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神秘学メンズラブシリーズ"nihil"  作者:
第一巻『この幻想が 薔薇色の誇りに なると信じて。』(RoGD Ch.2)

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Verse 2-11

 木の扉を五回、レイは強く叩く。それを二、三度繰り返したところで、まるで迎え入れるかのようにドアがゆっくりと開いた。


「お待たせしたな。旅の片付けをしてたから遅れたよ。」


 レイの住む部屋と違って、ジークフリートの部屋は少し広々としている。面積は同じはずだが、ベッドが一個ないとこうも広くなるのか、とレイは感心した。ジークフリートのベッドは窓際にあった。部屋はいつもより少し雑然としているらしいが、それでもレイの目から見ればとても綺麗である。


「何か飲むか? アッサム、ダージリン……プリンス・オブ・ウェールズ?」


「ダージリン。」


 洗面台で湯を注ぐ音がする。やがてジークフリートが持ってきたトレーの上には、ティーカップが二つ湯気をたてて並んでいた。黒いローブを床に放り出して、レイは空いていた椅子に座る。


「ところで、元帥閣下の息子がこんな夜中に出歩いていいのか?」


 煽るように言ったジークフリートをレイは一瞥するのみで答えない。二人は紅茶を飲み干すと、やる事がなくなったかのように沈黙を守った。そうして数分、ジークフリートが寒さを感じて窓を閉めに立ち上がった時、レイもまた立ち上がる。ゆっくりと、さりげなく、震える手でボタンを外していった。


「始めるか?」


 露わになったレイの薄い胸板に、ジークフリートは手を這わせる。レイは呼吸を震わせた。父親と肌を重ねて以来、レイは初めて他人に自らの肌を触れさせる。


「それじゃあ、ヨハンの前世をお前に教える対価として。」


 ジークフリートはレイをベッドに放り出した。




 長い倦怠感を覚えて、レイはすぐ後ろで横になるジークフリートの方向へ首を回す。すでに息は落ち着いたが、レイはジークフリートがいつ話し始めるかずっと気を張り詰めていた。


「ヨハンは……殺されたロベルトの身代わりとしてゲシュタポに入った。訓練の一つも受けず、ロベルトがこなしていた仕事を、彼は一手に担ったんだ。」


 レイは肩を強張らせる。しかし、ジークフリートは彼の黒いの毛先ばかりを見つめて一つも表情を変えていなかった。不思議そうに、あり得ないものを見るような瞳で見てくるレイに、ジークフリートはやはり表情を変えずに言った。


「友人の弟の前世を笑顔でニコニコと語るのは薄気味悪いと思うけどな。……いや、最期の仕事のつもりなのかもな。」


 背を向けたジークフリートはため息をつく。肩の重荷を下ろすようにして、ジークフリートは肩を落とした。


「ロベルトはヒトラーの政策に概ね反対だった。ユダヤ人大量虐殺が始まってから、ロベルトは暗殺を決意したんだ。巷で常識のように行われているその迫害に、彼は目が向けられなかった。ただ、ある意味ヨハンや僕よりあの凄惨たる現実を直視出来てたのかもしれないけどな。参考までに、僕は確実にあの政策を美化していた。あのご時世のドイツ人は殆どそうさ。……少なくともロベルトは勇敢な奴だった。結局その暗殺は失敗してロベルトは殺された。暗殺もなかった事にされた。そしてヨハンの存在は、その時消されたんだ。あの頃のドイツの戦線は不安定だった。だから、ロベルトは生き続けているようにしなければならなかった。だれが見ても明らかに違うように見えても……その役にヨハンが抜擢された。まだ純粋で、ユダヤ人とドイツ人の区別もまるで付いていなかったヨハンがな。」


 今までレイが会ってきた人間の中でジークフリートは、最も自らに自信を持ち、最も過去を鼻にかけ、最もレイの気に入らない人間であった。しかし、今レイの目の前で話しているジークフリートは、一変していた。全てを色眼鏡にかけずに見て、ただありのままの事実を受け入れた人間であった。


「僕が話せるのはこれだけだ。今日はここで寝ていくといいさ、別になにもしない。」




 ジークフリートの言う通り、レイは彼の部屋で朝を迎えた。まだ寒々しい陽気が部屋に降り注ぐ中、ジークフリートより後に起きたレイはゆっくりと洋服を着込んでいた。


「僕が恋しくなったらいつでも来てもいいんだぞ? お前なら歓迎するよ。」


 蜂蜜を入れたホットミルクを渡して、ジークフリートはいつものずる賢い笑みを浮かべて立っている。


「随分と甘いんだな。胸糞悪い話を聞かせておいて、友人の前世を売り飛ばしておいてよくも抜け抜けと。」


「酷いな、話せと言ったのはお前だろ? 甘いのはお前が僕の友人に相応しいからさ。」


 相変わらずのナルシストな発言に、レイは反吐が出るほど長く深いため息をついた。


 * * *

毎日夜0時に次話更新です。

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