Verse 2-3
昼食を済ませた新入生達で溢れる下校時間の道を歩きながら、勇斗は一枚のチラシを手に取った。
「勇斗、それ何?」
「え、さぁ……。」
そのままくしゃくしゃと学校鞄に入れようとした勇斗に、博人は後ろから追いついて訪ねた。下校路は都内にあるだけあって小物店やファッション店が立ち並んでいる。下校時の買い物を許されているおかげか、同じ制服を着た生徒達が店に入っていく姿が見受けられる。
「ってこれじゃん! 勇斗!」
前から博人が思わず大声を出して、零は怪訝そうに眉をひそめながらショーウィンドウから目を離す。勇斗が持っているのは、紛れもなく銀承教のチラシであった。
それで、とフィリップ二世はウェイターが持ってきたマグカップを引き寄せた。隣に座るジークフリートは、話を聞きながらコーヒーゼリーをスプーンの裏で暫し叩いている。
「それが[使徒]がいるかもしれない組織のチラシ?」
「えぇ、まんまと手に入れたわ。」
カフェの片隅で一人、水色のブレザーを着た黒髪の女子がにっこりと微笑む。フィリップ二世が以前見たよりも少し童顔になっている気がしたが、恐らく化粧をしていないからだろう。
「まあ、その服で鞄持って歩いてりゃ新入生に見られるわな。」
いつもの黒いセーラーでないせいか、髪の毛が酷く重たい印象を与える。理恵に渡されたポスターを手にとって、ジークフリートは口に生クリームを運びながらそれを半眼で裏返した。
「集会にはまだ行ってないんだろ?」
「このチラシが必要らしいのよね。」
新興宗教・銀承教は、昨今日本で爆発的に信望者を増やし始めたという。
「今日仲良くなった子に噂を聞いてきたけど、喚かれて内容を全く理解できなかったわ。なんでも、信者は銀色の首飾りをしている事が多いみたいね。」
「信者は見つけやすいか。」
チラシをフィリップ二世に渡し、ジークフリートはコーヒーゼリにスプーンを差し込む。真っ黒なゼリーが焦げ茶色である事が証明される。
「で、俺らが行くのか?」
「あら。明らかに外国人の貴方達が行くつもり? 中に外国人がある程度いる確証があるならまだしも、今の状態で行くのは無謀じゃない。」
運ばれてきた黒糖ラテに角砂糖を三つ入れ、飾り気のないティースプーンを垂直に立ててかき混ぜる。理恵はちらりと外を見た。終礼を終えて下校する同じ制服の生徒達の波の中で、何人かチラシを持っているのが見受けられた。
「精神が気弱、な。」
口元にブラックコーヒーを持って、フィリップ二世はその香ばしくも甘い香りに鼻をひくつかせる。
「どうかしたか?」
「別に。」
手短に返して会話を切る。日本に来た時と変わらず黒い薄手のトレンチコートを着込むジークフリートはもぞもぞと前のボタンを外し始めた。
「そういえば。フィリップ貴方、カペーのカフェに連絡した時にいなかったわよね。何処に行ってたの?」
「あ? 中東。」
コートを脱ぎながらコーヒーゼリーとセットでついてきたブラックコーヒーを口にしていたジークフリートは思わずむせた。
「あんな激戦地区に?」
現在、宗教及び民族闘争で、中東は不安定だった。日本の外務省の判断により危険ランク高として中東一帯は、一般人の渡航が禁止されている。
「あぁ、まぁ……手伝いだ手伝い。」
「戦闘の?」
そうだな、とフィリップ二世は遠い目で文字の書かれたガラス張りの窓を見る。理恵は肘をついた両手でマグカップを包んだ。
「まあ傭兵が稼げるのは分かるけど、そういうのはロマノフに任せておけばいいじゃな――あら、早かったわね。」
理恵がテーブルから上体を話すと、ジークフリートとフィリップ二世は後ろを振り返った。注文したてのチーズサンドイッチを片手に、久志と史興が少々垢抜けない服装で立っていた。
「あれ、お前ら仕事は?」
「仕事だよ。」
そう手短に言った久志の後ろから、史興が店員に断りを入れて椅子を一つ持ってくる。久志が理恵の隣に座り、その斜め前に史興が座った。
「どう? 慶応と早稲田のほうは。」
腹が減っていたのか、座って早々、久志は柄にもなくサンドイッチに齧り付いた。史興は、番号を呼ばれて慌ててレジへ小走りにかけて行く。
「へぇ。随分大事なんだな、新興宗教ってのは。」
「慶応はそうでもないけど早稲田は多そうだよ。ま、僕は慶応のほうに行ってたからいまいち把握してないけど、慶応が裕福層が多いからターゲットになりにくいのかもね。」
抹茶モンブランとアイスレモンティーを持ってやってきた史興は、暑そうにモスグリーンのスプリングコートを脱いだ。
「俺もチラシを貰ったが、久志は貰えなかったみたいだ。早稲田はそこらじゅうで配ってたんだが……。」
「むしろこっちで配ってるのはサークル勧誘ばっかりだったかな。どさくさに紛れて配ってる人はいたかもしれないけど、周りの学生が持ってたチラシの束にそういうのはなかったし。」
史興がクリアファイルから出してきたチラシは、理恵が貰ってきた物と全く同じであった。
「配ってたのは一般人? それとも学生かしら?」
「あれは学生だろう。周りに話を聞いたところでは、学校の中に既に非公式サークルからあるらしい。」
広まってるな、とフィリップ二世は五本の指先を使ってチラシを自分の方向へ向けた。
「毎日夜に集会か。満月と新月は絶対参加。ということは――」
狙うべきは次の満月の夜であろう。
* * *
毎日夜0時に次話更新です。




