Verse 3-6
食堂までの道のりで、全員揃って食事をするのは殆ど夜だと、アレクセイは零に説明した。
「朝食で揃う時もあるんですけど、緊急に連絡がある時くらいで。お昼に集まったことは知る限りではないです。」
「ではお昼は各々で好き好きに?」
何度も頷いて、アレクセイははにかむ。
「家族での夕食に慣れてる僕にとっては、この家の皆で食事をするのは少し緊張して疲れてしまうんです……。」
ふう、と本当に疲れたようなため息を吐いて、アレクセイは年柄に合わない仕草をした。額に当てられた手は、どこかニコライ二世が悩む時の立ち姿に酷く似ている。
「ちょ……! ってなんだぁ、零だったのね……。」
ハーブの香りに鼻をくすぐられて、零は廊下の向こう側へ顔を上げた。いかにもシャワー上がりらしいアナスタシアが、薔薇色のタオルで髪の毛の水分を取りながら歩いてきていた。
「殿下。」
「姉さん!」
困ったように息を吐いたアナスタシアに、零は訝しげに眉を寄せた。
「お昼ご飯を一緒にと思ってたのに、お部屋にいなかったから探したんだよ!」
「あらそうなの? 今日は吹雪いてないからちょっと森の中まで歩いてきたの。ここ最近はずっと雪が降ってたから久し振りにね?」
森、と言われて、零はロマノフ邸のすぐ隣にある鬱蒼と繁る針葉樹林を思い浮かべた。一度も入った事はないが、なかなか日が差し込むことがないらしい。
「あんなジメジメしてそうな場所に?」
「冬はそこがいいのよ。さ、お昼にしましょ! お腹減っちゃった。」
一目散に一番小さなダイニングルームに入って、アナスタシアははしゃぐ気持ちを抑えながら席についた。
「今日の昼食はチーズインハンバーグですって。」
既にセッティングされていたランチョンマットの上には、ランチメニューが達筆な文字で並んでいた。
「打ち出し……じゃないな。一体誰がこれを?」
「ランチのメニューは、いつも歴代ツァーリが週替わりで考えています。今週は……誰だっけ? 姉さん。」
アナスタシアが肘をつきながらベルを鳴らすと、すぐにゴーレム達が前菜のサラダを運んできた。
「今日は本当はお父様なんだけど、今不在だから多分代理でお母様が。」
「皇后陛下が。」
確かに、男の文字というよりはどこか優しげで、高さのきっちり揃ったアルファベット達は書き主の神経質さや潔癖さを感じられた。
「えっと……そういえば零さんはどうしてこの屋敷に?」
ドレッシングを混ぜながら、アレクセイは食器のぶつかる音が響くだけの沈黙を破った。
「療養です。体を壊してしまいまして……。」
「アルから聞いたわ。無理するところはなにも変わってないのね。」
仰る通りです、と零はキャベツを口に運びながら苦笑した。
「今回は大分深刻だって聞いたんだけど……。」
「いや、激しい運動をするのが禁止されてるくらいで。」
片眉を上げて、アナスタシアは、本当かしら、という言葉を心の中で響かせるに留めた。
「療養という事は暫くこちらに?」
「はい。やる事が特にないので、エカチェリーナ陛下からお二人の遊び相手を仰せつかりました。……つい先程。」
サラダの皿が下げられると同時に、アレクセイの顔が輝いた。
「遊び相手ですか!?」
「ま、まあ……。はい。」
期待満々の少年の視線は零には少し痛かった。
「じ、じゃあえっと、僕に色々話して聞かせては下さいませんか?」
次に運ばれて着たのは熱々のコーンポタージュだった。甘い香りが辺りを飛び回る。中にはクルトンがたっぷり入っていた。
「話して聞かせるというのは、一体?」
「父上から零さんについて色々聞いているので、是非本人の口から……なんて言うんでしょうか。昔話と言えばいいのか……分かりませんが。」
ポタージュをスプーンで掬い上げるアナスタシアに、零はちらりと視線をやった。向かい側に座っていた彼女は、スープを冷ましながら肩を小さく竦めた。
「俺のような人間の昔話で良いのなら……取り留めのないものですがいくらでも致しますよ。」
「本当ですか! 約束ですよ! 明日から!!」
ぐいぐいと袖を隣から引っ張られて、零は困ったような微笑みを浮かべながらスプーンを空になった器に置いた。
和気藹々とした昼食を終えて、零はそろそろフェリクスとエカチェリーナ二世の下に戻ろうと三人でダイニングルームを出た。
「……アナスタシア殿下。」
スケジュールがあるので、とゴーレムに連れられてアレクセイがいなくなると、零は反対方向へ歩き出したアナスタシアへ声をかける。
「ん? 何か困った事ある?」
「いや。さっきここで会った時、なにか言いかけてからなんだったのかと。」
朗らかな微笑みを浮かべていたアナスタシアの顔が一気に曇った。零は、まずった、と口を抑えた。
「……貴方が別の人に見えたの。」
怪訝そうに眉を上げて、零はアナスタシアに対して少し首を傾げた。言おうか迷っているのか、アナスタシアは胸の下で手を重ねて居心地悪そうに立っていた。
「グリーシャに。」
夕食のビーフシチューを頬張りながら、零は肘をついて明後日の方向を見上げていた。フェリクスはそんな零の様子を見ながら、ずっとにこにことしている。その様子は結局デザートが出てくるまで続いた。
「本日は如何でしたか?」
「ん。ん~……。」
プリン・ア・ラ・モードをつつきながら零は曖昧な返事を返した。アナスタシアの言葉がずっと、魚の小骨のように引っかかっている。
「気分を害したら謝るけど……。」
フェリクスは首を傾げた。
「俺とラスプーチンって似てる?」
向かい側のスプーンからさくらんぼがこぼれた。零は思わず視線を漂わせたが、予想とは裏腹にフェリクスは突然、ぷっ、と吹き出して声を上げて笑い始めた。
「ははっ、ふふ……すみません。あまりに突拍子もないご質問でしたので。」
そこまで笑う事か、と零は半眼になった。王侯貴族の笑いのツボで理解出来ないところはいくつかあるが、それ以上にフェリクスと言う男の笑いの沸点はよく分からなかった。
「そうですね……。似ているところもありますが、正反対のところもあります。貴方もグリーシャも誠実です。王宮には全く縁がなかったのに、君主の隣に置かれる程の寵愛を受けた事も。ですが、貴方は世俗的であり、あの男は宗教的です。物の考え方が根本的に違うのですよ。確かに、貴方が王侯貴族へ接する姿はあの男に似ていますが……。ですがそれは上っ面だけの表面的な類似に過ぎません。」
ふむ、と零は顎に指を当ててプリンア・ラ・モードに視線を落とした。
「何方から言われたのですか?」
「えっ。アナスタシア殿下に……。」
いつものようにフェリクスはにっこりと微笑んで、そうですか、とまるで子供の話を聞くかのように優しく頷いた。
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