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神秘学メンズラブシリーズ"nihil"  作者:
第三巻『その痩躯から 死が分たれる その時まで。 』(RoGD Ch.4)

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Verse 2-39

 学校の敷地内にある銀杏並木もすっかり葉を捨て去り、既に寒々しい冬空が枝の至る所から顔を出していた。


「ねぇねぇ、あの制服……。」


「わー、お嬢様学校じゃん!」


 通りすがる日本人女子生徒の会話を聞いて、三食団子を食べ歩きしていた理恵は彼女らの視線の先を見る。純白のジャケットに紺のブレード、まるで雪を彷彿とさせる白い冬制服であった。


(あの顔、確かバレエ学院のプリンシパル……。)


 一体なにを待っているのか、と理恵は前後を確かめる。彼女の視線の先は、インターナショナル学校の玄関口だ。


「……。」


 怪しい、と理恵は眉をひそめて、忘れ物をしたような顔で学校の校門を再びくぐる。今日は部活動のない日だ。だが、だからと言って油断は禁物である。目当てのトリオが出てくると、理恵は紺色のジャケットのボタンを締めながら手を振った。


「理恵さん!?」


「珍しいすね、待ってるなんて。」


 自転車を手で押す博人と勇斗が、驚いたような顔で近付いてくる。


「理恵。」


「今日は悠樹邸でしょ? 一緒に帰りましょ。」


 そう言って中央に割って入って、理恵は零の腕に巻き付く。


「相変わらず積極的だな~お前……。」


「別に構わないでしょ?」


 ふふ、と微笑まれて、零は呆れたようにため息をつく。


「そういえばお二人ってどういうご関係なんですか?」


「秘密~。」


 博人の質問に面白おかしそうに返しながら、理恵は校門をくぐった後にすぐ視線を背後にやった。


(貴方、つけられてるの知ってる?)


(……? 何の事だ?)


 これだから鈍感男は、と理恵は眉を寄せた。今度は彼女が呆れたため息を吐く番だ。そういえばこの間はジークフリートに連れられてセレモニーに行ったのではなかったのか、と理恵は思い出す。悠樹邸の方へ続く道を曲がると、博人が自転車を寄せて二人に顔を近付けた。


「やっぱあれつけてますよね?」


「えぇ、学校からずっとね。」


 ひそひそと喋る二人に、勇斗も視線だけを背後にやった。


「一体誰なんで?」


「私の記憶が正しければ学院の今年度のプリンシパルよ。」


 嘘でしょ、とばかりに博人は苦笑したが、理恵と勇斗は零の顔に視線をやった。零は振り返りもしないし、しかし心当たりのあるような顔で視線を泳がせる。


「やっぱり。」


「いや、あれ悪いのジークだし……。」


 悠樹邸が見えてくると、博人と勇斗は少し歩調を緩めた。一瞬でもなにかあれば、零を庇える位置だ。


「取り敢えず、今日は暗くなるまで悠樹邸にいてちょうだい。電話はするから車で迎えに来てもらって。」


 ローファーを脱ぐと、理恵はすぐに玄関の角にある黒電話の受話器を取った。零はそれを傍目に家へ上がる。


「おや、お帰りなさい。お菓子を用意するから待っててね。」


 わらわらと居間へ行く三人の前を通りかかって、継子はいそいそと台所へ入っていく。


「親父は何時くらいに?」


「今日は夕食を少し過ぎた頃と言ってたねぇ。」


 木造のワゴンから煎餅や飴玉の入った袋を取り出して、茶色いボウルの中に詰め込む。その様子を覗いていた零は、学生鞄から封筒を取り出した。


「あの、これ渡してもらっといてもいいですか?」


 出入り口すぐの机にボウルを置いて、継子は茶封筒を受け取る。


「ジークフリートが出るバレエコンサートのチケット。良かったら家族で一緒にと言われて。親父は都合が合うか分かりませんけど。」


 中にはチケットとパンフレットが二人分入っていた。


「十二月ならきっと大丈夫だよ。よろしく伝えておいておくれ。」


 少し顔を綻ばせて、零はお菓子の入ったボウルを持って遅れて居間へ入った。




 夕食を作ってきたのか、ジークフリートの服からかすかにミートソースの香りがする。


「美味しそう。」


「僕がか?」


 運転席に乗り込んで、ジークフリートはからかいつつ扉を閉める。


「そうじゃなくて……。」


「夕食だろ? 分かってる。」


 そういう零からは、悠樹邸の本日の夕食のチーズインハンバーグの香りがした。髪に鼻を寄せて香りを嗅ぎながら、ジークフリートはシートベルトを締める。


「……怖くなかったか?」


 先程の和気藹々とした声とは一転して、ジークフリートは声を低くして少し硬くなった声で聞いた。ハンドブレーキの向こう側にある零の指に指を絡める。


「大丈夫。もうすぐ終わるでしょ?」


 見上げて笑ってみせた零に少し驚いたのか、ジークフリートは目を見開く。しかし、すぐにその青藍の瞳は優しげに微笑んで、良かった、と紡いだ。


 * * *


 周囲からは、会話の中身をも取れないような小さな雑踏が聞こえる。


「花束預けたけど、他に預けるものあったっけ?」


「いや、もう手荷物だけだよ。」


 開演の当日。その日、ジークフリートは朝早くから朝食を作って家を出ていた。直前リハーサルに出る為だ。零はパジャマ姿のままぼんやりと朝食を取って、着替えを終えて悠樹邸を訪れた。基本的にフォーマルな服は全て悠樹邸に置いてあったからだ。


「後は待つだけだ、いいから座れ。」


 悠樹に赤みが強いダークブラウンスーツの裾を引っ張られ、零は会場の椅子に座った。ステージが一望出来る、中央少し前の席だ。舞台の手前が少しがやがやし始める。オーケストラが入ってきた合図である。




 公演の開始を伝える二度目のブザーが鳴った。観客席の照明が落ちる。コンダクターが入場してくるのを確認して、楽団員が一斉に起立した。観客に向かって一礼し、指揮者が団員達の方へ振り向くと共に、オーケストラは着席した。準備はいいですか、指揮者が指揮棒を握ってジークフリートに視線を合わせた。ジークフリートは頷く。その胸元には、昨日零が入れてくれたドライフラワーのハクモクレンがあった。衣擦れの音と共に、コンダクターが指揮棒を構える。オーケストラも、皆一様にそれぞれの楽器を構える。暗がりの中を、指揮棒が、動いた。

毎日夜0時に次話更新です。

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