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神秘学メンズラブシリーズ"nihil"  作者:
第三巻『その痩躯から 死が分たれる その時まで。 』(RoGD Ch.4)

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Verse 1-2

 翌朝。その大声で史興が目を覚ました。若干怠さは残るものの、どうやら二日酔いに襲われはしなかったようだ。頭痛もなく、少しぼんやりとした朝を迎えている。


「……なんだ?」


 すっかり使い込まれたストライプのパジャマを見て、史興は起床の原因である怒声を思い出す。昨夜、久志にぐちぐち言われながら寝かしつけられたのも思い出す。


(取り敢えず、下に行くか。)


 ベッドから起き上がって、史興は頭を傾げた。布団を放り出した途端、きんきんに冷えた空気が体に接する。顔もすっかり凍えていた。そしてなにより、周りには壁が一切なく、そこが悠樹邸の無駄に広い日本庭園である事を理解するのに数分を要した。


「さ、寒い!!」


 慌てて起き上がって目の前に悠樹邸に駆け込もうとして、史興はなぜ自分が外に放り出されていたのか漸く察した。邸宅の二階部分が完全に消滅していたのである。まだ戦後になって改築する前の、平家の悠樹邸がそこにあった。


「……は?」


 裸足である事も駆け込もうとした事も忘れ、史興はただ呆然と空を見上げていた。色々な考えが頭を巡って止まらなかったところを、漸く博人の声で引き戻された。


「島田先輩、風邪ひきますから! なにしてるんですか!」


 パジャマの袖を引っ張られて、史興は慌てて屋内に駆け込んだ。博人が持ってきたストーブで温まっていると、いつもの和服姿の継子が困ったように眉を下げている。


「こ、これは一体……。」


「うーん、端的に言うとね……。」


 頬に手を当てて、史興にどう説明しようか言いあぐねていた継子に、隣に正座していた清張が呟いた。


「今は明治だ。」


 * * *


 刀と剣が絶え間なくぶつかっている。金属の高い音が現世界管理局の地下練習場で響いている中、アヴィセルラは書類を持って入り口に立って稽古の様子を眺めていた。


「それで、その空間の詳細は!」


「はい、突如出現したこの新しい空間、恐らく先からの謎である指環の力で出来たものかと。所持した敵勢力のだれかが作成したと思われます。侵入は簡単ですが、如何されますか?」


 刀が跳ね上がると、人影から遠く離れた石の隙間に突き刺さった。喉元に剣先を突き付けられ、悠樹零は参ったとばかりに手を上げた。


「お前だけ行くにはまだ早い。だれか一人つけていけ。」


 鞘に刃を仕舞って、リチャード一世はどこからともなく投げられた瓶で水分補給をした。零はその言葉を背に受けながら、突き刺さった両刃の刀を引き抜いてアヴィセルラの話を思い返した。突如として、悠樹邸から住人全員の反応が消え、存在を逆探知にかけたところによると新しい世界に放り込まれたという。


「あー、帝國のレプリカと同じ仕組みか。」


「はい。しかし、あれに比べて出入りの監視が厳重ではありません。非常に入りやすい世界になっています。」


 刀を鞘に収め、リチャード一世から手渡された瓶に口をつける前にアヴィセルラに尋ねる。


「それで?あれと同じ仕組みならモデルにしている時代や場所がある筈だ。」


「建物の外観やファッションから鑑みて日本の明治期が妥当かと。先に侵入したアルフレッドさんと理恵さんによると、今の所襲撃は受けていないようです。」


 キャップを閉めて、零は渋い顔のまま俯く。どこからともなく、壁の手すりに器用に座っていたフィリップ二世が床に降り立って歩いてきた。


「へぇ明治期か、面白そうだな。」


「一緒に行くか?」


 いかにも行きたそうに声を上げたフィリップ二世に、零はそう答えた。今回標的とされたのは[使徒]の四人である。面識のあるフィリップ二世は零と行動を共にするに相応しい人物であった。


「おう、行ってもいいぜ。それで? それだけ国境線が緩いっつー事は、張本人は以前レプリカを作ったアーサー王とは違うんだろうな。」


 バインダーに挟んだ報告書を捲り、アヴィセルラは頷く。


「はい。ラスプーチンか、もう一方かと思われます。ただ、ラスプーチンの指環ははジークフリート様が持ってきたあの壊れたガラクタですから——」


「もう一人のほう、か。」


 ベンチに座って刀の柄頭に顎を乗せると、次になにかを考え込むように柄頭に額を乗せた。そのまま目を伏せてしまった零を一瞥して、リチャード一世は手に握っていたロングソードを地に立てた。


「ルプレヒトはどこにいる。」


 前回の戦闘でアルフレッドを呼んだ後、ルプレヒト・ヴァルツァーは忽然と姿を消した。慌てていたその場のだれも、彼がいなくなったのに気付かずに幾年もが過ぎ去っていった。現在では、どこかで生きてはいるだろう、という大雑把な推測ですっかり存在を忘れ去られていた。


「復帰後の希望階級が[悪魔]でしたのでソロモン王の指示に従っているかと……。連れていきますか?」


「いや。ルプレヒトも連れてきたいけど……待っている時間もないし。いつ彼らが襲撃されるかも分からないなら迅速に行動するべきだ。」


 零が立ち上がると、フィリップ二世もまた、待ってました、とばかりにライダースジャケットに腕を通した。アヴィセルラは抱えていたバインダーを下ろすとほんの少しだけ姿勢を正す。


「分かりました。それではテレポート致しますので、準備が終わりましたら円卓の部屋へ。……今回は無線機を決して切らないように。お願いしますね?」


 トーンと一つ低くして警告したアヴィセルラに零とフィリップ二世は半分無意識で応答を二回した。




 テレポートの設定を続けるアヴィセルラの背後で、支度を終えたフィリップ二世が扉を開けて入ってくる。いつもの光景が広がっていた。アヴィセルラは扉から最も近い席でなにか作業をしていて、零は円卓の左側の席で埋め込まれたディスプレイに食らいついている。


(起きてからずっとあんな調子だな。)


 フィリップ二世の知る限り、零が長い眠りから覚めた後の生活は以下の通りである。朝は平均的な時間に起床し、朝食を食べ、新聞を読み、手の空いている[シシャ]と戦闘訓練をする。昼食を食べてからはROSEAのデータベースを調べたり最新の研究報告書を読んだりしてはため息をついていた。


「あいつまだ何か調べてんのか?」


「えぇ。解のない問題を解こうとしていると言いますか。……準備はもう大丈夫ですか?」


 二人の会話にも気付かないほど没頭しているのか、零はため息をついて同じキーを続けざまに叩いた。


「あぁ。そろそろ行こうぜ。テレポート先はランダムか?」


「いえ、指定です。理恵様とアルフレッド様が先に行っているので悠樹邸を発見するのは容易かったですから。では、少々お待ちを。」


 男性とは思えない程の物腰柔らかな足取りで、アヴィセルラは円卓の縁から指を離して零の方へ歩み寄っていった。


(解のない問題、ねぇ。)


 腕を組んで片足に重心をかけると、フィリップ二世はジークフリート・フォン・ヴェーラーとジャンに聞いた話を思い出した。バスカヴィルという人物の正体、そしてハイドリヒ・ヒムラーの持っていた書籍と暗殺計画時での不審な行動というピースは、相変わらず作りかけのジクソーパズルの枠の外に放られていた。


(人間界に忽然と現れ忽然と消えた黒魔術の大御所。帝國での前世は書かなかったのか、…‥それとも書けなかったのか。)


「フィリップ、ごめん待たせた。」


 フェイクレザーの手袋を嵌めていた手を顎から離して、フィリップ二世は小走りでやってきた零を見上げた。


「いや、俺も丁度考え事してたからな。よし、行くか。」


 零が使っていたディスプレイの電源を落としてから歩いてきたアヴィセルラは、フィリップ二世の言葉を聞いて眼鏡の位置を直した。


「分かりました。では、テレポートを開始します。」


 いくつかの残っていた作業を終わらせると、アヴィセルラはエンターキーを押す。青い輪に包まれて、二人はその場から姿を消した。

毎日夜0時に次話更新です。

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