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神秘学メンズラブシリーズ"nihil"  作者:
第二巻『[人間]の業は 人の傲慢で 贖われる。』(RoGD Ch.3)

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Verse 4-1

 ピカピカに磨き上げられた書斎机にらしくもなく足を乗せ、悠樹は薄ぼんやりと海軍の名簿を見つめていた。


「あったぞ。」


『あ、本当? 助かるな~。コンタクト取れる?』


 呑気なアメリカ人の流暢な日本語を聞きながら悠樹は受話器を耳に押しつけて、副官である島田に指示を出す。


「咲口は取れるかもしれんが佐藤は渋るだろうな。なんせ、俺はどうとも思ってないがあいつは俺を二回裏切……いや、出し抜いた罪悪感がある。」


 咲口と佐藤の居所の電話で聞かれて早一時間。二人が海軍に入った理由は、悠樹には容易く予想がついた。


『あーそういう? 咲口君もなの?』


「知らん。知らんが咲口は島田となにかあったんだろうな。」


 戻ってきた島田に名簿表を突きつけると、島田は咲口の名前を見て目を見開いた。


『取り敢えず、計画は君に話した通りではあるけど、君は海軍に関しては動けなさそうだし。』


「あぁ、できる限りはやる。」


 別れの挨拶もそこそこに受話器を戻すと、悠樹は島田に言った。


「お前だけではきつい、竹伊も呼んでこい。話はそれからだ。」


「はっ。」


 島田は任務から帰ってきて数日後の竹伊勇斗を見つけて食堂から引っ張り出すと、諸事情を説明した。帝國のレプリカの話は元より、転生システムの話も全て簡潔に説明すると、竹伊は戸惑いつつも頷いた。


「ところで、その転生システムで消される筈の記憶を覚えているの、俺以外にいるんですか?」


「周りにそれとなく聞いてみたんだが、お前以外にはいなかったな……。あぁ、衣刀にはまだ聞けてないんだが。」


 レプリカに呼ばれたメンバーの一人である衣刀は、島田に次ぐ諜報経験者である。悠樹の副官である島田とは打って変わって、常に外地任務に駆り出されていた。


「まぁ衣刀先輩は仕方ないでしょうし……竹伊入ります!」


「入れ。」


 いつもの威勢の良さでそう宣言すると、悠樹の返答も待たずに竹伊はさっさと執務室へ乗り込んだ。


「座れ、状況を説明する。咲口と佐藤は海軍学校に入学し、卒業。現在は横須賀鎮守府に滞在している。お互い大尉と少尉だ。その他詳細はこのファイルを確認しておけ。外からの情報によると二人は記憶を存続しているそうだ。最初すっとぼけたら取り敢えず突っかかっておけ。」


「了解しました。」


 咲口と佐藤のプロファイルを受け取ると、二人は素早く情報を頭に入れる。


「鎮守府へは話を通してある。名前と所属を言えば通して貰える手筈だ。明日の朝一番に向かえ。」


 寂れた屋敷だった。外壁は輝く金を彷彿とする黄で塗られ、白いレリーフがあちらこちらに見えるが、その殆どにはひびが入り、庭もいまいち整然としていない。ベルを鳴らして数分、玄関扉の向こうから小走りの足音が聞こえた。


『ようこそいらっしゃいました。フリードリヒ陛下、悠樹零様。』


 プログラミングされたような、男とも女ともつかぬゴーレムの声が零とフリードリヒ二世を歓迎する。


『お話は聞いております。こちらへどうぞ。』


「話が早くて助かる。」


 間取りは宮殿というより多人数の住居そのものといった感じで、入ってすぐにあるのは玄関ホールではなく幅の広い廊下と扉達だった。


「相変わらずオーストリアの王族はごてごてしたのが好きだな。」


「まあそう仰らずに……確かにサンスーシよりは賑やかです。」


 屋敷に小言をつけるフリードリヒ二世の声を背に受けながら、零は苦笑いしてゴーレムに続く。屋敷に入ってから、二人はまるで時代を戻ったかのような心地であった。ヴィクトリアの宮殿よりも遥かに軽やかでしかし華々しい、ロココ調の内装が広がっていた。


『こちらです。』


 ほんの少しばかり開けられた扉の向こうから、賑やかな女性達のお喋りが聞こえる。顔をしかめるフリードリヒ二世の前で、零も渋い顔をした。


「全く話す気がなさそうであるが——」


「まあ入りましょう。ええ。」


 扉を軽く爪先で蹴ると、零は部屋に入った。部屋で広がっていたのは、セーブルの薄桃色の陶器達、細やかな花弁の装飾がされたガラスのティーカップ、そして女性達が身を包んでいるパステルカラーのドレスと、フローラルな香水の顔であった。


「あー……。」


 あまりの時代錯誤に、零はそう声を失った。第二次世界大戦真っただ中の古ぼけた屋敷で、ロココ調の可憐な内装に包まれながらサロンを開いている淑女達である。


「戦争中では……?」


「まぁ実際は関係ないですから……。」


 ぴたりと会話がやんで、一人の女性が立ち上がった。ロココ程ではないものの、ペチコートやパニエで広げられたドレスを引きずりながら、彼女はいつもの憮然とした態度で二人の前に立つ。


「お久し振りですこと、フリッツ。」


「とても会いたくなかったよマリア。」


 苦々しげに言うフリードリヒ二世に、マリア・テレジアは少し満悦の笑みを浮かべる。


「ちょうど貴方についての昔話をしていたところよ。良かったら如何かしら?」


「ご遠慮申し上げます女帝陛下。道草を食っている時間はないので。」


 至極真面目な顔で零が告げると、マリアは仕方なさそうに溜息をつく。


「貴方も久し振りですね、零。」


「えぇ、帝國での一件ぶりですが。ところで、お部屋を変えて頂いてもよろしいですか。」


 茶会の集まりを見て眉を下げると、マリアは、いいでしょう、と言って二人を連れて立ち去った。


「それで、用件はなにかしら。」


 薄黄緑と金のストライプ布が張られたソファーに腰掛けて、零とフリードリヒ二世はマリアに向かった。


「はい。ご存知かと思いまして。」


 ゴーレムが用意した紅茶を受け取り、零は喉を潤した。


「フランツ陛下の居場所です。」


 紅茶の水面を眺めていたマリアが顔を上げる。


「……そんなもの聞いて如何するつもり?」


「オーストリアに協力者が必要なだけです。シュヴァルツはオーストリア国土エーデルワイスと連絡が取れないという事なので。」


 ソーサーごとサイドテーブルに置くと、零は細い脚を組んで膝の上で指を組む。


「私が彼の居場所を知っている根拠は?」


「帝國でも沢山接触なされていますから。ほら、ご夫婦だったですし。」


 肘掛にもたれて、マリアは纏め上げた髪を人差し指で撫でる。地中海を思わせる真っ青な瞳を少し伏せ、マリアは重く長い呼吸を一度する。


「えぇ、そうです。確かに、私はフランツを探してはいます。ですが未だ見つけるには至っていません。シュヴァルツから仕入れた情報では、確かにオーストリアに姿があるという話が多数入っているのですが。」


 栗毛の眉を怪訝そうにひそめて、フリードリヒ二世はティーカップの縁を撫でた。


「なんでそんなものが分かるんだね……。」


「ROSEAでは、世界のどこにだれがいるのか全て把握できます。監視目的の施設ですから当たり前です。それを悪用する事は一切ありませんが。ですが……。」


 肘を立てて口元を覆い、零は眉間に皺を寄せた。壁に施された花弁を舞う壁紙を見つめて、少し沈黙を守った。


「ですが?」


「ですが、正確な位置を測れないのは基本的に俺やリチャードなどの[神]に限ります。それも非常の時。現在[堕天使]に位置するフランツ陛下が常時その状態であるのはあり得ません。」


 フリードリヒ二世は、現状を把握しながらマリアに視線を向けた。困ったような泣きそうな、そんな顔をしながら呟く。


「何かカラクリがあると言う事ですか?」


 紅茶を飲み干して、零は脚を解くと姿勢を正した。


「……まぁ。取り敢えずは自分らの足で陛下を探しましょう。と言う事で、フリッツ陛下を暫くここに置かせて頂きます。」


「はい分……はあ?」


 突然にっこりと微笑んで両手を合わせる零に、マリアはうっかりフリードリヒ二世に関して承諾しかける。


「くれぐれも喧嘩はなさらずにお願いします。してもいいけど口だけで。」


 見事に居候の前提で話を進められ、マリアは腰を浮かせて前のめりになりながらフリードリヒ二世を食い入るように見つめる。


「今日の夕食はうなぎのパイで。」


「あぁんなこってりしたもの食べられますか!!」


 * * *

毎日夜0時に次話更新です。

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