Verse 2-9
フェリクスに見送られて、二人は悠樹清張大佐が隊長を務める諜報部隊の敷地へと足を運んだ。
「隊長ですか?少々お待ちください。」
受付の隊員にそう言われて、アルフレッドは頭を掻く。
「僕が悠樹と会ったのは第一次世界大戦の少し後だったから、多分僕と接触した記憶はあるだろうと思うんだけど。」
「一度人の顔を見たら忘れない男。心配は要らない。」
呟いたニコライ二世の言葉通りに、アルフレッド達が案内されるより前に、来訪を告げられた悠樹が顔を見せた。
「またお前か。何の用だ?」
初老の男だが、相変わらず髪の毛は真っ白で、額には大きな切り傷の痕が残っている。
「あーちょっと会いたい人がいて、島田君いる?」
「島田なら今、自分の執務室で仕事の筈だ。行くなら自分で行け。」
あっさりと許可を得て、二人は受付に島田の執務室の場所を聞いた。途中まで悠樹の背中を追い、その後別の角を曲がって島田の執務室の扉をノックする。
「どうぞ。」
いつもの生真面目さとは打って変わって柔らかな声音に、アルフレッドは少し驚いた。扉を開けると、島田はタイプライターを前に文書を打っていた。
「お久し振り、島田君。」
「……あ、アルフレッドさん!」
部屋に踏み込むと、島田は慌てて立ち上がった。簡易的なキッチンでほうじ茶を入れると、島田は二人に湯呑みを渡した。
「邪魔して悪いね仕事中に。ところで君は、咲口君を知ってるかな。」
「……はい、知っています。」
暫く茶柱を興味深くしげしげと見つめていたニコライ二世は、そっと湯呑みに口をつけた。
「という事は、君達は、この前の事は覚えている。記憶をなくすはずの転生の理をスルーして来た事になるね。」
「転生の理がなにか存じかねますが、はい。確かに、自分達がこの年代にいるのは二回目である事ははっきり記憶しています。その口振りだと、アルフレッドさんも……。」
ほうじ茶を一口飲んで、アルフレッドはその熱さに一瞬口籠もった。三度ほど頷き、彼は話を続ける。
「まぁ、僕らはその記憶がないほうがおかしいんだけど、それは今度話すよ。咲口君達が海軍にいる事は。」
「……いえ、知りません。」
驚きはしなかったものの、無念そうな顔で俯く。
「敢えて聞くよ。知らないなら、知らないで構わない。君達はどうして記憶があるんだい?」
「分からないです。帝國で地震があった時、自分には確かに死んだ感覚がありました。隣にいた咲口も恐らく。ただ、その後、この世界に来るとなんとなく予想してましたから、また帝國にいた事に少し驚きました。」
ほうじ茶を啜り続けていたニコライ二世の手が止まる。
「また、帝國に、いた……?」
「地震がなかった、イフの帝國。俺達はそこまでだけ突き止めました。色々と教えてくれた女学生はレプリカ、と。最終的には、あの帝國は消失の危機にあって、俺達もそれと同じく消えそうになっていたのですが、その時一人の青年が助け出してくれたのは、記憶に鮮明です。なんにせ、それからまだ一年も経っていませんから。」
島田が明かす事実を聞くのは、アルフレッドにとって目を見張る思いであった。
「その女学生は!? 青年の名前は!?」
「女学生は理恵と名乗っていました。もう一人の青年は名乗りませんでしたが、ROZEN元帥がついていたのは覚えています。」
バスカヴィルの事を聞いて、ニコライ二世は心底驚いた声を上げた。
「なんだと……?」
「ジャックが言ってた[ルシファー]の体を乗っ取った男だ……。元帥は、バスカヴィルは、[ルシファー]の皮を被った全くの別人。だから、その青年についてたのは[ルシファー]の肉体に入っていただれかさんなんだよ、ニッキー! ユーサー王が気になってるって言ってたのはその男だ! 島田君、青年の特徴は?名前以外に!」
興奮して机から乗り出すアルフレッドに半ば気圧されながら、島田は続ける。
「はぁ、特徴と言っても全身をマントで包んで、顔も目深にフードを被っていましたから……。特徴的だったのは、それなりに日焼けをしていて、恐らく男であるのにまるで紅を塗ったような唇をしてました。それと……彼の持つ刀、珍しくあれは双刃です。」
「双刃の刀……。」
それを持つ人物を、ニコライ二世とアルフレッドはたった一人だけ知っている。
「零だ。」
その言葉は、乾ききった喉から出て歓喜と感嘆に満ちていた。
頭を整理する為に、島田に礼を言って執務室から出ると、二人は黙ったままなにも言わずに正面玄関へ歩みを続けた。ふと耳に聞き覚えのある声を聞いて、アルフレッドは速度を落とす。帝國でもたまに姿を見かけた、坂本隼人の声である。
「まぁたあんさんか、相変わらずお暇なお人やなぁ。」
答える声は低くて聞き取りづらい。しかし、壁が途切れるや否や、すれた黒い布の裾がちらりと見えてニコライ二世の前に腕を出す。
「何?」
「だれかいる……。」
実際、正体不明では全くない。アルフレッドの目にはその黒い布だけで十分だった。グリゴーリーが身にまとう正教の神父服の一部である。
(なぜ彼がここに?)
ニコライ二世とは縁の深い人物であるが為に、アルフレッドはその声が聞こえなくなるまで足を止めていた。
「誰か?」
「もう行ったから行こう。ちょっとあれに会うと不味い事になりそうだったからね。」
苦笑して、アルフレッドは再び歩き始めた。
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