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神秘学メンズラブシリーズ"nihil"  作者:
第二巻『[人間]の業は 人の傲慢で 贖われる。』(RoGD Ch.3)

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Verse 3-5

 仲良いんだ、とジャンはフィリップ二世とただただ正面を見ていた。ジャンはいつもの親衛隊制服に身を包んで、日光に目が眩まないようサングラスをかけて自動車を運転していた。


「っつーかやっぱルプレヒトの野郎も[シシャ]だったんだな。」


「それ。」


 ハンドルを切って道端に車を止められる場所があるのを確認して、ジャンは慣れた手つきで路上駐車を決める。


「さーて、公式行事に紛れてくるって事は積極的に参加しなくちゃ。」


「おう、期待してるぜ聖女様。」


 窮屈な車内の緊張を解こうと背伸びをしたジャンに、フィリップ二世は肩を二度ほど叩いた。


「ま、ナビよろしく。」


 ジャンの進行方向とは真反対へ歩いていくフィリップ二世は、ひらひらと手を振ってその場から忽然と姿を消した。ジャンはジャケットの襟元を正すと、小走りで集合場所へ向かっていった。




 沢山の国民達が、我先にとまるで前に飛び出しそうな勢いでお互いの国旗を振っている。その歓迎ぶりに鼓膜の感覚をなくされながら、ジャンはジークフリートの隣に立っていた。


「いやーすごい歓声。」


「相手は日帝の外相だ。そりゃ喜ぶだろうよ。」


 苦笑いするジャンに対して、ジークフリートはゲルマンらしさを伺わせる生真面目な顔で答えた。二人は今、大日本帝国外務大臣を乗せる車の前に立っている。


(ジャン、列の真ん中らへんにいる。)


 思考に直接呼びかけてきたフィリップ二世に、ジャンは列を眺めるようにして視線を移動させた。


(見つけ……たかな?)


 内心首を傾げて、ジャンは目を細めずによくよく視界を確認した。見知った姿は一つ、それは帝國で面識のある悠樹清張の姿である。そして、その後ろに若干レイと姿の似ている青年の姿があった。別の外交官と親しげに話をしている。


(あぁ、肌がやっぱなんか変わってるがあれだろ。ファミリーネームはユウキなんだろ? あぁ待てよつまり……悠樹の野郎も[シシャ]だったって事か!?)


 驚きの声を上げるフィリップに、ジャンは口をへの字に曲げた。正しくそういう事なのであろう。


「松岡殿、紹介致しましょう。こちらは親衛隊少将のジークフリート・フォン・ヴェーラーとハンス・フォン・ヴァイゼンブルクです。」


 上官に紹介されて、ジャンとジークフリートはほぼ同時に正確な敬礼をしてみせた。


「短い期間ですが、我が国土での時間をお楽しみください。」


 代表としてジークフリートがそう告げると、大臣は自身の家族をジークフリートへ挨拶させた。大臣自身もまた微笑んで会釈し、車に乗り込んだ。


(これ、零さんとどう接触すればいいんだ!?)


(分っかんねぇよ! 現場で考えろ!)


 一集団につき、ジークフリートが送る一言を右から左に流しながら、ジャンはじりじりと近付いてくる零を目で追う。


(やばい、なにも思い浮かばない……。)


 冷や汗を流しながら、ジャンはついに目の前にやってきた悠樹の制帽をじっと見つめ始めた。


「悠樹清張大佐。こちら、親衛隊少将のジークフリートとハンスです。ジークフリート、こちらは大日本帝国には珍しい諜報部隊を取り仕切る、悠樹隊長殿とそのご家族だ。」


「はっ、諜報の腕は随一と友人から聞いております。良い旅行をお過ごし下さい。」


 内心、そうだね、と棒読みで返して、ジャンは出来るだけ余裕を繕った。


「お褒めの言葉を頂けるとは光栄だ。こちらは自分の妻の継子、そちらは息子の零だ。お見知り置きを。」


 すると来賓には珍しく、悠樹の後ろにいた零が手を差し出してきた。


「初めまして、ジークフリート閣下、ハンス閣下。ドイツ良い所ですね。憧れのアーリア人を間近に見れてとても嬉しいです。」


 にっこりと微笑んだ零に、ジャンはちらりとジークフリートを見た。眼前に手を差し出してきた同じくらいの身長の青年を見据えて、一ミリたりとも動かない。


「あ、敬礼を解いてはいけないんでしょうか……。」


 我に返ったようにジークフリートは上官にアイコンタクトをとった。ゆっくりと腕を下ろし、ジークフリートはその細い手を握った。


「短い間ですが、よろしくお願いします。閣下。」


「は、こちらこそ。またお会いできれば嬉しいです。」


 ジークフリートとの握手が終わると、次はジャンに手を差し出してきた。


「また夜にでも、零殿。」


「えぇ、こちらこそ! お話させてください。」


 満面の笑みで車に乗り込んだ零を見届け。ジャンはほっとため息をつき、また元の敬礼の態勢をとった。ジークフリートが零の微笑みをまじまじと見つめたのもよく分かる。帝國の一件や、彼自身が同性愛者である事もあろうが、それ以上に、その微笑みはどこか魔性の雰囲気を漂わせていた。




 零とジャンの接触を確認し、フィリップ二世は無線を通してリチャード一世達にその事実を伝えた。


『成る程、零もジャンを確認出来たか。』


「あぁ、帝國の記憶はあるんだな?」


 目標が乗り込んだ車を屋上から追いながら、フィリップ二世はそう尋ねた。


『まぁそれもあるが、零はもっと前にジャンと接触している。ジャンの方は最近記憶が戻ったばかりの上、多忙だったからな。ぱっと見ても見覚えくらいしかあるまい。』


「あっはい。」


 適当に返事をして、フィリップ二世は車から降りて建物に入って行く零の姿を見つめた。




 襟ぐりの大きく開いたタイトなドレスを身につけた女性、スーツや軍服をしっかりと着込む男性。第一次世界大戦に負けたとは到底思えないほどの、絢爛豪華なダンスパーティである。零は取り敢えず、そう思った。


(いやしかし、墓参りする暇あるかなこれは。)


 人混みを避けて歩き、あの諜報部隊のとこの、と声をかけられれば適当にあしらい、零は目的の人物達を探すのにそれとなく一心不乱になっていた。いい年の金髪碧眼はそれなりに珍しいが、ヒトラーはよりにもよって金髪碧眼ばかりを集めるのだ。今回の零にとってはいい迷惑であった。


「あ、零さん!」


 シャンパンをこぼさないように振り返ってみると、ジャンが手を振ってこちらに来るよう促していた。日本の平均身長より幾分高いとはいえ、ドイツ人の波に入ってしまえば零もそう高くはない。若干息を詰まらせながら再び波を掻き分けて、零は漸くジャンに接触する事が叶った。


「先程はどうも。」


「まさかまたお会いできるとは思ってませんでした。」


 しらじらしく頭を掻くジャンに、零は人懐っこい微笑みを浮かべた。


「ところでもう一人の方は? ジーク、フリート閣下でしたっけ。」


「あぁ、彼なら総統閣下の挨拶回りに駆り出されて……。暫くしたら帰ってきます。」


 良かったら、とジャンは近くにあった二人掛けのソファーを勧めると、零は返事もせずにクッションに身体をうずめた。


「ドイツは初めてですか……?」


 空になったグラスをウェイターが運ぶ盆の上に置いて、ジャンは零の隣に座った。


「敬語外していいよ。」


 サイドテーブルに置かれた一口サイズのケーキを頬張り、零は人混みの中へ視線を送る。


「えっと……ドイツ初めて?」


「この時代は初めて。」


 含みのある物言いに、ジャンは顔をしかめた。


『別の時代のドイツには行った事あるって事じゃね?』


 零がいる側とは反対の耳につけた無線から、フィリップ二世のノイズ混じりの声が響いてきた。


(つまり昔のドイツ?)


『そういう事だ。ただ、ドイツって名称ができたのはつい最近だ。長い間、あそこらへんは神聖ローマ帝国だったからな。』


 その名前くらいは覚えがある、とジャンはなけなしの知識からドイツに関する情報を捻り出した。

毎日夜0時に次話更新です。

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