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神秘学メンズラブシリーズ"nihil"  作者:
第一巻『この幻想が 薔薇色の誇りに なると信じて。』(RoGD Ch.2)

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Verse 2-8

 日を重ねるにつれ講義が進む速度は速くなり、試験の量も多くなった。どの士官生も忙殺された。発狂する者は流石にいなかったものの、夏の休暇を経て冬が近付くにつれて彼らの顔はどんどんと血の気を失っていく。バスカヴィルは夏の別荘で、毎年そんなもんだよ、とレイに笑いながら言った。


「冬はスキーしに行きてぇ……俺の代わりに行ってくれ……。」


 喉から振り絞って声を出すジャンはフィリップの肩にまるで幽霊のように手をかける。フィリップは鬱陶しそうにその手を払いのけた。


「うっせぇ黙ってろ……今俺はこの百三十二枚のプリントに印刷された情報全部頭に入れなきゃいけねぇんだよ……。」


 悲鳴のような声で、フィリップはプリントにしっかり印をつけていく。試験直前まで彼は勉強出来ないのだ。なぜならこのプリントはその日の朝に暖炉の燃料になるのだから。


「レイは……そうかお前もう試験全部終わったんだな。」


 アルフレッドの暗記に協力していたレイは、涼しい顔で林檎を頬張っていた。レイが問題を口に出す度に、アルフレッドは、知らないよそんなの、とぼやいている。


「ヨハンに最近会ってねぇな……。会いたい……。」


「黙ってろクソが……。」


 砂漠の上で干からびた屍体のように、二人は机の上で突っ伏していた。


 * * *


 冬季休暇前最後の日、図書館で、レイは休暇中に読む本を選別している。分厚い本は全てなしにした。持って帰るのにあまりに重すぎるからである。リストアップされた小説に横線を引き終えると、レイは貸し出さない本を全て本棚に戻しにいった。背表紙の番号を確認し、棚に戻す作業だけでも数十分はかかった。帝國で二番目に蔵書数の多い図書館である。室内もなかなか広かった。五冊の文庫本を司書のところへ持って行く道すがら、レイは聞き覚えのある声に立ち止まる。声を潜めて何事か話していた。棚を隔てて一つ向こうから聞こえるその声の正体が気になり、レイは忍び足で近付く。


「それで、兄さんはなんて?」


「帰ってこいってさ。夏はお貴族と別荘で過ごしてたんだろ? 冬くらい、帰ってやったらどうだ。」


 ヨハンとジークフリートの声に、レイは息を潜めた。


「そう……ジャンと一緒にスキーに行くつもりだったんだけど。」


「ならその後でも構わないんじゃないか? 少なくとも、三日くらいは帰ったほうがいい。」


 本棚に肘をついて立つジークフリートは、ヨハンの言葉にため息を吐く。


「まぁ、僕から色々言うのもなんだし、ロベルトに会いに行くといいさ。」


 ヨハンは俯き気味に頷くと、それじゃあ、とジークフリートに背を向けて歩き出した。その背中を見送ると、ジークフリートは、さて、と後ろを向く。


「そこで盗み聞きしてないで出てきたらどうだ? ヨハンを追わないって事は、僕に用事があるんだろ?」


 息を呑んで、レイはゆっくりと本棚の影から姿を現した。休暇前を満喫しているのか、糊の効いた白いワイシャツに赤い細いリボンを締めている。灰色のタイトなカーディガンは、彼の細い体にぴったりと沿っていた。


「それで、用事は? 僕も忙しいんだ、早くしてくれ。」


 本の背中をなぞりながら、ジークフリートは一向に口を開かないレイに向けて首を傾げる。一冊の本の背表紙で指を止めて、ジークフリートは続けた。


「僕が当ててやろうか?」


 投げられた本をレイは慌てて受け取る。分厚い本ではなかった。背表紙には"Mein Kampf"と書いてある。レイはジークフリートを見つめた。


「僕はかつて誇るべきNSDAP親衛隊だった。……それで、お前が知りたいのはヨハンの事か?」


 レイの表情が険しくなった。前世は、この世に生を受ける前に終えた人生の事である。帝國に住む彼らは、必ず一つ生を終えてここに生まれてくる。例外は一つとしてなく、幼い時から前世の記憶は持っているものだった。だれにも等しく、例えどんなに幸せな人生であったとしても、どんなに苦しい人生であったとしても。そして、それを人に話すかどうかは、彼らの意思のままである。いつものようにジークフリートは笑ってはいない。冷徹な表情が、まさに軍人のように硬く結ばれた口がそこにはあった。ジークフリートが本当にその前世を誇っているのかどうかはともかく、レイは食い入るようにしてジークフリートを見る。


「僕に聞かずとも、あのお貴族共に聞けばいいんじゃないのか?」


 沈黙が流れた。レイは全く口を開かない。ジークフリートはその沈黙を察して、一瞬だけ面白そうな口調で言った。


「成る程、ヨハンはだれにも話してないんだな。まぁ、別に教えてやっても構わない。だけどお前にはタダじゃぁ教えられないな。そうだな……なんなら、この間みたいな感じで体で払って貰おうか。」


 細い肩に触れて、ジークフリートはその耳元で低く囁く。レイは身を強張らせた。


「別にそんなに緊張しなくていい、僕は優しいぞ?」


 ジークフリートはすぐにその手を離して、颯爽とその場を後にした。


 * * *

毎日夜0時に次話更新です。

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