Verse 4-24
風というよりそれは爆風に近く、ユーサー王とランスロットは馬を走らせたまま後ろを振り向いた。
「始まりましたか……。」
「決着はつかないだろうが……実質頂上決戦だ。」
爆風は、恐らくリチャード一世とアーサー王が剣を交えた衝撃で来たものだろう。ランスロットが首を戻すと同時に、ユーサー王の馬が激しく嘶きながらフェラーリをする。
「陛下!」
ランスロットは手綱を引く。視線の先で激しく火花が散るのを見て、ランスロットは目を見開いた。
「ガウェイン……卿。」
白髪は昔のようなライトブラックに戻っており、一瞬にして白髪であったイメージが払拭された。
「久し振りだ、ランスロット卿。それで、卿はまた王に仇なすつもりか?」
「ユーサー陛下、先を。ガウェイン卿は私が食い止めます!」
すぐに踵を返して先に行ったユーサー王の背を見送り、ランスロットは馬から素早く降りた。一度大きくため息を吐き、ランスロットはロングソードを抜く。
「いえ、しかしこうなる事は既に考えてました。ガウェイン卿……、私は陛下を盲信する騎士ではなく、陛下の道を正す騎士でありたいと思っています。ですから、そうです。貴公の言う通り、私は再びアーサー王に仇なす騎士となりましょう。」
「騎士道を違った男が、なにを今更……!」
二人の殺意を察知してか、ゴーレム達は兵士の死体を放ってこぞってその場を開けさせた。円を描くように歩いて、二人は互いの出方を見計らう。まだ太陽は沈みきっていない。ランスロットは呼吸を正して、殺意に波立つ神経を慣らす。
(太陽が沈みきるまで、後数時間……ならば!)
かつてのように凌ぎ切れば勝機は見える。振りかぶられたガラティーンの風が頰を打ち、ランスロットは顔を上げた。
馬上で頭蓋骨に響くようなけたたましい金属音が響く。一度剣を交えては離れを繰り返し、二人はただ々必殺の機を狙っていた。
「あまりやる気がないように見えるな、エドワード。」
「そちらこそ、時間稼ぎをしているようにしか見えませんが。」
ユーサー王はエドワード黒太子の喉元を戯れ程度に一閃すると、甘く微笑んだ。
「ノルマンディーが陥落すれば勝利は我々の手の内にあるようなもの。であれば、決戦の地でもない場所で剣を大きく振りかぶる意味もあるまい。第一、お前との戦闘に身を入れるほど私の頭は戦で一杯ではないのでね。」
「ほう?かつては生命体の三原素としてともにいたはずですが……。ユーサー王程の騎士の頭を多い尽くす事柄とははて、一体?」
鼻につく言い方をされて、ユーサー王は上っ面の笑みを掻き消した。
「お前に言うほどの事ではない[サマエル]。」
エドワード黒太子が鼻を鳴らすと、以来二人は言葉を交わす事もなく再び剣を交え始めた。
ジークフリートはベルリンの石畳に剣先を突き立てた。息が切れ、体は返り血で埋め尽くされている。
『なぜだ、カルテンブルンナーは既に殺害した筈では!?』
シュヴァルツの怒声が腰に下ろした無線機から届くと、ジークフリートは一度視界を鮮明にしようと目を瞑る。今、彼の目の前にいるのは、どこから発生したかもわからない有象無象の黒服の集団である。血は出るが生気を感じる事も出来ない。目眩がするほどの量を、事前にROSEAで受け取ったバルムンクで切り捨てたが、それでも無限に広がる黒い波は途切れる事がない。
「確かに殺した。首を落として息の根を止めた筈だ……。」
既に、ナチス・ドイツの司令塔は全て殺した後であった。
(まさかまた失敗したのか?そんなわけは……ルプレヒトとシュヴァルツがしくじるわけがない。)
実際、ヒトラーが生きていたとしても、ベルリンにいる高官を殺害している時点でベルリンのナチス情報網はある程度麻痺するはずである。それがどうだろう、彼の目の前にごまんといる黒服達は、ジークフリートをはっきり敵と認識して攻撃している。
「違う、問題なのはあいつが死んだかどうかじゃない。こいつらがどこから出てきてるか、だ。」
(どういう事だジーク、すまんもう一度現状を。)
バルムンクを持ち上げ、ジークフリートは前を見据えた。最早顔などいちいち認識している暇はない。目の前にあるのは、羽虫の群である。
「僕が知らないレベルの人数だ。これは正規の親衛隊じゃないぞ。どっからこんな人数を集めてきた?」
(ちょっと待て、そんなに多いのか?)
三度目のシュヴァルツの絶句に、ジークフリートは皮肉とも不敵ともつく笑みを浮かべる。
「精鋭の一個師団を持ってきて電撃戦したらさぞかし痛快だろうな……。ゴーレムを用意しておくべきだった。」
(オーストリアの親衛隊を持ってくるにせよそんな数にはならない気がするぞ……。そもそも、あっちはもう数十分前にクーデターが成功してエーデルワイスの奴が主導権を握ってるはずだ! 親衛隊は真っ先に解体されてるぞ!!)
何発もの鉛玉を受けてジークフリートの制服は既に穴だらけであったが、その鋼の肌は煤けるだけで微塵も傷つく事がない。
(しかし、精神力が持つかなこれは……。)
悪い夢を見ているようだった。そろそろ思考を巡らせるのも面倒臭くなる程の長い時間を、勝利を重ねながらも終わりの見えない孤軍奮闘で過ごしている。
「だが、零に世話を焼かせるわけには!」
踏み込めば、地を這う血溜まりがクラウンを作る。ジークフリートが再び殺意をむき出しにすると、物も語らぬ黒服達も銃とサーベルを構えた。有象無象の黒が、ジークフリートにドブネズミのように群がっていく。
「くそっ!」
バルムンクの切れ味はなに一つ変わらないが、それでもジークフリートの思考能力が格段に落ちていて思うように剣を振り回せていない。体の軸を保つ事も段々と難しくなっている。
(終わったら、ちゃんと仕込まないとな……。)
そう思って、ジークフリートは鼻で笑った。いつだっただろう、またいつか、と言って決して叶う事のなかった約束があったが、今となれば、これが終わったら、は軽口の域である。それほど不死とは、不老とは、[人間]を体感した彼にとって偉大であった。
(ルプレヒト、本当にベルクホーフの生存者は全員食い殺したんだろうな!)
怒鳴るように呼びかけたつもりだったが、ルプレヒトからの返答はない。まさか寝返ったか、と疑心がよぎった瞬間、思いもよらぬ返答があった。
(……。ヒムラーがいない。)
サーベルを受け止めて、ジークフリートは顔を上げた。
「ジークフリート殿、救援に参りました。お下がりを!」
今まで聞いた事のない慌ただしい金属音が遠く背後で止まった気がして、ジークフリートは一気に集中してサーベルを押しのけた。魂の入ってなさそうな親衛隊隊員の体が揺らぐと、ジークフリートは唯一空いていた頭上へ高く跳躍した。
「デュランダル!」
声高らかに剣の名を呼ぶとともに、その直線上にあった黒が振り下ろした波動に飲み込まれていく。白銀の鎧の隣に降り立つと、男は剣先を下ろした。
「シャルルマーニュ十勇士が一人、ローラン。リチャード一世陛下の命によって助太刀に参りました。」
「助かったぞ。それで、残りはどうする。」
煤を払いのけながら、ジークフリートはローランを見上げた。
「このまま戦っては相手の思う壺。根源を断つべきと思いますが……先程の情報ではどうやら根源はここにはいなさそうですね。」
「ひとまず戻るか。」
じりじりとにじり寄る親衛隊を前に、ローランは満面の笑みで微笑んだ。
「ご安心を。このローラン、殿には事欠きませんので。」
(ルプレヒト殿の情報によると、生存者と鑑みられるのはヒムラー一人。ベルリンの外はSSで埋め尽くされております。パリのジャン殿の軍勢ほどではありませんが。)
「もう俺が出てもだれも気にしないだろ。」
打刀をひったくって、零は踵を返す。アヴィセルラの報告を聴きながら、ルプレヒトの屋敷の玄関扉を開けた。
(ちょっと待ってください。我が君、何しようとしてます?)
「気にするな、ヒムラーが行方不明の今、ベルリンに原因があるならそれを排除するほうが手っ取り早い。ルプレヒトが先に殺せば無駄足になるが、俺は屋敷の中でじっとしてるのは御免だ。」
確かに、ジークフリートが孤軍奮闘したお陰か、ベルリン中のよく分からない黒服達はそちらに集まったようである。零が扉を開けた時には、黒服は数名の巡回警備の要員を除いて特に目立ってはいなかった。
「SSの本部までの道順を、アヴィセルラ。」
くたびれたスーツ姿で、零は辺りを見回しながらなるべく親衛隊の目につかないように死角から死角へ移動していく。
(いけません! まだ本調子でもないのに、よく分からない生命体に接触し——)
「ったく、じゃあいいよ。一人で探すから。」
思考回路と位置情報をシャットアウトすると、零はポケットに突っ込んだままであったルプレヒトの地図を開く。ルプレヒトは、ナチスの様々な本拠地にアクセスしやすい場所に居を構えていた。取り敢えず赤い丸がつけられている場所と現在地を照らし合わせて、零は壁際から通りの様子を見渡す。
(取り敢えず……ゲシュタポの本部に行くか。)
零は警備が背を向けたのを見て、足早に通りを歩み去った。
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