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神秘学メンズラブシリーズ"nihil"  作者:
第三巻『その痩躯から 死が分たれる その時まで。 』(RoGD Ch.4)

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Verse 2-4

 そういえばさ、と久志から頭の中に話しかけられる。


(あ?)


(いや、失礼な事言うようだけど、フィリップ二世にしては言葉遣いがガサツだなって。)


 数日後の夜。春最初の満月は少し霞んでいた。


(その話なら帝國でスラムに捨てたやつに文句言え。)


 木の葉に隠れるようにして身を潜めていたフィリップ二世は、久志達が並ぶ待機列へ目を細める。隣では、枝に足を組んで座るジークフリートがいた。


(大勢いる割に手際がいいわね、慣れてるのかしら。)


 並んでいるのは理恵と史興、久志である。零達三人は、明日の学校に支障が出ないようにパスさせた。


(配られたバインダーに書き込むのは大学名や会社なんかの所属組織、名前、年齢、くらいか。住所はないな。)


 入口が迫り、史興は目を細めた。今のところ身体検査らしき関門はなく、バインダーを提出するだけのようだ。


(久志、ボイスレコーダー持ってるか?)


(発砲許可が出るならって拳銃も持ってきたけど。)


 物騒な、と史興は用意周到な久志に思わず苦笑する。前に立っていた理恵が先に入口の向こうへ入っていった。


(悠樹だ、状況は?)


(お疲れさん。今理恵が中に入った。次咲口、そん次島田さんだな。)


 漸くその日の仕事を終えたらしく、悠樹の疲れたような声が頭に響いた。それでも仕事の時の堅さは忘れないような几帳面さで、フィリップ二世は苦笑する。


(集会が開かれるのが東京の山の中ってなあ、雰囲気出るな。)


(調べた所によると地方は地方でも集会場所があるらしい。なにかあったら追って連絡を。これから夕食にする。)


 一方的に会話を切られて、フィリップ二世は半眼になる。史興も入ったところで、ジークフリートは目を閉じた。


(視界共有を開始した。思っていたより普通のパーティテントだな。)


 普段の夜は、一軒家の信者の家に複数人が集まって集会を行うというのが理恵からの情報だった。対して満月と新月の日は、いまいち管理者の分からない山の森の中に屋外パーティ用のテントを建てて、最寄りの信者が集まり、そこで集会を開く。


(このテント、業者に頼んでるのか? それとも――)


(信者がやったんなら相当人手があるんだな。)


 史興は辺りを見回しながらふむふむと前へ進んでいく。いつもの黒いセーラー服を着ている理恵は、ちらりと背後を見た。三人はばらばらの場所に立っている。


(あら、知った顔だわ……。)


「なんやぁ久し振りやんな。」


 隣に立たれた久志は、びくりと肩を震わせた。恐る恐る見上げれば、いつもの表情の逸叡が、少し高めなツイードジャケットでそこに立っている。


「さ、坂本!?」


「まあ来てるんやろうなあ思っとったんやけど、鉢合わせとは縁やなぁ。」


 確信的な笑みを浮かべて、逸叡は汗たらたらの久志の視線を金色の瞳で受ける。


(貴方が来てるなんて。この新興宗教、只者ではないのね。)


(まあわいの目に付いたところでなぁ。気になるやろ、日本の巷を一斉を風靡しやる新興宗教なんて。)


 どうやら史興には話をかけていないらしい、少し離れた場所にいる彼は、ただただ舞台の方を見て暇を潰しているようだった。


「つまり好奇心で来たの……?」


 久志の言葉に、逸叡は口端を更に上げて唇に人差し指を当てた。




「始まったな。」


 テントの中から、最早音としか捉えられない声が聞こえた。フィリップ二世は膝に肘を付いてぼんやりとテントの屋根を見る。


「教祖は……顔が隠れてて分からないな。豪勢そうな白銀の着物を着てる。それこそ、夜空の中の淡い月みたいな生地だ。横に男が一人、司会だな。噂の首飾りもつけてるぜ。褐色の肌に白髪か? あれは。」


 手の中にあるナイフを月光に当てないようにぶんぶんと振り回す。ジークフリートは視界共有をしている間、自身の辺りに関してなにも見えない。フィリップ二世が注意を払ってなければすぐさま敵に襲われるだろう。


「祝詞みたいのが始まったな。教祖は声からして女。全員顔がぼんやりとし始めてるな……。周りで立ってるのはベテラン信者か何かか? 同じような首飾りをしてるのはそいつらだけだが。」


「神父みたいなもんだろ。」


 異様な光景を見てみたいわ、とフィリップ二世は口を曲げる。


「おい、待て。」


 ぴたり、と手の中で弄ばれていたナイフの動きが止まった。ジークフリートの組まれた腕を掴み、フィリップ二世は目を細める。


「[燃料]の動き見られるか?」


 目を閉じたまま一度首を傾げ、ジークフリートは幹に頭を預けた。彼はすぐに眉間に皺を寄せた。


「そこまで気が回らない。」


「咲口でも島田でもない、壇上のだれかが[燃料]を吸い上げてる。」


 どうやら視界共有が終わったらしく、ジークフリートはうっすらと竜眼特有の細い動向が目立つ瞳を夜風に晒した。


「……どういう事だ?」


「零の言ってた、魔術師、とやらがいるかもしれないって事かもな……。」




 ぞろぞろと会場から人が出てくる中に、島田達の姿があった。そのまま列に沿って、足場の少々悪い雑木林を歩いていく。


(列から外れるわけにもいかねぇか。)


「お前が行け、僕はここに残る。」


 三人を目で追っていたフィリップ二世の背中を押して、ジークフリートは枝の上に立った。手の中に、身長を越す長さの槍が出現する。


「あー、了解。無理すんじゃねぇぞ。」


 枝から一瞬にして飛び去ったフィリップ二世から目を逸らし、ジークフリートは辺りを見回した。人はいない。いるとすれば、先程まで使われていたパーティ用テントの中だけだろう。


(フィリップが言ってた痕跡は……ここら辺には流石に残ってないな。)


 [燃料]が吸い上げられた、とは言ったがテントの外でその跡は見当たらない。そこまで大量に吸い上げたわけでもなかったのだろう。ジークフリートは、その竜眼を細めて芝生の上に降り立った。


(テント内に侵入するか、だがフィリップのように鮮やかには出来ないな……。)


 テントから人の出てくる気配はない。なるべく芝生の踏みしめる音を出さないように入り口に近付いた。先程、信者達が列をなして入り、出ていった大きなすりガラスのドアだ。春先の生暖かな風を通さないようにぴったりと閉じられている。するりとその隙間を人差し指で撫でて、ジークフリートはすぐに左右を見た。


(出来れば中を調べたいが――)


 少しアルミ製の白い枠を押したが、やはり扉はビクともしない。


「そうもいかない、か……。」


 いちかばちか、ジークフリートは片手に持っていた槍で控えめに扉の枠を叩いた。破壊して中に入ることも可能だが、中にいるのは敵ではない。ジークフリートとしてはここは出来るだけ穏便に済ませたかった。扉に隠れるまでもなく、四方から音が聞こえてくる事はなかった。


「腹を括るか……。」


 ジークフリートはもう一度左右を確認して周囲に人がいないことを確認すると、芝生の上に片膝をつく。ついた膝の前に手のひらを置いて目を閉じると、仄かに指の間から青藍色の光が溢れ出た。水が流れ込むようにして、ジークフリートが体内から放出した[燃料]が大地に染み渡っていく。第十セフィラ[マルクト]の均一な幅の[回路]へ流し込んだ[燃料]が通り抜けている内に、ふと異変を感じた。フィリップ二世の言っていた場所だろう。[回路]の幅が大幅に広くなっている。


(さして時間は経っては――)


 頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。ジークフリートはそれが物理的なものではないと確信する。目の前に広がるプラチナブロンドの長髪と振り返った女子のあどけない顔、それが最後に見た光景だった。




 唐突に史興が振り返ったのを見て、咲口もまたつられてその視線の先を見た。


「……どうかした?」


 あるのは夜にしてはやけに混雑している道路だけだ。銀承教信者の頭だけが、各々の自宅へ向かって動いている。


「いや。今、衣刀の姿を見た気がした……。気がしただけなんだが。」


 衣刀之人、レプリカの帝國以来、日本軍に在籍していた四人はその姿を見る事はなかった。二度目の第二次世界大戦では、確かにその名を清張が取り仕切る諜報部隊で見たのだが。


「でも今回の任務、[使徒]が見受けられたと言うのなら――」


「俺の今のは見間違いではないかもしれないな。」


 名残惜しそうに、史興は自らの行くべき道を振り返る。もう二度と満月が来ないわけではない、史興は次のチャンスを考えて、人知れず頷いた。

毎日夜0時に次話更新です。

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