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神秘学メンズラブシリーズ"nihil"  作者:
第二巻『[人間]の業は 人の傲慢で 贖われる。』(RoGD Ch.3)

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Verse 4-26

 黒服を避けるようにして、フィリップ二世は屋根から屋根へ飛び移った。ベルリンに入って、ジークフリートとローランから取り敢えずの話を聞いた。彼らは今、国防軍が持つ施設のどこかしらで待機をしているらしい。街にいる黒服の数は多すぎて把握しきれておらず、ゆえに居場所も正確に掴めていない。また、黒服達が住民に危害を加える事を考えて、ラジオをジャックしてベルリンの市民全員に、今夜中は外に出ないように勧告しているようである。


「おいおいベルリンが一挙にゴーストタウン化か? ソヴィエトはまだまだだぞ……。」


 零の姿を探すうちに、フィリップ二世はその異様な首都に目を向いた。ジャンからパリ制圧の報告を聞いたがそれどころではない。


(ニッキーを応援に呼ぶか、てかあいつ今何してるんだっけ……。)


 青いチュニックから革ジャンパーの姿に戻っていたフィリップ二世は、頭を掻きながら辺りを見回す。ふと、フィリップ二世は鼻をひくつかせた。鼻に流れ込んだ空気が異様に冷たく、かつどこか氷の香りがしたのだ。


「何だ?」


 首を巡らせて、フィリップ二世は耳を澄ませた。振り絞るような断末魔と、氷が侵食していく音が聞こえる。方角を特定し、フィリップ二世はその先にあるものを思い出す。


(プリンツ・アルブレヒト通り。官庁街……だよな?)


 屋根を蹴って高く跳躍し、フィリップ二世は先を急いだ。凍てついた風が更に寒さを増す。見るからに道を行き交う黒服も多くなり、彼らが向かっている方向がフィリップ二世と同じである事が分かった。


「どっけぇ!」


 通りに降り立ち、フィリップ二世は今にも群がろうとする黒服達をナイフで斬り伏せ薙ぎ倒していく。彼らが生きているか死ぬか、それは問題ではない。やがてその中心に近付いてくると、フィリップ二世は零を発見した。別の方面の黒服を応戦しながら、黒い男が零を抱きかかえている。


「おいてめぇ、そいつをこっちに寄越しやがれや。」


 黄色いマフラーを目深にかぶっていても、その男の瞳が異様な事がわかった。ギラギラと輝く瞳を向けられて、フィリップ二世は怯み、そしてその瞳を思い出した。


「お前……。まさか分家当主レイモンドか?」


 新調したナイフを構えて、フィリップは二世はアイスブルーの瞳でその顔を射抜く。


「ほう、覚えて頂いて光栄だ。だが、名を明かすのはまた別の機会にするとしよう。私は忙しい、これは一度預かっていくぞ。」


「待て馬鹿野郎! ここの人形共全員俺に任せるつもりか!?」


 喉で不気味に笑いながら、男はやがて黒い靄の中に沈んでいった。黒服の視線が、一気にフィリップ二世に集中した。


「……あー、ジークフリート? お前の現在地送って。」


(現在地? 分かったが、どうした?)


 答える間もなく、フィリップ二世は鬼気迫る顔でその場から猛ダッシュで逃げ出し始めた。


 ベルクホーフ中を歩き回って、いつの間にか外に出ていた。ルプレヒトは若干息を切らせながら、相変わらず髪の先を追っている。しかし、一つだけ発見があった。その黒髪の持ち主が追っているのは、紛う事なき殺し損ねたハインリヒ・ヒムラーである。黒髪の主の顔を見たのか、幾度か悲鳴ともつかぬ喚き声を上げて逃げていた。そうして林の中に入って、逃げ場を失ったヒムラーは針葉樹に縋りついた。ルプレヒトはバスカヴィルらしき人物に気付かれないように木陰に身を隠した。泣き喚くヒムラーの声が林中に広がったが、あまりにも陳腐な命乞いにルプレヒトはその場で唾を吐き捨てたい気分だった。やがて、黒髪の主もその命乞いを聞き飽いたのか、すらり、と鞘から刃物が抜く音が聞こえた。林の木々に止まっていたカラス達が、声を上げて夜空に舞い上がる。重たい音が、腐葉土の上に転がった。


「動くな!」


 ホルダーにあった拳銃を引き抜き、ルプレヒトが木陰から身を翻した。足で大きな水溜まりを踏んだ。しかし、銃口の先にあるのは、綺麗に首の落ちた最後の高官の姿だけで、他にはなにもなかったのである。


 * * *


 なにか暖かい物に顔を覆われていて、零は意識を回復させた。体には痛みも疲れもなく、むしろ万全な状態であった。


(……。)


 頭がいまいち働かなかったが、どうやらそこは地下室のようであった。水の滴る音が一定のタイミングで響き渡り、零は安らいだ息を吐いた。


「目が覚めたか。」


 その低い声を覚えている。どこか魅力的で、誰もがその声を聞けば男の話に聞き惚れるであろう声だ。


「なんで、お前が、ここに……。」


「あのアンデッドのような奴らから解放して看病をしただけだ。」


 既に男はマフラーを頭からどけていて、そのギラついた青白い瞳を零はじっと見つめた。


「グリゴーリー、お前は俺の敵対者だろ。」


「いや? 私とて[神]の御前ではその手足にすぎん。頭は痛むか。ピストルの尻で叩かれるのはさぞ痛いだろうが。」


 布との間に手を滑り込ませ、グリゴーリーは零の後頭部に当てた。若干走っていた痛みも、すっかりとどこかへ行ってしまう。


「触るな。なにしに来た。」


「お前を助けに、と言った筈だが? それとも、先の私の説明には説得力がないか?」


 腕を払いのけ、零はじりじりとグリゴーリーの瞳に負けないほどに目を輝かせる。


「当たり前だ。お前は[堕天使]らを束ねるトップだろうが。」


「あんな聖戦、お前がいない間に起きた小競り合いに過ぎん。」


 漸く零から顔を離し、グリゴーリーは口元を歪めた。


「今はどうだ? 小競り合いか?」


 そう問われて、グリゴーリーは口を噤む。最早お互いの最高指揮官を得た時点で、これは完全に戦争へ変貌を遂げたのである。


「アーサー王をお前が上手く懐柔すればこんな事にはならなかったろうが……いや、到底そんなのは無理な話だ。」


「当たり前だ。俺の直属の部下全員、アーサーを敵対視してる。」


 片膝をついていたグリゴーリーが立ち上がると、地下室を見渡した。そうして、漸く自らの心中に留め置いていた事を尋ねる。


「何故あれはお前を恨む? 何故世界の破滅を願っている?」


「……知らない。」


 一つ呼吸を置いて、零はそう呟いた。グリゴーリーは振り返る。いや、彼はなぜアーサー王が世を恨むのか知っている。しかし、知った上でグリゴーリーに話さないのだ。


「そんな事はどうでもいい。ラスプーチン、構えろ。」


「何故だ? 再三助けにきたと言ったはずだが。」


「試したい事がある。」


 零もまたグリゴーリーに習って立ち上がり、脇に丁寧に置いてあった刀をすらりと抜いた。


「試したい事、か。……ならば仕方あるまい。お相手しよう。」


 呆れたように頭を振って、グリゴーリーは氷で出来た細い剣を手に出現させた。


 ニコライ二世とルプレヒトがベルリンに来た時には、既に事態は一気に終息へ向かっていた。


「取り敢えず狩るだけ狩るかと外に出たら、まるで電池が切れたからくり人形みたいにこぞって倒れ込んでいってよ。」


「まあ、ドミノ倒しだったなあれは本当に。」


 当事者達の話を聞いて、ルプレヒトは額を抑えた。


「そうか……。ならやはりあの黒服共はヒムラー直属の部下で操られてたんだろう。」


「え、何? るっぷんもオカルト信じちゃうクチなの?」


 小突かれた脳天を抑えるフィリップ二世を一瞥して、ニコライ二世もまたリアリストのルプレヒトを不思議そうに見つめた。


「バスカヴィルらしき人影を見た。」


 ジークフリートとフィリップ二世には聞こえないような呟きだった。ニコライ二世は酷く狼狽えて瞠目したが、すぐに頭を振った。


「分からない。私にあれは把握できない。」


 [シシャ]の中で、恐らくだれよりもバスカヴィルという人物像を知っている二人にとって、その話は信じ難いとはいえ現実のように思えた。


「そういやニッキーは何してたんだ?」


「……? スターリンの暗殺だ。」


 当たり前のように言ってのけたニコライに対して、フィリップ二世はジークフリートを見上げてお互い肩を竦めた。取り敢えず、ドイツがソヴィエト連邦の傘下になるような事は回避出来るようだ。


「そういえば零はどこに行った。屋敷でじっとしてるんだろうな。」


 はっと、今まですっかり忘れていた顔でジークフリートとフィリップ二世は目を丸くした。


「っ馬鹿か貴様ら! 今どこにいる!!」


 軍人張りの罵倒を浴びせ、ルプレヒトはフィリップ二世の胸ぐらを掴んで揺さぶった。フィリップ二世は慌てて出入り口の方を指差して声を揺らしながら言った。


「あ、なんか黒くて背の高いやつに連れて行かれ——」


「ラスプーチンか!」

毎日夜0時に次話更新です。

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