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神秘学メンズラブシリーズ"nihil"  作者:
第二巻『[人間]の業は 人の傲慢で 贖われる。』(RoGD Ch.3)

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Verse 4-5

 ノルマンディーの計画を纏めて、リチャード一世とフィリップ二世は再び屋敷にリーズを招いた。


「成る程、まあ一番楽な方法ですよね。」


 規格外、とまではいかないが、二人が要求したゴーレムの数は限界ギリギリの量であった。指揮する[シシャ]の数は、リチャート一世とフィリップ二世を含めて四人程である。


「無理ですよ~って言わないんだな。」


「へ? 何でですか?」


 持っていきますね、と請求書をバッグに突っ込むと、リーズはまだ口をつけていなかった紅茶を手に取る。


「いや、こんな数用意出来たとしてどこに置いておくんだよ。作戦実行時に空からでも投下する気か? 俺達の背後は海だぞ。」


 量の問題で、イギリスから船で運ぶなどまず論外であった。かと言って、フランスの海岸線に永遠に置いておけばドイツ軍の格好の的である。


「えぇ、海底に隠します。」


「マジで言ってんのか……Uボートとかどうすんだよお前……。」


 話していないんですか、とばかりにリーズはリチャード一世に目配せしたが、リチャード一世はティーカップのペイントを目でなぞるだけで答えない。


「えーっと、実は海はある程度の深さに入ればほぼ[シシャ]が好き勝手できる領域です。っていうのはですね……。ボクらが陸の象徴である[悪魔]ベヒモスの分裂であるという事は、その対になる存在がいるという事です。今回のゴーレムの保管は、全てそこにお任せします。」


「え、何? お前らが陸そのものって事は海そのものってのがあるって事?」


 そういう事です、とリーズは片目をつぶってみせた。


「まあ、そう焦らなくても当日会えますから。ははは。……と、そこは置いといて、ドイツ軍を物量で押し潰す事には賛成しますが、敵方が襲撃した際にこの戦力で大丈夫ですか?」


「構わん、これ以上人員を割きすぎると零がなにを言われるか分からないからな……。戦力は最小限に止める。分かってくれ。」


 少し眉を下げて、リーズは俯いた。


「これだけ世界に貢献してるのに他になに言われるって言うんだよ……。」


 またですか、とリーズは今度はきつい視線でリチャード一世を責めたが、リチャード一世は相変わらず眉一つ変えずに砂糖を追加し始めた。


「えーっと……まあ[シシャ]側にも制約が設けてありまして……。」


 後手に後手にと回されたフィリップ二世の不機嫌さを身に感じながら、リーズは汗を滲ませながら無理矢理微笑む。


「そのうちの一つに、特別な事情がない限り人間界への大幅な介入はしてはいけない、というのがあります。つまり、[堕天使]が人間界で悪さをしたり、ジークフリートさんのような存在が人間界にいない限りは、[シシャ]は人間界に決して介入してはいけないんです。まぁ、介入が私事で終わる、もしくは[人間]として生活する為に滞在するだけ、ならいいんですが、今回、零さんはかなり大規模に行動していますから……。」


「簡単に言えば、歴史を大幅に改変したり、一人の[人間]に極度に肩入れする事は許されていない、という事だ。我々は[人間]に対しては常に傍観側に徹していなければならない。」


 沈黙が降りると、フィリップ二世は話はそれだけか、とばかりにテーブルの上の計画書を叩いた。


「で? お前らはこれにどういう意見なんだ?」


「[冥界]に関しての戦略は決して見逃していいものではありませんから、ボクは勿論賛成です。ただ、まあ動きは最小限に留めておかなければいけませんよね。」


 フィリップ二世はリチャード一世の横顔に視線を向けたが、彼はリーズが帰るまでついにその口を開かなかった。


 静かな夕食を終えて、リチャード一世は口元を拭いた。


「お前は[冥界]が建前だと思うか?」


「は?」


 食器を全てシンクに突っ込むと、フィリップ二世は食休みと称してダイニングテーブルに乱雑に座った。


「今回、零が動く理由は[冥界]へ大量の霊魂が流れ込むのを防ぐと言っていただろう。私はあれは建前だと思っている。」


 手近にあった新聞を引き寄せて、フィリップ二世は無視する素振りで未読の記事に目を通し始めた。リチャード一世も、読みかけの小説に挟んで置いた栞を探す。


「……まぁ、俺も建前だとは思うけど、それが建前だとしてあいつの本意は、人間界に介入する理由はなんだよ。」


「理恵から聞いた話だが、零は見てしまった、と。」


 言葉足らずの返しに、フィリップ二世は紙面から顔を上げる。


「地獄を。」


 * * *


 実に地獄のような暑さであった。折角似合っていた海軍二種も、その暑さにはソファーに放り投げられる始末である。


「わ~もう無理。水の消費量が凄い。」


 ワイシャツの下の肌着もすっかりびしょびしょになり、早く本部に帰って冷たいシャワーを浴びたい衝動にかられていた島田は、グラス三杯目の水に手をつけていた。


「えーっとそれでなんだっけ? 真珠湾攻撃を取りやめ? いや、無理でしょ。後何ヶ月だと思ってるのさ。半年もないんだよ?」


「そこをなんとか……。」


 ワイシャツを几帳面に腕まくりした竹伊は、批判を述べ立てる咲口の眼前で両手を合わせた。


「って言ってもさぁ勇斗。俺達まだ尉官なんだよ? 口出し出来ないと思うんだよね。」


 佐藤の言う事は最もだった。真珠湾攻撃程の重要な会議に、佐藤達のような階級の軍人が参加出来るはずもないのである。


「将官と繋がりが大してあるわけじゃないしねぇ。」


「まあ大佐に見つからないように静かに過ごしていましたから……。」


 海軍学校に所蔵していた頃は、頭は良いが大して目立たない士官生だった、というパーソナルデータが書かれていた事を思い出し、島田は苦笑いを堪えた。


「まあ成績優秀じゃなかったらこんな部屋貰えてないけどね。」


 肩を竦める咲口に、そういえば、と島田と竹伊は顔を上げる。尉官であれば、手狭とはいえ横須賀鎮守府に一室を与えられるなど特例中の特例である。島田達は諜報部隊という特殊な部隊にある上に、悠樹が建物一つを貰い受けている為、階級問わず個室は使い放題であった。


「……となると取り敢えず怪しいので——」


「あ、大丈夫だよ、盗聴器は全部調べたから。」


 流石元諜報部隊隊員といったところで、立ち上がって部屋中をくまなく調べ回ろうとした竹伊を、咲口は片手で制した。


「それにしても誰が先輩にこんな部屋を? 俺も恩恵にあやかって勝手にここで執務してますけどさ。」


 沈黙と、首を傾げる衣擦れの音とともに、部屋の前でなにかがぶつかった音が聞こえた。


「……。」


 盗聴器はない、と言った直後の音に、咲口は半眼になり、三人の視線がその顔に集まった。扉の向こうから謝るような声が聞こえてすぐに、咲口は心持ち逃走を許さないような速さで扉を開けた。


「こ——」


「国土閣下ぁー!」


 手に持っていたグラスをローテーブルに投げ出して、全員が直立不動の形を取る。気恥ずかしげに頭をかく、男装の麗人が一人そこに立っていた。


「うむ……直るのじゃ三人とも……。」


 咲口の視界の端には、下士官が尻に火をつけたように逃げていく姿が見受けられた。


「いや、すまぬ。ワラワとて盗み聞きするつもりはなかったのじゃが、陸軍の人間が来ていると小耳に挟んだ故、気になって仕方がなかっただけなのじゃ。」


「と、取り敢えず米ツ木閣下、廊下は聞こえますので……。」


 半身をよけて、咲口は自らの執務室に大日本帝国国土、米ツ木鯉雉を通した。


「ところで何の話をしておったのじゃ? この執務室の扉、まぁワラワが用意したのじゃがなかなか厚く、聞こえなんだ。」


「えっと、真珠湾の話を……って閣下? この部屋用意したのは閣下だったんですか?」


 慌てて佐藤がキンキンに冷えた水を出すと、鯉雉は満足げに微笑んで頷いた。


「まさにそのまさかじゃ。この部屋を咲口にあてがったのはワラワじゃぞ。して、真珠湾とな。何か問題点でも発見したか?」


 更に箔がついたな、と島田と竹伊の視線が咲口に集まる。いつもは涼しい顔で佇んでいる咲口も、こればかりはかなり気不味い顔で本棚に仕舞われた文字の羅列を追っていた。


「はい、日米開戦阻止の為に、真珠湾攻撃を中止してくれ、と陸軍大佐から申しつけられまして。俺達の階級ではそんなのは無理だよね、と言う話をしておりました。」


「ふむ。その仕事、ワラワがしてやろうか? その間にウヌら海軍の二人は悠樹に会ってくるのじゃ。」


 魅力的な話に、佐藤と竹伊は目を輝かせたが、その期待を根こそぎ取り攫うかのように島田が片手を上げた。


「僭越ながら国土閣下、自分達は一度も悠樹大佐の名前は口に出しておりませんが。」


「なんじゃあ、警戒心強いのう。ワラワは悠樹の息子と知り合いなのじゃぞ。」


 佐藤は頭を振って相関図を整える事をやめた。考えて構成を整えるより、直感に頼ったほうが早いのである。


(もうわけ分かんなくなってきたぞ……。)


「まぁ、真珠湾に関してはワラワに一任せよ。心を躍らせて十二月を待つのじゃ!」


 キメ顔でそう言葉を打ち出すと、鯉雉は豊かな黒髪を揺らしながら大股で執務室を後にした。咲口と佐藤の任務は、どうやら真珠湾攻撃阻止から悠樹に会いにいく事に変更されたらしい。


「……真珠湾の方が簡単そうだったね。」


 咲口の呟きに、佐藤は頷くしかなかった。


 * * *

毎日夜0時に次話更新です。

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