Verse 4-6
咲口達は忙しさで手が空かず、更には悠樹と今更顔を合わせる事にもなかなか踏ん切りがつかず、いつの間にか夏の暑さは姿を潜めていた。ついに秋真っ盛りの十月、会議毎に真珠湾攻撃阻止に関しての着実な前進を報告する米ツ木に激励を受けて、二人はスーツ姿で諜報部隊の本部に立っていた。
「長かったですね……。」
「そうだね……。」
受付には無論顔見知りばかりがいたが、咲口達の顔を見ても彼らは反応しなかった。
「島田さんを呼び出しているので少しお待ちください。」
「ありがとうございます。」
玄関から見えるのは、真っ赤に燃え盛る紅葉と黄金の銀杏による雨あられであった。本部から海外へスパイに渡る時、日本らしい美しい風景を忘れないように、と悠樹が整備させたものである。春になれば桜がさんざめく吹雪を起こし、夏になれば一面の緑である。受付当番が回ってくるとそれはもう喜び勇んで自前のカメラを持ってくる隊員も少なくなかった。
「この景色がまた見たくて何度命を惜しんだか分かりませんよ。昔の話ですけど。」
「僕もだよ。実際、大佐の狙いってそこでしょ?」
眉を上げて、佐藤は肩を竦めた。任務前の悠樹の口癖である。仕事に全身全霊をかけても、命だけは賭けるな。この言葉に疑問を持って部隊を去った者も、そう少なくはなかった。
「咲口、佐藤。」
景色に見入っているところを呼びかけられ、二人は振り返った。
「よく来てくれたな。執務室に案内するぞ。」
すぐに背中を向けて、島田は二人を執務室に案内した。
最後に見た時と変わらない間取りだった。広い窓を背に執務机が置いてあり、その向かい側には緑のベルベットが貼られたソファーとダークオークのローテーブル。廊下に面した扉がある側には大量の戦術書や文学書が、向こう側には来客用のティーセットや見事な陶磁器の菓子皿が陳列されている。
「元気にしていたか。」
逆光を浴びて、窓から見える風景に浮かび上がる悠樹の影に、咲口と佐藤は畏怖よりも懐かしさを感じた。
「は、はい一応……。」
「海沿いで涼しいので……。」
二人の感情とは裏腹に、非常に気不味い空気が悠樹に執務室を覆ってしまった。曖昧で頓珍漢な答えに、扉を閉めて背後に立つ島田は微妙な顔をする。
「ほ、本日は国土閣下の勧めでここに来たんですけど——」
「まあいい、座れ。」
物珍しそうに執務室の天井を眺める咲口に、悠樹は漸く振り返って目の前のソファーを勧めた。言葉を遮られすごすごとソファーに腰を落ち着けた二人に習って、島田もソファーの斜め後ろに立った。
「真珠湾についてはご苦労だった。協力に感謝する。」
一番下の引き出しから一冊のファイルを引き抜いて、悠樹は表紙を開いた。タイトルにはなにも書かれておらず、咲口と佐藤は怪訝そうに眉をひそめた。
「……入れ。」
実に面倒臭そうに、悠樹はドアの向こう側に声をかけた。無遠慮にドアノブが回され、二人の青年が入ってきた。一人は、影に隠れてやってきた竹伊。もう一人の背高のっぽに落ち着いた赤毛と白衣を見て、島田の第一声はこうだった。
「アメ公!」
「思ったより口悪いよね。」
以前の第二次世界大戦の、島田の最後の任務地アメリカ合衆国にて、あろう事か島田の脱出を手伝ってくれたアメリカ人スパイであった。
「アルフレッド・オードリーだ。倅の友人でもある。」
「初めましてー、って言っても殆どROZENの時に見た顔なんだよね。覚えてる?」
全く身に覚えがない、と首を横に振る咲口と、勿論見ましたとも、と首を縦に振る佐藤に、アルフレッドは照れ隠しとばかりにはにかんだ。
「今のところ確認できているのはこの四人だ。」
「あれ、もう一人は?」
扉を静かに閉めて、悠樹の報告の言葉を受けるとアルフレッドは執務机にもたれかかった。
「衣刀は長期任務でいつ帰ってくるか分からんからな……。あまり任務先で任務以外の話をするのも支障が出てしまっては気が引ける。」
「あーうんじゃあ仕方ないか。……取り敢えず自己紹介だよね。僕はアルフレッド・オードリー。第十セフィラ[マルクト]……もとい地球の管理が仕事。詳細に言うと、[人間]の転生システムの管理。性別や、お母さんをだれにするか決めたりするのが僕の仕事って事だ。ここまでいい?」
四人が焦りながら頷くのを見て、アルフレッドは苦笑した。
「今のは完全に理解しなくていいからね。それで、今日僕がここに来たのは、君達に説明する為なんだ。なぜ二回目の第二次世界大戦が行われているのか、そして、なぜ君達にだけ記憶があるのか。それを説明しに。」
聞く気があるなら、とアルフレッドは後ろに立っていた島田と竹伊にもソファーを勧めた。咲口と佐藤が詰めた分にすっぽり収まった二人を見て、アルフレッドはほっと安心したように息をついた。
「ありがとう。それじゃあ、話を始めよう。君達には知る権利があるからね。」
おむすびでも作るかのように手を組んで、アルフレッドは微笑んだ。
「僕達[シシャ]は、君達[人間]の最低限の管理をしている、一種の種族だと思って貰って構わない。本当は[人間]はこの世界に生まれない筈が、意外な事に生まれてしまった。これが[シシャ]の唯一の争いである聖戦の火種になった。第二次世界大戦が二度行われているのは、その聖戦に勝つ為の戦略。時間を巻き戻すんじゃなくて、続いていた時間の中で、人間界の歴史をぶった切ってコピーを設置したようなものだよ。」
「成る程、矢印は戻ってるんじゃなくて進んでるんすね。」
竹伊の言葉に、アルフレッドは、その通り、と頷いた。
「[人間]もそのままコピーペーストされたわけだから前の第二次世界大戦は誰も覚えていないだけで、確かに存在している。だけどまあ、君達は覚えているわけだ。それは、君達が特別な存在だからだ。」
部屋の隅に置いてあった黒板を転がしてきて、アルフレッドはApostleと文字を書いた。
「君達なら読めるよねー。」
「アポストゥル、今までの話の文脈から言うと、使徒、ですか?」
アメリカ人とは思えぬ達筆さで、アルフレッドは佐藤の答えをアルファベットの下に記入した。
「そう、君達は[使徒]。この世界に救世主はいないけれど、君達は[人間]の中でも特別に[原罪]を浄化した特別な人間だ。」
「救世主がいないなら、その使徒の必要性は?」
黒板にごちゃごちゃ書き込みながら、アルフレッドは話を続ける。
「唯一部下がいない神が苦肉の策で作った部下もしくは戦力ってところかな。基本的にランダムで選ばれるんだ。その時使徒だと伝えられた[人間]が[使徒]になるって言う、微妙システムでね。」
「戦争をしているにも関わらず、今まで直属の[シシャ]がいなかったと?」
鋭い島田の質問に、アルフレッドは半眼になった。
「まあ敵勢力のトップによって完全監視の下に置かれてればねー。……訂正するよ、一人だけいる。」
細かな衣擦れの音に、アルフレッドは自らが入ってきたドアに視線を投げかけた。
「こんにちは~。」
「理恵さん!?」
佐藤の甲高い驚きに島田は口に含んでいた水を思わず垂れ流しかけた。
「覚えていてくれて嬉しいわ。後、アルの話を聞いてくれた事も。」
「誤解を招く言い方はよしなよ……君達にも選択権はあるよ。僕に言ってくれれば[使徒]を解任する事もできる。まあ、ここまでの記憶が全て失われるけど。」
全員が顔を見合わせて、寸分も違わぬタイミングで黒板を持つアルフレッドに視線を寄せる。
「……簡単に言う。お前達の上司が俺から俺の倅になる。」
悠樹のため息とともに溢れた端的な答えであった。
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