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神秘学メンズラブシリーズ"nihil"  作者:
第二巻『[人間]の業は 人の傲慢で 贖われる。』(RoGD Ch.3)

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Verse 2-7

 アルフレッドの一行は、それぞれ昭和の東京の街へ繰り出した。最初は目撃された場所、それからその周辺を、段々と距離を伸ばしてくまなく探す。彼ら[シシャ]に身体的疲労はない。睡眠をとらない事は、ある程度の精神疲労には繋がるが、一夜ではさして障害にはならなかった。


「そういえば。」


 真っ暗な雑木林を見て、アルフレッドは足を止めた。数歩先に行って、ジャックは振り返る。


「なんだぁ? どうした。」


「あ、いえ。[ルシファー]がバスカヴィルに似ていたのはなぜですか。」


 確かに聞こえた、昨日の声。あれは紛れもなくバスカヴィルのものである。


「あーそっか。アルフレッドはリチャードとジャンがメイン任務だったからな。……話をすれば長くなる。ま、歩きながら喋ろうや。」


 両手を頭の後ろに回して、ジャックは再び、[全能神]であったとは思えない呑気さで、砂利道を闊歩し始めた。


「あの時は大変だった。なにせ、俺の上司のソロモンから[ルシファー]の身体がたかが[人間]如きに乗っ取られた、なんて言われたんだからな。流石にあれは大笑いだった。でも実際、[天使]一人を派遣して話を聞いてみれば、その姿形、完全にユーサーだったわけだ。ヘーゼル色の髪が黒になってたのは元々だったし、声もユーサーそっくり。ロビン達を帝國に派遣したのはその為だったんだ。」


 柵を飛んで乗り越えて、ジャックは青白い月を見た。


「俺はバスカヴィルについてはよぉ知らん。なんつったって、体はユーサーでも、中身はユーサーじゃないんだからな。」


「えぇ、そうですね。私はバスカヴィルそのものではありません。」


 ジャックの周囲の空気が一瞬、青白く細い閃光を放った。アルフレッドも身構える。その人影は、昨日見たのと同じものだ。


「二日に渡りビンゴだ。いい運してるなアルフレッド。」


「生前から運ばかりはいいので。」


 片膝をついていた体勢から、ユーサー王はゆっくり立ち上がる。


「父よ、なぜ人間界にいらっしゃったのですか。」


 ちらり、とアルフレッドが横を見ると、ジャックは呑気な体勢のまま頰を掻いた。暫く沈黙が走る。


「えーっと……。いや、色々思い付いたんだけど、取り敢えず言いたい事は。……昔みたいに短気じゃなくなったな、ユーサー。」


 続いた言葉に、アルフレッドは思わず大ゴケをかましそうになった。全く答えになっていないし、意図的に逸らしたのかもいまいち分からない。立ちはだかるユーサー王でさえ、思わずきょとんとしている。


「いえ、元より短気では……。」


「違う! 事件の時よりだよ、この馬鹿! お前いつまでも空気読めねぇな!」


 口論が始まる、とアルフレッドは別の緊張を発動させたが、それは空振りに終わった。あまりに悲しそうな顔をユーサー王が浮かべる。


「ごめん、地雷踏み抜いた。構えてくれ。」


「えぇ、今ので!?」


 緊急事態に慣れているアルフレッドは、慌てもせずに戦闘態勢を取った。今はメンタルがくそだから、と呟くジャックの声は、右から左に抜けていく。右から耳をつんざくような金属音と、視界を焼くような青白い閃光がアルフレッドを襲った。


「眩し!」


 道の脇に避けて光が放たれた場所を見る。地面はすっかり黒焦げになっており、元の位置より若干後退したジャックの右手には青白い光がばちばちと音を立てている。


「神の雷、この身に受ける日が来ようとは。」


「お前が勝手に地雷を踏ませるからこういう事になるんだよ!」


 ユーサー王はいつの間にか剣を抜いていたが、ジャックの雷をまともに受けたのか手が痙攣を起こしている。


「よし、本題に入ろう。お前、こっちに戻る気はないのか?」


「ありません。」


 一層ジャックの手が青白く光るとともに、その雷の光は空気を舐めるように細長く伸びていく。


「いや、今のは嘘だな。恋愛事以外、提案されたらお前はよく考えるタイプだった。」


 痙攣が収まり、ユーサー王は剣の柄を一層強く握った。


「そうですか。」


 アルフレッドが介入する間もなく、それこそ雷のような速さで二人は再び戦闘を開始した。必死に目で追っていても、アルフレッドの動体視力では風を捉えるだけで精一杯である。後ろに飛びすさったユーサー王を、ジャックは隙なく追いかける。


「私が貴方に反逆を仄めかした時、貴方は、別になんとも思わない、お前やらないから、などと投げやりに言ったではないですか!」


「投げやりじゃない、お前を信用してたから言ったんだ。」


 声を張り上げる事もなく、ジャックは努めて冷静にそう囁いた。


「う——」


「嘘ではないな。」


 楽しそうな低い声が空から降ってくると、ジャックはやっと形の整った雷で斬撃を跳ね返し、後ろに下がった。


「ラスプーチン!」


 声を張り上げるアルフレッドの横に、フェリクスもまた降り立った。どうやらフェリクス達もまた、グリゴーリーと接触したようだ。遅れて、ロビンがジャックの背後に立った。


「そこな私より恵まれた環境になかった馬鹿が、そんな巧妙な嘘をつくと思ったのか。それよりあれの言葉にもっと耳を傾けろ。堕天の時は投げやりだったかもしれんが、今はお前に戻って欲しくて必死のようだ。」


 神の心中でさえ見透かすように、グリゴーリーはじっとジャックの目を見返した。


「……私に戻る権利はないのです、父よ。お引き取りください。」


 苦痛にもがくような震える声を聞いて、ジャックは思わず手を伸ばしかけた。しかし、後ろに立っていたロビンの手がその腕を掴むと、諦めたように手を半分下ろす。


「今はまだ……多分。」


 ユーサー王を掴んでも振りほどかれるだけだろう、ロビンは敢えて続けなかった。ロビンがそう思うのであれば、ジャックもまた分かっているのだ。


「……話は終いか? では帰るとしよう。また会おうではないか全能の。」


 背後でユーサー王の姿が黒い靄に完全に溶けると、グリゴーリーも振り返って歩き始めた。アルフレッドの背に立っていたフェリクスが、慌てて彼を追いかける。慌ただしい足音を聞いて、グリゴーリーは数歩で足を止めてしまった。


「グリゴーリー・イェフィモヴィチ。貴方、一体目的は何ですか? ユーサー王に戻っても良いと言いたげなあの言葉、貴方の存在と相反するのでは。」


「……そういえばそうだな。[原罪]は[堕天使]を束ねる為に作られたものだ。そんなお前が、何故ユーサーの復帰をほのめかした?」


 肩越しに振り返った顔は、片眉を上げた。


「そうだな、お前達の基準では相反しよう。だが、よくも考えてみろ。なぜ反逆者である[堕天使]共を束ねる必要がある? お前なら分かるはずだがな、ジャック。」


 滑らかに出てくるグリゴーリーの言葉を聞きながら、ジャックは徐々に目を見開いていく。


「それは——」


「帰る。ではまた。」


 一歩踏み出すとともに、グリゴーリーもまた、黒い正教の神父服もろとも消え去っていった。

毎日夜0時に次話更新です。

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