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神秘学メンズラブシリーズ"nihil"  作者:
第二巻『[人間]の業は 人の傲慢で 贖われる。』(RoGD Ch.3)

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Verse 4-2

 列車が進むにつれ、二人の鼻には強い潮の香りが漂ってきた。海の香りを嗅ぐのは一体いつぶりなのだろうか、と島田は前の第二次世界大戦での最後の任務を思い出す。


「海軍の建物なんて初めて見るなぁ……。島田先輩は鎮守府に来た事は?」


「悠樹大佐の付き添いで行った事はあるが、個人での用事は全くないな……。」


 空気の抜ける音が響くと、島田と竹伊は物珍しそうな顔できょろきょろと辺りを見回しながら駅に降り立った。ホームには、一般客ではなく、技術者や軍人などの関係者しか見当たらない。


「取り敢えず行くか。」


 いかにも陸軍らしくない風体、つまりロン毛と若干くたびれたスーツで、二人は横須賀鎮守府に向かった。


 玄関口で目当ての二人の名前を告げると、二人は汗をハンカチで拭いながら暫し待った。残暑といえど、スーツを着込むと少し暑苦しさが残る。


「あっ、あれじゃ……!」


 島田と全く反対の廊下を見ていた竹伊が思わず声を上げた。視線と指先の向こうには、見知った二つの人影が、海軍二種の白い軍服を着て足取り重そうに歩いている。


「似合うな……二種。」


 陸軍のカーキ色より華々しい白さを見て、二人は少し眩しげに目を細めた。


「まぁその内来るとは思ってましたけど。」


 佐藤は苦々しい笑みを浮かべながら、再会に関してそう感想を述べた。咲口といえば、バツの悪そうな顔で顔を背けている。


「あれ、案外あっさりですね……。」


「しらばっくれるかと思ってたんだが……。」


 記憶がないふりをするなら、と再三悠樹から忠告を受けていた二人は、佐藤の開口一番にそう呟き合った。


「取り敢えず、立ち話すると邪魔ですから。咲口さんの執務室へどうぞ。」


「ちょっと、なんで僕の部屋に——」


 腕を掴んで、咲口は佐藤に叫び声ともつかぬ小さな声で囁いた。


「だって俺、執務室持ってませんし……。」


 お願いします、と両手を顔の前で合わせる佐藤に、咲口は深々とため息をついた。


「全く……。まあいいけど。」


 島田と竹伊を一瞥して、咲口は佐藤が言った通りに自らの執務室に案内した。白い壁にライトブラウンの机と、壁を埋め尽くす海戦に関わる本。島田が持っている執務室とは打って変わって、海が近いせいもあるのか随分と明るい雰囲気である。


「ちなみに誰に言われて来たんだい?」


「大佐だ。」


 ガラスのティーポットに入った紅茶がセットのティーカップに注がれるのを見て、竹伊は、贅沢だなぁ、とぼやく。


「はい、要件をどうぞ。」


 鈴のような軽やかな音を鳴らしながら、氷が紅茶に溶けていく。


「取り敢えずコンタクトを取ってこいと。」


「……それだけですか?」


 目を丸くする佐藤に対して、島田と竹伊は赤べこのように首を縦に振った。


「ふーん。まぁ、僕らは二人が知っての通りだと思うけど。海軍大学に入って卒業して、海軍に、ってところ。それにしても……どうして今更コンタクトを?」


「そうですね。取るならもっと早くに取れるはずです。海軍に何かありましたか?」


 竹伊は肩を竦めたが、島田は暫く俯いて黙っていた。冷えていた紅茶は、島田の手の体温ですっかり温くなり始めている。


「それが……俺にもまだよく分からないんだが。この間、外相殿と一緒に大佐が大学に行ったんだ。その時にだな……奥方ともう一人、俺達の知ってる人が——」


「待って、奥方って大佐結婚したの?」


 綺麗に指を揃えて、咲口は島田の言葉にストップをかけた。桜色の薄い唇がティーカップから離れていく。


「前は生涯独身でしたよね? タイムスリップして来た吉継さんはいましたけども。」


 空になった島田のティーカップに竹伊が紅茶を注いでいくのを尻目に、咲口は質問する佐藤に頷く。


「あぁ、式は挙げてなくてだな。それがその……吉継殿は実は大佐の奥さんで——」


「まあその話は理解できなさそうだからいいや……。それで、僕らが知ってる人って?」


 軽くなったティーポットを花柄のテーブルセンターの上に置くのを見届けて、島田は佐藤と咲口を視界に入れた。


「あぁ。レプリカの帝國で助けてくれた人だ。」


「ああ、あの少し日に焼けた……。勇斗は会ってないよね。」


 頷く竹伊に、佐藤は人差し指を手に当てた。


「そう言えば、あの人、俺達の事親父の部下だって……。」


「流石、記憶能力は相変わらずずば抜けてるね。」


 レプリカでの出来事なんて忘れたよ、と咲口は頭を振った。


「佐藤の記憶力が間違っていた事がないからな……そうするとあの人は大佐の……。」


 島田は唇を動かすのを止めた。あまり認めたくない事実である。なんにせ、結婚したのはつい数ヶ月前の事である上に、自分が見た息子の姿はどう見ても二十歳を越しているかいないかくらいである。


「息子さん?」


「そういう事に……なるな。」


 沈黙が流れた。聞こえるのは、まだ若干生き残っている蝉の鳴き声だけである。


「辻褄がおかしくなって来たね……。」


 そう呟く咲口に、だれもが頷かざるをえなかった。


 * * *


 フランスに戻ったフィリップ二世は、リーズの屋敷を経てリチャード一世が住んでいる住居へ引っ越した。ジャンは未だ、ジークフリートやルプレヒト達とリーズ達を繋ぐパイプ役としてドイツでスパイを続けていた。


「爆破のほうはお付き合い頂かなくていいんですが、まだ一つやる事がありましてですね。」


 リチャード一世の住居は、フィリップ二世が思っていたより簡素であった。もう少し派手にするのに、と最初はぶつくさ文句を言っていたが、現在ではその殺風景さは逆に心を落ち着かせる為の材料になっている。


「これは?」


「ノルマンディー作戦の地図だな。よく再現した。」


 若干黄ばんだドーヴァー海峡周辺の地図には、リーズが赤いペンで書き込んだ無数の矢印や円が描かれている。


「はい。実はこういうのは全部ROSEAにデータベース化してあるので別に記憶してるわけではないんですけどね。それでですね……。」


 もう一枚リーズは零の計画と実際に第二次世界大戦の時系列を照らし合わせた表をテーブルに乗せた。


「零さんの計画はいい線行ってるんですが完璧ではありません。ヒトラーの暗殺が成功しても、代わりが出てきては意味がない。ここでですね、フランス側で独自の案を練ってみました。零さんが使うヒトラー暗殺計画は恐らくワルキューレ作戦になると思いますので、これと同じタイミングで、ボク達[シシャ]が、ノルマンディー上陸作戦とパリ蜂起を一斉に行います。」


「ストップ。ワルキューレ作戦って何だ?」


 ボールペンで表示していたリーズは顔を上げた。


「はい。クラウス・フォン・シュタウフェンベルク率いる反ナチ勢力による、ヒトラー暗殺計画です。あの作戦が全て成功していれば、ナチスの戦闘は一九四四年で収束していたかもしれない大事件です。まあ、実際は作戦失敗で全員処刑されたわけですが。」


 話を戻しましょう、とリーズは地図を出した。


「最低でワルキューレ作戦実行二日前に、ジャンさんにはパリに戻って頂きます。あの人が旗を掲げて馬を駆るだけで、まずパリ市民が凶器を持ってドイツ軍に向かって駆け出すので。」


「すげぇな……。」


 苦笑いするリーズに、フィリップ二世は改めて後世に伝えられたジャンヌ・ダルクの偉大さと、列聖をごり押ししたナポレオン・ボナパルトに絶句した。


「そして、お二人にはノルマンディー上陸作戦を行なって頂きます。特に陛下は、ドーヴァー海峡からの上陸には長けておられるはずなので。」


「過度な期待は禁物だぜ。俺らが何年戦争から離れてると思ってんだ。」


 勘を取り戻そうと必死に近代の戦術、戦略本を読み漁っているが、フィリップ二世にはまだまだ力不足が感じられているようだ。


「その時は私がどうにかする。ドーヴァーからの攻撃の仕方なら私の方が知っている。ジョンよりは役に立つだろう。」


「ここぞとばかりに無能をいじるのやめような。」


 チョコレートを口に咥えながら、フィリップ二世は地図を見下げる。ノルマンディー作戦の話が持ち上げられるより前に、こちらでノルマンディー作戦を実行してしまうという事は、即ちナチス・ドイツの軍隊の防衛が薄い事を意味する。更に、六月に始まった独ソ戦も、更に防御の壁を薄くしていた。


「という事で、お二人には必要ゴーレム数と[シシャ]について後日報告をお願い致しまーす。まだ時間はありますから、多少ゴーレムは多く見積もって頂いて構いません。対人に関しては懸念していませんが……。」


 地図を丸めて丸筒に収めると、リーズは肩を落とした。


「どうした?」


「今回、恐らく敵方はノルマンディーやパリを妨害しに来るでしょう。この作戦の駄目な所は、失敗すれば大量の死者が出るところです。ボクらが成功すれば[冥界]に負荷はかかりません。ですが、あちらが妨害を成功すれば作戦で大量の死者が出ます。第二次世界大戦はそのまま続行してしまうし……。」


 もう一枚、リーズは仕事用の革鞄から一枚の紙を取り出した。


「零さんからの報告です。先日、敵勢力に出会った時に全く気配を感知できなかった事。更に、ROSEAで敵方である[シシャ]の居場所が感知できていない事。この二点をまとめると、作戦中、視認出来る程近くに敵勢力が来なければボク達は応戦できないという事になります。」


 伝言の書かれた紙を受け取り、フィリップは膝くらいまでのローテーブルに足を乗せた。


「だぁいじょうぶだろ。こちとら人間にされて永遠と無茶ぶりな諜報暗殺こなしてきたんだぞ。今こそ人間の勘を取り戻す時。」


「そう言って下さると零さんも喜びますよ。」


 それでは、とリーズが仕事鞄を肩にかけて立ち上がると、リチャード一世はそれを見送りに玄関まで歩いていった。玄関の鍵を閉めてダイニングルームに戻ると、フィリップ二世は、ダイニングルームにあった昼食の皿を全てシンクに突っ込んでいる。


「なあおい、俺らが作戦やってもナチス・ドイツの死者を出すのは避けられねぇんじゃねぇの? [冥界]に負荷がかかんねぇってどういう事だ。」


 ポストに挟まっていたらしい新聞をダイニングテーブルに放り、リチャード一世は椅子に座る。


「我々と敵勢力の[シシャ]、反逆したかどうか以外で決める事の出来る一つの要素だ。我々が殺した人間の霊魂と精神は、破壊されて跡形もなくなる。対して、敵勢力の[シシャ]が殺せば、それは[冥界]を通って地獄に行く他、道はない。」


「はーん。なくなる、ね……。」


 果たしてそれが救済に値するのかどうかはともかく、取り敢えず世界のシステム上そうなっているらしい。


「それよりフィリップ。今日の夕食は?」


「あ?亭主関白かお前……。」


 頭に入れたレシピ本のページを開き、ダイニングテーブルに投げ出す。新聞が弾かれて落ちたのも特に気にせずに、リチャード一世はそのページを読み始めた。


 * * *

毎日夜0時に次話更新です。

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