Verse 2-11
ニコライ二世はまた暫く海軍のほうを探ると言って、早朝に家を出た。
「成る程、貴方の知人のところにラスプーチンが出入りしていると。」
一昨日に見た黒い布の話をすると、フェリクスはアルフレッドの話をそう纏める。
「えぇ。気配は少なくとも三人。坂本隼人とラスプーチン。あともう一人は——」
「恐らくユーサーってところか。」
一度背伸びをして、ジャックは頭の後ろで手を組んだ。ロビンも深々とため息をつく。
「昼間に来てくれるならそこで待ち伏せする手もありますね。ジャック殿、貴方がいれば空間遮断の結界はいとも容易いでしょう。」
「部屋だけ切り取るってぇ? まぁやれない事はない。でもどうするんだ? 四人でドタドタとその坂本とかいう男の執務室に入るわけにも行かないだろ。どう考えても不審がられる。アルフレッドがいてもだ。」
三人の視点がアルフレッドに集まる。
「……僕が三人を空間転移しろって言いたいんだよね。分かるよ。でもまず執務室に入れてくれるかな。」
「そもそも[人間]にやたらめったら我々の姿を見られたら不味いからな。扉を開けた所で鳩尾らへんを膝蹴りして部屋にねじ込め。」
暴力的な案ではあるが、ロビンの言う通りであった。他に対処のしようがない。いつものように夜にあっても、あの二人には逃げられるだけなのはよく分かった。
「分かりました。坂本君の口振りだと頻繁に行ってるみたいなので……。」
大きく息を吸って、アルフレッドはため息を吐き出す。悠樹の信頼をあまり裏切るような事はしたくなかったのだがこの際は任務が優先である。
「張ります。」
立ち上がるとともに、アルフレッドはそう決意を固くした。
ジークフリートに別れの挨拶を言って、ジャンはその日の昼、早退した。
「そろそろ機が熟したという事で、作戦を練りましょう。あちらも話がついたそうですし。」
まだ月が昇ってない時間、ジャンとフィリップ二世の家をリーズが訪れた。今はソファーで、お土産のマカロンを食べながらコーヒーを飲んでいる。
「あちらってどこ?」
「日本の話だな?」
コーヒーを飲み込みながらリーズは頷く。
「えぇ。日本では現在、レイさんの指揮下で[ルシファー]の名誉挽回の為に日々計画を進めていました。足並みは揃えておいたほうが後で楽なので、こちらも同じくらいの時期にリチャード一世陛下を取り戻しておくが得策かと。」
「成る程な。だがこっちは日本みたいにメンバーがいないからそう易々とはいかねぇぞ。[ルシファー]は戻りたがってるらしいがルプレヒトにそんな気配は微塵もないんでね。」
椅子の後ろ足二本を浮かせてバランスを取っていると、フィリップ二世はにやつく。
「それともなんだ? 強力な助っ人でも呼んでくれたのか?」
ルプレヒトを抑えるのに、フィリップ二世ではまだ役不足である。しかし、今の彼の視線の先にいる男が仲間に入ってくれるのであれば、話は別であった。
「え、何?何かいる?」
慣れた手つきで施錠された扉をこじ開けて、体重を感じさせない軽い動きで屋敷の中に入り込んできたのは、他でもないニコライ二世であった。
「お疲れ様です陛下。どうぞ座ってください。」
フィリップ二世の向かいに座ると、ニコライ二世は背中に背負っていた狙撃銃を机の上に置いて椅子を引いた。
「戦闘になるようならルプレヒトの足止めは私とフィリップでする。ジークフリートはどうにでもなるだろう。問題はヨハンをどう連れ出すかだ。」
「人気がないほうがいいんだよね。仕事をサボってどんぐり拾いに林に行こう! ないわ。」
一人で提案して頭を抱えるジャンに込み上げる笑いを抹殺しながら、フィリップ二世は言った。
「ここは?俺らの家にお招き。」
「職場から遠すぎます。休日に呼ぼうものならルプレヒトさんがついてきかねませんし。」
口を尖らせて、フィリップ二世は机に顎をつける。
「この際、何気なく外に出て離れたところで、お前が好きなんだ、とか告白する。どうだ?」
全員の目がジャンへ泳いだ。考える事は一緒であり、最初にそれを口にしたのはリーズであった。
「他人に聞かれたらまずくないですか?ナチスでは同性愛禁止ですよ。」
「んなこたぁ百も千も承知だよ! 聞かれないようにやるくらい出来るだろ!」
フィリップ二世の怒鳴り声が消えるとともに、再び視線がジャンの方向へ集まった、
「それしかなさそうだし……。」
戸惑いがちに、恋愛相談に乗っている男子高校生のような表情をして小さく頷く。では、とリーズは机の上で指を組んだ。
「ジャンさんとリチャード一世陛下の追尾は父さんと陛下にお任せします。僕はいざという時のルプレヒトさんに待機を。」
素早く立ち上がり、ニコライ二世は再び狙撃銃を手に取った。
「決行は?」
「……では、一週間後に。」
* * *
来ました、とアルフレッドの声が無線機の向こうから届けられた。ジャックはミカエルと一緒に近くの並木のベンチから立ち上がる。
「ここら辺にも結界張って置いた方がいいかなぁ?」
「もう張ってます。」
アルフレッドが転移を行うという事は、突然その場から二人の姿が消える事になる。人目に警戒して越した事はない。
「ん、そうか。」
もう一度倒れこむようにベンチに座りなおして、ジャックは口に咥えていた煙草をつまんだ。
「ロビンは、ユーサーに会ったらまず何する?」
空を見上げる上司は、どこか重荷を降ろしたように安らかな顔をしていた。
「殴れれば殴ります。」
「そっかぁ。じゃあ俺も殴っとこうかな。」
殴れたら、とジャックはロビンの答えに対してケラケラと乾いた声で笑った。
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