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神秘学メンズラブシリーズ"nihil"  作者:
第三巻『その痩躯から 死が分たれる その時まで。 』(RoGD Ch.4)

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Verse 2-11

 ジークフリートとフィリップ二世の目の前にあったディスプレイを久志のベッドに投げ出す。


「大川照子。学習院大学二年生。データベースにあったぞ。」


 四人は、ジークフリートと久志を真ん中にして肩を寄せ合った。


「経歴はこれだが、特に目立った非行も見られな――」


「いや待って。さっきの家系図に戻ってもらえるかい。」


 久志の指示通りに、ジークフリートはディスプレイをスライドさせた。大川照子の青い枠線を見つけ、久志はその斜め横へずらしていく。


「いやまさか、まさかとは思っていたけどね……。」


 至極見覚えのある羅列、大日本帝国軍に在籍した身としては決して忘れる事のない名前を、久志はタップした。




「坂本先輩も気付いてらっしゃるんでしょう? 私がどういう血を継いでいるのか。」


「ほんならあんさんも知っとんやな、自分がだれの縁戚か。」


 血のこびりついた指で唇を撫でながら、えぇ、と照子は言った。


「あん人が東條はんの禿頭を叩いたのも知っとる?」


「勿論です。」


 逸叡は眉間に皺を寄せた。照子の答えは彼にとって酷く滑稽に聞こえる。


「勿論です、なぁ。おかしいなぁ、東京裁判はこん世界線ではやっとらんちゅーに、なして一般人がそないな事知っとるんやろか。」


 照子の瞳が捉えたのは、別段いつもと変わりのない薄ら笑みを浮かべた逸叡の顔だ。


「話は終いや。」


 照子の洋服がぶわりと風をはらんだ。ペールピンクのシフォン生地に、みるみると赤黒い液体が広がっていく。


「な――」


「何故? 私を馬鹿にしないでくれたまえ。」


 胸に走る白刃の線が抜かれると、女性の体は前に倒れていく。刀から払われて浮かぶ血の玉が月光を映し出した。


「なんであんさんここにおるんかな。」


「さあ。だが私がいると知っていてお喋りしていたんじゃないのかい?」


 艶やかな黒い髪に一点の汚れもなく、宵闇に紛れて歩いてきた黒いスリーピーススーツの男は女性の側で片膝をついた。


「あんさんだとは到底思わんかったわ、――」


 名前を呼ぼうとしたが、立ち上がった男は水面を波立たせずように歩くような滑らかさで、唇の前に人差し指を立てた。


「取引をしよう。」


 男の手の上には、照子が首に巻いていた白銀のリボンがあった。


「もし君が、これに興味があると言うのなら。」


 人の心を捉えるかのように、純銀の紐を月の光が舐めた。




 三人の間に白銀の槍が突き刺さる。アーサー王はエクスカリバーについた雨露を振り払うと、その槍を凝視する。


「一度ならず二度までも……!」


「それはこっちの台詞だ、懲りない奴だな。」


 アスファルトに突き刺さった槍の柄に降り立ち、ジークフリートは零とグリゴーリーを背にアーサー王を見下げた。


「どうする? 三対一だ。」


 白銀の槍の背後にいるグリゴーリーと、肩で呼吸を繰り返す零を一瞥し、アーサー王は再びジークフリートを見上げる。


「今回ばかりは引いてやる。次はないと思え。」


 剣をしまうと、アーサーはマントを翻すと共に黒い靄の向こうへ消えていった。


「……本当に行ったのか。」


 拍子抜けした零は、雨で震える体を我慢しながら落としていた腰を上げた。いつも赤い唇は色が失せている。


「三対一は不利過ぎるからな。」


 ジークフリートにスプリングコートを掛けてもらう零を一瞥して、グリゴーリーはゆっくりと後ろを向いた。逸叡が一人の女性を前に突っ立っている。




 戻ったところにはケーキの箱があった。雨に濡れず、吹きさすぶ風にビニール袋はやかましく音を鳴らし続けている。逸叡の濡れた革靴の前には女子の体一つ。一切の傷もなく、久志の血で少し濡れた手を除いて綺麗なまま倒れていた。薔薇色の蛇瞳が、やけに目に焼き付いていた。




「死因は?」


「これは多分脳死。臓器は働いてるんだけどね。」


 女性の遺体を囲む親族達を見ながら、清張は眉間に更に皺を寄せつつため息を吐いた。


「彼女の手から検出された血は紛れもなく咲口君のものだよ。」


 背を向けて、外套をゆるりと翻して清張は歩き始める。少し心配そうに眉を下げて、アルフレッドは清張の後を歩く。


「島田が先の大集会で衣刀之人の顔を見たと言っていた。ROSEAの報告を聞いた限り嘘だとは思えない。だが……このままあいつらに捜査を続けさせていいものか。」


「零が狙われているという事は、咲口君達もまた狙われないとは限らないしね。零が言うに銀承教のお上は敵方と手を結んでるしますますだね。」


 ビル群がよく見える屋上に出て、清張は手を後ろに組んだ。


「命が危ぶまれない方向で捜査を考えるのもやぶさかではないな。」


 まだ雲の晴れない空は、霞んだ日光を地上に送り出している。


「しかし、君はそんなに彼らを失う事が怖いのかい? 死ぬと言っても、[使徒]の場合は一時的に人間界からいなくなるようなものだよ。」


「お前は咲口達とさして仲が深くないからそういう事が言える。」


 清張はアルフレッドに視線を注いだ。


「考えてみろ。今の状態なら倅でさえ咲口達と同じだ。」


 褪せた夕日を眺めていたアルフレッドは、清張と視線を合わせる。


「どうする、突然零が死んだら。お前は同じ事が言えるか? 例えまた転生して巡ってくるとしても。」


 いつもの鋭さはどこか失せて、清張は年相応の疲れた瞳をアルフレッドから逸らした。


「いないという空白は、どうやっても埋められない。」


「今の僕にはもう分からないさ。」


 アルフレッドもまた、清張から視線を外した。春の強い風が二人の白衣と外套をめくり上げる。


「いつかまた会えるなら、と思えてしまう。」


 * * *


 翌日のニュースを見ながら、逸叡は白米の上で箸を広げたり閉じたりしている。


「おはようさん。」


「気分はどうだ。」


 連続して近い場所で行われた殺人未遂と殺人事件で巷は持ちきりであった。どの放送局でも同じニュースを話し続け、憶測が飛び交う。


「もう痛いんは治りましたわ。それよりあんさん、ほんまに帰るん?」


 グリゴーリーは他愛のない人間界のニュースを目で流しながら頷いた。


「早急に帰ってこいと。流石に昨日のは遊び過ぎたらしい。」


「よお素直に帰りますな。」


 白米を食べ終えて、逸叡は胸の前で手を合わせる。終わったニュースを鼻で笑ったグリゴーリーは、食卓から背を向ける。


「私も私でいい案を思いついた。あちらでやる事がある。」


「それはよござんす。頑張りいや。」


 皿を重ねる逸叡に、グリゴーリーは筋張った手を振ってリビングルームを後にした。

毎日夜0時に次話更新です。

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