Verse 4-7
本部の食堂で、アルフレッドを含めた五人は軍服が皺になるのも構わずに踏ん反り返った。
「アルフレッドさんは何か食べますか?」
「あ、じゃあBLTサンドウィッチを。」
財布を持って島田が去ると、アルフレッドを除いた三人が再び疲れたように息を吐く。
「一つ聞いても。」
人差し指をぴこぴこと動かして、咲口はアルフレッドにそう聞いた。
「どうぞ。」
「僕達が[使徒]でなくなったら、その、息子さんはまた新しく部下を探さなくちゃいけないって事ですか?」
テーブルに着く前に持ってきていた紅茶に砂糖を掻き混ぜると、アルフレッドは肘をついた。
「まあそうなるかな。[使徒]を探すのに面倒なのは、基本的に僕らから探知できない。君達が他の[人間]とどこかが違うと自覚して、それを表沙汰にする事で漸く見つける事ができるんだ。だからね……ジャンヌ・ダルクみたいな奇跡とか起きると教皇庁がすっ飛んでいって、という事ができるヨーロッパはまだいいんだけど、日本だとなかなか見つけづらい。」
「自覚って、それただの独りよがりでも[使徒]になる事が出来るんですか?」
島田が持ってきたBLTサンドを受け取ると、アルフレッドは大口を開けてそれに齧りついた。
「基本的にルターの予定説みたいなもので、君達は生まれた頃から[使徒]になる事が決まってる。その前提がないと、[使徒]にはなれない。ちなみに死んでもその予定は変更されない。君達が[使徒]である事を[シシャ]から伝えられ、拒絶しない限り、君達は永遠に[使徒]になるべき運命なんだ。」
納得したように、菓子をつまんでいた四人は声を上げた。
「まあ拒絶するなら——」
「俺達四人、全員拒絶すると思うけど。」
塩辛いかをつついていた島田に全員の視線が集まった。箸の先を咥えていた島田は、数秒後漸くその状況に気づいてキョトンとしながら顔を上げる。
「何だ、どうかしたのか?」
「島田先輩は。[使徒]の事、どう思ってます?」
唇から箸を離して、島田はつまみの入った皿に渡し箸すると腕を組んで唸る。
「そうだな。辞めてもいいとは思っているが……。」
ゆっくりと首を動かして、島田は咲口に視線を向けたが、咲口は目が合うとすぐにさりげなく瞳だけを動かしてそっぽを向いてしまった。
「……この記憶と繋がりをなくすのは惜しいとも思っている。」
「分かってるだろうけど、[使徒]になったら最後、君達は死んでも[人間]には戻れない。記憶は引き継がれるし、[人間]と同じ次元で物を見る事もできなくなる。同じ時間も過ごせない。……それでも、本当にいいなら。」
アルフレッドは机を囲む四人を見据えてそう諭した。しかし、もう島田の答えで彼らの気持ちは決まっていた。アルフレッドの問いかけが終わる前に全員が力強く頷いた。
「それなら、君達を歓迎するよ。」
彼らの思いやりに、アルフレッドは満面の笑みで答えた。
* * *
アルフレッドから、[使徒]に関する報告を聞いたその日の事だった。
「いやーすごい吹雪。」
少し離れて後ろを歩くピョートル一世は、額から下を片手で覆いながら雪にまみれた地面をエカチェリーナ二世とともに歩いていた。
「それにしても、ボリシェヴィキも酷い事を。ラマーシュカを幽閉してこんな辺ぴな所に閉じ込めるなんて。」
コートの裾を翻しながら、先頭を歩くニコライ二世は二人の何気ない会話を聞いていた。本来ならば両手に地図を持っているところだが、この吹雪の中ではいつ飛んでいくかも分からない。朝と昼の境から歩いて数時間。吹雪は一層強まるばかりで弱まる事を知らなかった。
「ROSEAは随分ラマーシュカに手間取ったな。幽閉されたのはここ数ヶ月の話ではないのだろう?」
「報告では、ラマーシュカの[核]活動がかなり弱まっていた可能性がある、位置を特定して逆探知したところ、かなり極小の[シシャ]の反応があった、と。」
口髭を撫でながら、ピョートル一世は不服げに鼻を鳴らした。
「世界情勢が不安定だと国土が幽閉されたのに気付くのも遅かったのでしょう。なんにせよ、今回脱出させればいい話です。」
三人の会話が終わると、ニコライ二世はすぐに物思いに耽り始めた。
(日本はまだ落ち葉の時期か。)
携帯端末に送られてきた、赤々とした紅葉の景色を思い出す。ヨーロッパではなかなか見られない新鮮な光景だ。日本では赤くも黄色くもなるが、ヨーロッパの植物に赤く紅葉するものは滅多に見ない。吹雪を前にぼんやりと紅葉の記憶を思い描いていると、漸く灰色のシルエットが見えた。
「あれが目的地です。」
ニコライ二世から借りた双眼鏡を覗き込んで、ピョートル一世は口をへの字に曲げた。
「なぁんじゃありゃ。殺風景なあばら家だ。」
「まあ、それは私達からすればそう見えると言うものなのでは——」
大帝の酷評を聞いて、エカチェリーナ二世も双眼鏡を覗いたが、すぐに閉口してしまった。
「玄関からは恐らくは入れません。」
「と言っても、貴方より私達に隠密の経験は薄くてよ。」
返された双眼鏡をもう一度覗き見て、ニコライ二世は腰にあったピストルを引き抜いた。
「私が先に屋敷に入ります。玄関口で。」
次に、護身用のナイフを脚のベルトから引き抜いて、背後に立っていた二人の大帝に渡す。
「では。」
つまるところ、一緒に行動すると足手纏いなのでゆっくり来い、と言う事であった。ピョートル一世はナイフをつまみながら肩を竦めると、いつの間にか目の前からいなくなっていたニコライ二世にため息をついた。
「ま、ゆっくり行きますか。」
「えぇ、そうしましょう。」
また先程のゆっくりとしたスピードで、二人は急な丘を再び登り始めた。
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