まった黒い不毛の大地。空はこれでもかという程に重苦しく暗い雲が立ち込め、時々とてつもなく眩しい雷がその中を走り去っていった。遠方には常に噴火を繰り返す火山の山脈が見えた。


「寒いだろうが。供給を。」


 部屋を一歩出れば、吹雪でもないのに極寒が零の体を襲った。思わず自分の体を抱き締めていると、グリゴーリーは気付いたように手を差し出した。


「供給?」


「私の[燃料]でお前の体を温める。外に膜でも張ればある程度の体温は確保出来るだろうが。」


 納得しつつも、恐る恐るその手に触れる。グリゴーリーの体は生身の人間のように暖かかった。


「お前、冷え性か? 指先ばかり派手に冷たいではないか。」


「わ、悪かったな冷え性で!昔から末端冷え性なんだよ!!」


 グリゴーリーの手の中から自分の手をふんだくろうとしたが、一瞬であまりの握力で握られてしまいそれは叶わなかった。グリゴーリーが歩き始めると、零も渋々それについていかざるおえなかった。


「……理由を言わない理由を教えよう。」


 暫く歩いて、グリゴーリーがそう口にした時には、遠方に大修道院のようなだだっ広い建物が見えていた。


「我々の勢力は今二分……いや。厳密に言えば三つに分かたれてしまっている。」


「……何?何だって?」


 それは零にとって驚きを招く情報だった。グリゴーリーはフードのように目深にかぶったマフラーからちらりと零を振り返ると、いつの間にか手に持っていた青白い炎のランタンをかざした。


「一つの勢力は私の支配下にある。お前を[神]と見なし、地獄での職務を全うする者達。もう一つの勢力は逸叡達[妖魔]。あいつらは中立的だ。楽しければなんでもいいと思っている。そしてもう一つ。それが――」


「アーサーが率いる勢力か。」


 グリゴーリーは静かに頷いた。


「アーサー王の勢力。この世界の滅亡と再生を求める者達だ。」


 滅亡と再生、その言葉を零は唇だけでなぞった。いつの間にかもう目と鼻の先に修道院のような建物が迫っていた。この風景には似つかわしくない、庶民的ないい香りが漂ってくる。


「これは?」


「食堂だ。味は保証する。」


 ふむ、と零はその殺風景な食堂の外壁を見た。薄汚れた石造りには場違いな苔が蔓延っている。表に回ると、巨大な壁には似つかわしくない実に小さな、まるで裏口のような木造の扉があった。


「これ正門?」


「そうだが。」


 扉を開けると、廊下がぐるりと続いている。しかしそのすぐ目の前には、正門よりもずっと大きな両開きの扉が開け放たれていた。古ぼけた宿の巨大な食堂だった。石畳の床に、建てつけの悪そうな木造りのテーブルと長椅子。一番向こうでは、これもまた明るい雰囲気に似合わないスケルトン達がシェフ帽や黒いエプロンを器用に着て業務に従事していた。テーブルに物を運ぶのはレイスのような、ボロをまとった浮遊する霊のゴーレムだ。


「もっと趣味のいいゴーレムないの……? 戦闘用はともかくとしてさ……。」


「ゾンビタイプを置いてないだけマシだと思え。」


 目の前を通りかけたレイスタイプのゴーレムを文字通りすり抜けて、グリゴーリーは食堂の中央の廊下をずかずかと進んでいく。


「ボルシチ一つ。お前は。」


 すり抜けるコツが分からず、零はいちいちレイスを避けつつ漸くグリゴーリーに追いついた。


「え? えーっと……じゃあラザニアで。」


 オーダーの為のスケルトンゴーレムは、七回程連続で歯をカカカッと鳴らすと、のろのろと料理役のスケルトンゴーレムにそれを伝えにいった。もう暫くして札を持って帰ってくると、しっし、と次のオーダーを受ける為に二人を追い払う。


「皆、やっぱり俺の事は分かってないんだな。」


 食堂は少しだけ混雑していた。しかし、殆どの[シシャ]は、彼に目もくれず料理を食し、たまにグリゴーリーを見て会釈するだけだった。


「ここにいる[シシャ]の殆どはお前を見た事がない。なぜかは……よく分かっているだろうが。」


 隅っこのテーブルに縮こまって座って、零は食堂の全貌を見渡した。天界よりも人間的で、生活感がある。いかに自分達の側が化物じみているのかを、心の奥底で実感してしまった。


「敢えて言うのであれば、知らないからこそ堕天したのだろうがな。」


 姿を見せない君主などに忠義を尽くす義理はない。それは古今東西共通の意識だろう。零もまた、同じ立場であれば反抗の態度を取る。どれだけリチャード一世やジャックが、ニコライ二世が説得を試みようとも、見ていないものは信用出来ない。


「そして、大抵そういう者は二つに分かれる。後に存在を知って、今の立場でそれに従う者。もしくは、存在を知っても尚、王と認めない者。」


「それがお前とアーサー王の配下の違いか。」


 ゴーレムが運んできたワイングラスを受け取って、グリゴーリーは椅子に横座りしたまま食堂を眺める。


「そうだ。最も、アーサー自身はまた別の理由らしいが?」


 じろり、と青白い輝きが零を睨めつけた。敵対心というよりは、懐疑心のこもった視線だ。


「……何故俺を見る?」


「この聖戦の根幹を知っているのはお前とアーサーだけだ。そして……アーサーはもうその根幹を覚えていない。」


 一瞬、零は眩しそうに顔を歪めた。


「記憶がないって事か?」


「物忘れが激しいと言えばそれまでだが、別にボケているわけでは決してない。確かにあれは……記憶の喪失だ、完全に昔の事を忘れている。酷い物は、どれだけ確かなデータを伝えても思い出す事すら不可能になっている。」


 料理が運ばれてくると、グリゴーリーは漸く机に向かった。零はナイフとフォークを手にとって、ラザニアに切り込む。ふんだんに挟まれ、散りばめられたよく伸びる様々なチーズと、新鮮なトマトの味がよく合った。


「だれに話すつもりもない。この聖戦の原因は……たった一つの俺の我儘が尾を引いて始まったんだ。」


「だが恐らく、アーサー以外に話を聞いて分かるのはもう私だけだ。」


 信じられない者を見るような目で零はまじまじと、ボルシチを食べるグリゴーリーを見つめた。


「まさか……お前覚えているのか?前の世界の事を。」


「無論だとも。なぜかは知らんがな。」


 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたまま、零はナイフを置いてアルミ皿の縁をフォークで叩き始めた。


「お前が覚えているとして、アーサーと俺の前の関係が聖戦の原因になると鑑みた理由は。」


「ない。」


 ビーツを頬張って、グリゴーリーは歯を見せてにたりと笑って見せた。


「お前にそんな狡猾な真似が出来たのか……。」


「出来るとも。でなければあの陰謀渦巻いた宮廷で生きてなどいけまい。」


 すぐにおどけた様子で肩を竦めて、死んだがな、とグリゴーリーは付け加えた。要するに、グリゴーリーははったりをかけた。その上で、零の返答をもって自身の予想が確実なものであるという礎を築いたのだ。


「ま、話す気がないのなら話そうが話すまいが好きにするといい。その理由がなんであろうと、私のやるべき事はなにも変わらん。」


「ならはったりの詫びにいくつか俺の質問に答えろ。」


 なんなりと、とグリゴーリーは頭を小さく下げた。


「帝國を滅ぼしたな、あれは何故だ?」


「全てを元に戻す為に。」


 不可解そうな顔をした零に、グリゴーリーは面倒臭いとばかりにフォークを陶器の皿の中に放り投げた。手のひらを擦り合わせ、口を開く。


「要するに、[シシャ]であるべき者が[人間]であったり、バスカヴィルとかいうよく分からん魔術師のおかげで[サタン]の構造が破茶滅茶になっていったりするのを全て元の位置に戻す為にしたのだ。荒療治だが、そうでもしなければアーサーが世界を滅亡させていたかもしれんぞ。」


「それはそうだ、お前の言う通りだな。じゃあ次だ。……金の指環について知っている事は?」


 もうすっかり底の見えたボルシチを意地汚くスプーンで掬っていたグリゴーリーは、ラックに入っていたナフキンを引き出して口元を拭いた。


「知っている事は少ない。一つは、あれは私らでも分からん素材で出来ている事。もう一つは、世界に破滅を齎す物である事。最後に、私がしていたあれはレプリカであると言う事。それくらいだ。」


「レプリカ?お前がワルキューレ作戦の夜に落としていったあれは何かの写しなのか?」


 ナフキンを丸めて皿の中に放り捨てると、ボルシチの色がその白を染める為に上へ登っていった。


「あれは私がアーサーから貰った物だ。あの王も同じ物をしているし、[堕天使]の中でもアーサー王の下にいる者は必ずしているだろう。逸叡もしていたが、最近手放したらしいな。私が考えるに、あれはアーサーが持っている物のコピー品だ。同じ威力を持っているが、限界があって使えば壊れる。」


「アーサーのは壊れないのか。」


 頷いて、グリゴーリーは皿を端に寄せた。椅子を前に手繰り寄せて、机の上に乗り出す。


「果たしてあれがなんなのか、アーサーに聞いても全容は分からなんだ。あいつはあの指環を随分と頼っているように見える。」


 漸く零もラザニアを食べ終えて、皿を端に寄せると顎に指を添えた。


「あの指環、そのメカニズムとかが分かれば戦況もひっくり返せそうなんだがな。」


「まだ長らくかかるだろうが、あいつは確実に勝つ為に今作戦を練っている最中だ。お前が弱っている今の間に叩き潰す事も出来るだろうに、あの王にこびりついた騎士道精神はどうもそういう騙し討ちがお好みでないらしい。だが――」


 ため息を吐いて、グリゴーリーは顔を近付けた。


「なにもあの王に従う者ばかりではない。お前の身は、常に危ういのだぞ。」


「ここにいたほうが危ないと思うが……違うのか?」


 盛大な呆れたため息が机に向かって吐き出された。


「灯台下暗しという言葉を知らんのか、お前は……。」

毎日夜0時に次話更新です。

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