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神秘学メンズラブシリーズ"nihil"  作者:
第二巻『[人間]の業は 人の傲慢で 贖われる。』(RoGD Ch.3)

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Verse 4-16

 六月、電波に乗ったジャックの歓喜の声とソロモン王の自慢げな声を聞いて、零は夏を感じた。ジークフリートもルプレヒトも、金髪の野獣ラインハルト・ハイドリヒの暗殺があっては職を休んでいる場合ではなかった。ルプレヒトに関していえば、そもそも部隊ごと休みが多かった為に、上司に責任転嫁され酷くしごかれたと言う。


「どこいってもピリピリしてて大変だ。これじゃ碌に休みも出来ない。」


「もうねーサボってたらすぐに怒声が飛んできて大変だよ。」


 ジークフリートとジャンは、やっと二日間の休みが出来た、とルプレヒトの屋敷を訪れた。零とフリードリヒ二世は永遠と無職を極めており、二人が訪れる事を聞いて冷たい甘味を必死に準備したのである。


「それにしてもこのカキゴオリっていうの美味しいな。どうやって作ったんだ?」


「あぁ、氷を削ってシロップをかけるだけだ。日本では夏の風物詩。戦争が終わったら食べに来いよ。」


 ガラスの容器に入った真っ白な氷をつつきながら、二人は日本の甘味に目を輝かせていた。他にも


 零が無理を言ってシュヴァルツに色々と輸入させたもので羊羹やくずきりなどを作った。


「そうだジーク。催促するようで悪いんだが……。」


「ヒムラー長官の事か?聞いてきたぞ。」


 尻ポケットからメモを取り出し、ジークフリートは黒々としたページをどんどんと捲っていく。


「あぁ、オカルトの話?バスカヴィルなんて名前久し振りに聞いたよ。それにしても、どうして今更?」


「いや、俺が気になってるだけなんだ。ジャンは気にしなくていい。」


 ジークフリートの指の動きが止まると、彼は真面目な顔でメモの描かれた情報を整理した。


「まず、ヒムラー閣下はバスカヴィルの名前は知っているが会った事はない。オカルト界隈では信憑性がある方向でかなり有名らしい。閣下が漁った資料では、一八六六年生まれで、パリ万博の後からは一切記録が残ってない。僕が持っている本は、夢に関する本らしいが……まあこれはよく分からなかったからいいか。」


 肩を竦めて腕を軽く広げると、ジークフリートは次のページを捲った。


「バスカヴィルに興味を持ったのは、彼の世界に対する独特な見解らしい。まあ、面白いだけで現実味はないと一蹴していた。この世界はだれが作っただのどうのこうのみたいな、それが面白かったらしい。」


「それまさか俺達の事じゃないよね?」


 恐れるような声で口走ったジャンに、零とジークフリートは気の抜けた顔しか出来なかった。


「まあ、なんだ……。うん、そんな感じだ。あーあと、地球に流れるエネルギーがなんのかんの言ってたが僕にはさっぱり——」


 メモ帳を閉じようとしたジークフリートの手首を掴み、零は難しそうな顔で迫った。


「待て何だって?」


「え、あーー待て待て……。バスカヴィルの本では、地球はマントルとかが詰まってるんじゃなくて、人間みたいに心臓があって血管があってそこに血液が流れててってこれ頭おかしくないか?あの人本当に大丈夫なのか?」


 あの人、が果たして上司を指しているのかバスカヴィルを指しているのか、零にはそんな事はどうでも良かった。慌てて椅子を蹴って立ち上がり、彼は電話帳からROSEAへの番号を見つけた。


「おい、零どうしたんだ。これが本当のわけないだろう、そんな事したらクロアチアのマントル発見者はどうな——」


「アヴィセルラか?話があるんだが……あぁ、研究所の結果を送ってほしい。[セフィラ]の内部構造についてだ、早く!」


 ジークフリートとジャンは流石に顔を見合わせた。もしかして、自分達が[人間]の頃に常識だと思っていた事は、[シシャ]からしてみれば完全に間違いなのではないかと思い始めたのだ。


「これは最近分かった事なんだ。天界や人間界を構成する球体の[セフィラ]がどんな構造をしているのか、俺直轄の"ROSEA"……の研究所で秘密裏に調査してた。俺達[シシャ]みたいに、セフィラには[核]とか[回路]があるって分かったんだ。ここ第十セフィラだけじゃない、帝國だってそうなってるんだ! 二人とも覚えてるだろ、俺が引きずられてった先の、銀が大量にあった部屋! あれが帝國の[核]なんだ。いいか、どんなに力任せに大地攻撃したって、セフィラは壊れない。敵勢力がなぜ帝國を消滅させる事ができたか、それは[核]を直に攻撃したからだ。皇帝だったフランツ一世は[堕天使]だったし、分家の当主は敵勢力のトップだったんだ。ROZENだって、バスカヴィルの肉体は[ルシフェル]のだったし、ルプレヒトは[堕天使]だった! そういう事なんだよ!!」


 どう見ても零の興奮具合は、科学者がノーベル賞レベルの発見をしたらこうなるのだろう、と容易に想像出来るものであった。珍しく暑苦しい零の口に、ジークフリートは落ち着くようにち溶け始めたかき氷を放り込んだ。


「まあ実際そうなんだろう。根拠を引き合いに出されるとそうとしか言えないしそうなんだろう。が、だけどな零。お前が言ってるそれが本当なら……どうしてバスカヴィルはそんな事に気付いたんだ?」


 かき氷を飲み込んだ零の表情が、さっといつもの表情に戻る。


「零、これは偶然の一致だ。あの人がどんなに凄い人でも、お前の真意や技術なんて計りかねる。そうだろ?お前が言ってるのは真実だが、あの人が言ってるのは世迷言だ。」


「そうだよ零。お前は[神]様だけど、あの人は[人間]なんだ。俺達とは違うんだよ。ジークフリートの言う通りだ。」


 ジークフリートとジャンに言葉という名の氷水を浴びせられて、零は漸く蹴り上げた席に座った。


「そう……だな。そうだよな……。」


 果たしてバスカヴィルになにを期待していたのか、空回ったテンションを前に、零は一度息を吐いた。


「零、お前はあの人に振り回されすぎた。ROZENで、帝國でもう全部終わったんだ。お前が現実を見てないとは言わない。それは、お前が今やってる事を見れば自明の理だ。でも、同時に夢や空想も見てる。零、現実と夢は一緒には見れないんだ。な?」


 子供を宥めるように、ジークフリートは零の頭を手を置いた。零は頷く。零からして見れば、ジークフリートの言う通りだった。彼が今助言しなければ、きっと零は現実をほっぽって空想に浸っていたかもしれない。


「うん、そうだな。俺は目の前を見なきゃ。」


 自らの失態に少し涙ぐみながら、零はジークフリートとジャンのそう言った。


「よーし! そうと決まれば、ほら零。もう一回暗殺成功に乾杯しよう! あ、それよりこれからの成功を願っての方がいいかな?」


「お、いいな。そう言えばまだ部屋は空いてるか?今日は呑んだくれてこの屋敷に泊まろう。」


 氷の入ったバケツから、ジークフリートが持ってきた自家製のフルーツジュースを取り出して、ジャンは三つのジュースにそれを注いでいく。二人が景気つけてくれた事に、零もすっかり心のつかえが取れて陽気な笑みを浮かべた。


「なーにをそんなにじっと見ているんだね?」


 そんな光景を、壁に寄りかかって遠目に眺めていたルプレヒトの背中に声がかかる。振り返らなくても、それがフリードリヒ二世である事ははっきり分かった。


「賑やかだ、と。」


「こら、待ちたまえ。」


 脇をすり抜けて台所に戻ろうとしたルプレヒトの足元に、フリードリヒ二世は自らのステッキの先を叩きつけた。


「まああの話を聞いても当事者でない私に状況はさっぱり分かりかねるが、お前がなにかを隠している事くらい分かるぞ。何年の付き合いだと思っているんだね。」


 ルプレヒト、ジークフリート、零、この中で最も最初にフリードリヒ二世の直属の部下になったのは、他ならぬルプレヒトである。フリードリヒ二世の言葉を聞いて、ルプレヒトは目を閉じた。


「では、何を隠していると?陛下。その自慢の付き合いの長さで教えては貰えませんか。」


 いつにない皮肉で、ルプレヒトはフリードリヒ二世を半ば挑発的に黙らせようとしたが、フリードリヒ二世もそれ以上に真面目な顔で答えた。


「木の根っこだよ。」


 ジークフリートとジャンは、夕食を終えてからこれでもかという程アルコールを飲んだ。すっかりと前後不覚になってしまった二人を、零は肩を貸しながら客室に放ると、自らもまたルプレヒトとフリードリヒ二世におやすみの挨拶をして部屋に帰った。机の上にはバスカヴィルの著書二つが並べてあったが、昼の忠言を思い出して目に見えない本棚の死角に仕舞い込んだ。


「……よし。」


 心機一転、とばかりに、零は風呂の時間を長めに取った。いつまでも過去を見てはいられない、目先の作戦についてもっと詰めなければ、と彼は早めにベッドに入った。


「おやすみ黒にゃん。」


 黒猫を一度撫で回すと、その鳴き声を聞いて零は静かに目を瞑った。


 * * *

毎日夜0時に次話更新です。

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