Verse 4-19
漸くリチャード一世が戻ってきた頃には、フィリップ二世はやはりリーズの息がかかった軍人が出してくれたそれなりのフランス料理をつまんでいた。
「おう。やっと戻ったか。まあそっちのマドモアゼルも取り敢えず。」
「ありがとうございます、ご馳走になります。」
頭を下げて、エーヴはリチャード一世に買って貰ったロングコートを脱いだ。
「顔は見られなかったんか?」
「私か?私なら追っ手の顔もまともに見ていないが。」
エビチリを口に放り込んで、フィリップ二世は、ほーん、とだけ相槌を打った。暫く晩餐をつついていると、軍人が入ってきて、飛行機の準備が整った事を伝えてくれた。
体感ではさして時間も経たずにイギリスについたが、フィリップ二世の久し振りで慣れない操縦に無駄足を食い、外に出てみればすっかり朝日が登っていた。三人を迎えた男の顔は、真夜中に三人がイギリスに到着しなかった事に心底安堵していた。
「お疲れだな。」
「いえ、まぁ……。」
肉体的には衰えないとはいえ、久し振りにあったローゼの顔は酷くやつれているようにも見えた。ナチス・ドイツからの空襲は、やはり国土の身にも堪えるようである。
「ワタシの容体はともかくとして……、そちらのミスは?」
港町の寒さを凌ぐようにして高めのコートを掻き寄せていたエーヴを示して、ローゼは鋭い視線を二人に向けた。
「えーあーえっと……あれだ! その——」
「私が道中で拾った。」
フィリップ二世の思考は無残にもリチャード一世の言葉で無駄になった。エーヴが頭を下げると、ローゼは眉をひそめた。
「それで、処遇はどのようにすれば?」
「好きにしろ。仲間だ。」
それだけ言って、リチャード一世はローゼの向こう側にあった車の後部座席に乗り込んでしまった。困り果てたローゼの視線は、エーヴの頭から爪先までを幾度か往復していた。
「あれだ、その。レジストだ、うん。」
先に車に入ってしまった背中に続いて、フィリップ二世もローゼの横を通った。すれ違いざま、そう肩を叩いて呟くと、ローゼはすぐに頭を切り替えた。
「成る程。これは失礼を、ミス。別の車で我が家に送り届けます。」
ローゼはそうエーヴに一礼すると、隣にいた使用人に言付けて自らもまた背後の車に乗り込んだ。
「それで、お前の屋敷まで幾分かかるんだ?」
「それなりにかかります。窮屈でしょうが暫しお寛ぎを。」
そう言って、車は朝日を背にイギリスの内陸へと向かった。
* * *
ドイツのスターリングラード退却、ムッソリーニの失脚。一九四三年、[シシャ]達にとってはとても平穏で、酷く歯痒い年であった。リチャード一世とフィリップ二世が大陸を離れてより一九四四年六月まで、多くはただただ機を待たなければいけなかったのだ。
「え、俺が行くの?」
ただ、続けてドイツ国内に滞在していた一部の[シシャ]達は相変わらず緊迫した日々を送っていた。リチャード一世達がイギリスへ渡り一年が経とうとしていた頃である。ジークフリートはジャンの言葉に対して頬杖をつきながら答えた。
「逆に聞くがお前以外誰が行けるんだ?」
二人は今、ワルキューレ作戦に接触する為の案を練っていた。ルプレヒトの屋敷の玄関ホールで計画書と向き合いながら、ジャンは頭を垂れる。
「まあね、俺達の中でレジスタンスの肩書きを持ってるのは俺だけだけどさ……。」
「零が接触するにはリスクがあるし、僕達が行っても信頼されるわけがない。お前がどうしてもって言うなら他に案を考えるが……。」
大丈夫だよ、とジャンは両手を左右に振った。計画書をもう一度見直しながら、ジャンはその行程を頭に入れようと机と真面目に向き合った。
「席を外していいか?」
「ん、いいけど何で?」
グラスに残っていたモヒートを飲み干して、ジークフリートは立ち上がる。
「まあ、ちょっと話す事があるだけだ。」
グラスを置いてその場を立ち去ったジークフリートの背中をぼんやりと見届けていると、背後から足音が聞こえてきた。馴染みの音である。
「あれ、ジークは?」
自分のグラスを掴みながら振り返ると、零がジャンの椅子の背もたれをなぞっていた。
「さっき庭に出てったけど。」
「そっか……。」
机に乱雑に敷かれている書類の群を一通り眺めると、零は先程までジークフリートが座っていた椅子に腰を下ろす。そろそろ蝋燭の火を灯さないと薄暗い時間であった。
「なんか、元気ないね?」
いつもなら笑顔で計画の話やROZENの思い出話を持ってくるところを、ここ最近はただ静かに微笑んで紙をつまむだけである。
「そうか?いや別に、そうでもないよ……。」
そう微笑むだけの零に、ジャンは、そっか、と呟くしかなかった。
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