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神秘学メンズラブシリーズ"nihil"  作者:
第二巻『[人間]の業は 人の傲慢で 贖われる。』(RoGD Ch.3)

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Verse 4-3

 翌日、島田と竹伊は出勤直後に悠樹の執務室に直行した。


「島田、竹伊、入ります。」


「入れ。」


 いつもの冷静な悠樹の許可が降りると、島田は扉を開けて緑を基調に置いた執務室に入る。その背中に、竹伊も続く。


「二人はどうだった。」


「素直でした。」


 尋問したわけじゃあるまいし、と竹伊は島田の受け答えに吹き出しそうになって頬を膨らませた。書類を書く手を止めて、悠樹は黒い万年筆のキャップを閉める。


「そうか、では次の段階に——」


「大佐。いくつか質問があるのですが、いいでしょうか。」


 銀製のペン置きに万年筆を置こうとして、悠樹はすぐにその手を引き寄せた。グリーンのベルベッドが貼られたソファーの後ろで、島田はじっと悠樹を見つめて答えを待っている。


「……許可する。」


「ありがとうございます。」


 小さく頭を下げると、島田は万年筆と皮表紙の手帳を取り出す。


「ご子息と奥様について、あまりに辻褄が合わなくなったので回答を願います。」


 そういう事か、と悠樹は島田から視線を逸らす。万年筆の尻で、軽く机を叩き始める。


「……話せば長くなるぞ。俺もいまいち整理ができていない上に、お前達の理解の範疇を超えている可能性がある。それでも構わんのなら、ソファーにじっと座って話を聞け。」


 島田は竹伊をちらりと見たが、竹伊は、興味あるので、とむしろ島田より先にソファーに収まった。島田も慌てて、竹伊の隣に着席する。悠樹の口から紡がれたのは、自分が[シシャ]である事、そしてそれがどんな生命体であるのか、であった。


「えーっと……、つまり大佐は俺達と同じ生命体じゃないって事ですか?」


「そういう事になるな。」


 島田と竹伊は顔を見合わせて、再び上官に視線を注いだ。


「よく分からんが、俺の息子はどうやらこの世界を創ったらしい。今回は、その息子の一存で動いている。……つまり非常に私的な都合でお前達には動いて貰っている。気に食わないのも無理はない。隊から抜けても構わん。俺は止めんし、追う事もしない。」


 どうする、と言ったような島田の雰囲気に、竹伊は腕を組んだ。どうやら、島田の頭には協力する以外の選択肢はないようだった。


「……俺にも記憶はありますから、一つ質問させてください。その……息子さんの行動は、世界の為になりますか?」


「無論だ。それに関しては保証する。成功は保証されないが。」


 即答した悠樹に、部下らしくもなく満足げな微笑みを浮かべると、竹伊は、それなら、と腰を落ち着けた。


「……質問は終わりか? なら計画の次の話をする。」


 すかさず茶封筒を取り出して、悠樹は狙いを定める事もなくソファーの前の艶やかなローテーブルに書類を放り投げた。


「まあこのタイミングで質問してきたのは正解だ。でなければもう少し情報を小出しにしているところだった。」


 怪訝そうに眉をひそめて、島田は目の前で美しく弧を広げた書類を手に取る。


「し、真珠湾攻撃の阻止……ですか?」


「目的は日米開戦の阻止だ。気張っていけよ。今日は帰っていい。休んで英気を養っておけ。」


 仕事をするのを許さないかのような悠樹の鋭い視線に見送られて、島田と竹伊は諜報部隊の本部を後にした。軍服ではなくスーツを着ていた事をいい事に、二人は近くのカフェでアイスコーヒーを注文した。


「はぁ、なんか物凄い事に巻き込まれてる気がします。」


「まあ、物凄い事だろう。取り敢えず、接触成功祝いだ。」


 薄手のスーツジャケットを脱いで席に座った竹伊の前に、サンドウィッチが置かれる。


「俺の奢りだ。」


「ほんとっすか! ここのサンドウィッチ大好きなんですよねー、ではお言葉に甘えて。」


 喉を潤す前に、竹伊はBLTサンドウィッチに齧りつく。


「真珠湾攻撃は確かに日本が敗戦した理由の一つだ。あれがなければ、大陸側に送れる兵力が大幅に増えるしな。」


「かと言って、あればっかりが敗戦の理由というわけじゃないですしねー……そもそも同盟の仕方が間違ってますし。」


 途端に声を潜めて、二人はそう囁き始めた。間違ってもこのような、国政に批判的な言動を大声で撒き散らしてはいけない。それが出来るのは、コンクリートの下の太陽が見えない場所だけである。


「多分……世界の為になる、というのは、日本が勝つ、と同義ではないって事ですよね。」


「まぁ、そういう事だな。俺もそう思っている……。ただ、アメリカと戦わないなら、多分無条件降伏を飲む事はないんだろう。空襲も来ない、原爆も落ちてこない。ある意味現時点では最良の手段だ。」


 コーヒーとともに、竹伊は唾を飲み込んだ。


「……暗い話はやめるか。取り敢えず、明日は鎮守府に連絡を入れて通常業務、都合が合えば明後日にでも咲口と佐藤に会いに行こうと思うんだが、どうだ?」


「俺も賛成です。だけど……博人と咲口先輩がこの計画に参加してくれると思いますか?」


 ステンドグラスによって弱められた日光が、レタスをペリドットのように輝かせていた。氷に突き刺さって身動きの取れないストローを弄びながら、島田は深くため息をつく。


「まぁ……俺だって一筋縄で行くとは思ってない……。」


 夜の虫の音が、蝉のさんざめく鳴き声と入れ替わる頃であった。


 ソヴィエト連邦の、シベリアにほど近いヨーロッパ・ロシアの某所に、巨大な屋敷がぽつん、と二つ立っている。冬真っただ中であれば、吹雪の中に突然現れるこの屋敷は、一種の幻かと思えるほど唐突に建っているのだ。


「ただいまー。郵便来てたわよ。」


 倍以上背の高い両開きの玄関扉を開けると、アナスタシアは最上階の三階まで吹き抜けのホールでそう声を響かせる。一通、父宛の分厚い手紙をローテーブルに置いて、彼女は買ってきた食材を抱えながらキッチンに向かった。数分の間を置いて、三階からニコライ二世が玄関ホールに降りてくる。アナスタシアが置いた手紙を手に取り、宛名を確認すると、特に顔色も変えずに腰に下げていた小さなナイフで頭を切る。


(ROSEAか……。)


 送り主にはリーズ・プーレ、と優雅な走り書きのカリグラフィが連なっている。


『ニコライ二世陛下。お久し振りです、リーズです。先日のお手紙の返信、しっかりと受け取りました。今回の計画にご参加頂けるという事で、零さんには喜んで頂けると思います。』


 前置きの結びに、ニコライ二世は眉を下げた。そういえば、戻ってきた零とまだ一度も顔を合わせていない。創世時代、ロシアにゆかりのある人物がニコライ二世しかまだいなかった時代、零はよく親身にエカチェリーナ二世治世のロシア帝国について話してくれていた。


『さて、本題に入ります。先日、ドイツ国土シュヴァルツ・アードラー、並びにイギリス国土ローゼ・ライオネルとともに調査を重ねましたところ、ロシア国土ラマーシュカ・ドゥヴグラリアリョールの監禁地が明白になりました。現在、ソヴィエト連邦で身動きの取れる国土が一切おりません。つきましては、ロマノフの諸君主のお力を貸して頂ければと思っております。』


 まあそうなるだろうな、とニコライ二世は深々とため息をついた。とりあえずは全文に目を通し、ニコライ二世は顔を上げた。


「お父様、夕食そろそろ出来るそうよ。」


「そうか。手を洗って早く来なさい。」


 ロングスカートを揺らして、アナスタシアは返事を返しながら自室に向かう。その背中を見届けて、ニコライ二世は手紙を持ってホールを後にした。

毎日夜0時に次話更新です。

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