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そこの親も居ない中弟妹を養っていそうで善良そうな一般高校生

「――兄ぃ!」


 よし。この決勝戦に勝てば俺はパン食い競争地球代表だ。そうなればゴールで待ってくれているツララやスイカ、モミジにもっと美味いパンを食わせてやれる。

 重要なのはタイミング、そしてどのパンを狙うのか。真ん中辺りにある小粒のパンは表面積こそ小さいが、形状からみるにおそらくカレーパンだろう。もし激辛であった場合ペースダウンは避けられない。


「――ツクシ兄ぃ!」


 あえて甘口の可能性に賭けてあれを狙うか、もしくはその隣のパイ生地で出来ているパンを狙うか? いや、水分補給が出来ない状況でパイ生地に飛びつくのは軽率過ぎるか。

 こうやってスイカも応援してくれているわけだし……って、あれ? スイカ達はゴールで待っているはずじゃ?


「いい加減に! 起きろー!」


 俺の意識を覚醒させるには充分な声量。加えてズドンと腹に響いた大きな衝撃がセットとなり、瞬く間に現実に引き戻される。

 腹の上に乗っているのは、猪瀬にファミレスで嫌というほど長所をプレゼンされた長女、スイカだ。

 さっきまでパン食い競争地球代表選考会に出ていた俺が、現状を理解するのに二、三秒。そして理解したと同時に、心臓を猛禽類に掴まれたかのような感覚が走った。


「やべぇ! やっちまったか!? 今何時だ!?」


 俺は慌ててスイカを腹の上からどけると、急いで時計に目をやった。

 短針が示しているのは四十五分。寝起きで朦朧としている頭では長針が五時なのか六時なのか、咄嗟に判断出来ない。


「六時前だよ、大丈夫。それにしても珍しいね、目覚ましもかけずに寝てるなんて。寝るつもりじゃなかったのに寝ちゃったってことだろ、あんまり無理すんなツクシ兄ぃ」


 ――よかった。俺は時間の判明と同時に、ほっと胸を撫でおろす。

 そして無理をしているわけではなく、お前に対する恋愛相談を聞いていたら寝る時間を逃してしまったわけだが、さすがにそれを本人に伝えることは出来ない。

 冴えてきた頭でスイカに目をやると、まだ制服を着ていて髪をゴムで束ねたままだ。部活帰りは汗をかくのでいつも直ぐにシャワーを浴びて髪を梳かすのに、先に寝ちまってる俺に気付いて起こす方を優先してくれたのか。


「そうだな、本当に助かった。ありがとうスイカ」

「いいよ、いつも私達の為に頑張ってくれてんだもん。今日は部活が早めに終わってよかったよ」


 スイカが起こしてくれたということは、モミジはまだ帰っていないのか。モミジは手芸部でバスケ部のこいつより終わる時間が早いので、いつもの帰宅順でいえば俺、モミジ、スイカのはずだが。


「あ、そうそう。モミジは今日帰りに買い物してから帰るって言ってた。晩飯は奮発して唐揚げらしいぞ、なんていったって今日は給料日だからな! あ、ツクシ兄ぃの!」


 無邪気な笑い声と共に、タイミング良く俺の心を読んだかのような発言をするスイカ。

 そうか、今日は給料日だったな。また一ヵ月乗り切ることが出来てなによりだ。


「ところでスイカ、ツララの様子って見たか?」


 家に帰った後からの記憶がないので、おそらくそのまま睡魔に負けてしまったんだろう。故に日課であるツララの様子見を行えていない事に気が付いた。


「……見てない。必要ないでしょ、どうせ一日中部屋に居るんだし」


 いつもテンションの高いスイカはツララの話題になった途端、露骨に表情を曇らせた。

 まぁ、若干十五歳の女子に今のツララを理解しろというのは難しいかもしれない。それでも俺達は兄妹だ、もう少し歩み寄っても罰は当たらんと思うがね。

 ただスイカもツララがこうなる前はべったり懐いていたし、思うところも大きいんだろう。


「分からないぞ、あいつのことだ。いつか必ず一歩を踏み出す日がくる。その時にはまず俺達に相談するだろう、それが今日この日なのかもしれない。毎日宝くじを引いてるみたいでお得じゃねぇか」

「私だって最初は期待してた。でも、もう一年以上になるんだよ? ツクシ兄ぃみたいな考え方は出来ない。だってツララ兄ぃが今少しでもアルバイトしてくれれば、ツクシ兄ぃの負担も減るわけでしょ? 私とモミジも来年からは協力するけど、この一年しんどいのはツクシ兄ぃだけじゃん」


 元を辿ればそれはツララが悪いんじゃなくて、母さんが死んだ後に蒸発しやがったクソ親父のせいなんだけどな。性根が優しく繊細なツララは、母さんの死と親父の失踪、この二つの大きなショックに襲われ心が耐えられなかっただけだ。


「別にしんどくないからそれは大丈夫だ。それに俺は来年から正規で働けるようになる。なんとか母さんの貯蓄も残したままやれてるし、お前とモミジも高校で好きに部活とかやってていいぞ」


 口を尖らせたままシャワーを浴びにいったスイカを見送ると、俺は二階にあるツララの部屋へと歩き出した。

 ちなみに祖父母も両親も居なくて生活は苦しいが、家だけはクソ親父の残した持ち家にそのまま住んでいるのでそこそこの大きさがあり二階建てだ。

 階段を上り一番奥に位置しているツララの部屋に向かおうとすると、ちょうどトイレの扉から出てきたツララが部屋へ戻ろうとするところだった。

 久しぶりに姿を見たが、しばらく散髪をしていないので髪が肩甲骨のあたりまで伸びている。元気な頃のツララと比べるとやはりネガティブなイメージは拭えないな。


「おいツララ、今日の晩飯は唐揚げだってよ。お前とスイカの好物だろ」


 あえてポジティブな話題を振る俺の問いに対する返答や仕草は、ない。俺の言葉など聞こえていないかのように、そのまま静かに部屋の扉を閉めるツララ。

 こりゃあまだ復帰はきつそうか。でもまぁ、久しぶりに姿を拝めただけでも収穫だ。健康で生きていてさえくれれば、こいつはきっと戻ってくる。そう確信しているからな。

 ガキの頃から頭が良くて、義理堅い人気者だった。捨て猫を片っ端から拾ってきては母さんを困らせていた。

 そんな優しくて強いツララを、兄である俺は誰よりも知っているから。

 部屋の前にある朝モミジが運んでくれた食器を持ち上げながら、頑張れよとエールを送る。



 スイカのおかげで無事六時に家を出ることが出来た俺だが、新たな障害に悩まされていた。

 どうやら自分にとって不利益な出来事というのは連鎖する気質らしい。

 思えば、今日は銀杏を踏んでしまった辺りから運がなかった。

 とりあえず顛末を説明すると、俺はいつも通りの時間に家を出ていつも通りの道を歩いている。

 そう、信号無視をしたとか虫を踏み潰したとか、天罰が下りそうなことはなに一つしていないことは強調させてくれ。

 そしていつも通り蜂乃(はちの)神社横を通ったんだが、ここで問題が発生した。

 そいつを確認した時、気付かなければよかった、見なければよかったと心の底から思ったが、おそらく目が合ってしまった。

 おそらく、と付けたのは周囲がかなり暗くなっていて目線の確認が困難だからだ。だが、首はしっかりこちら側を向いていた。

 ガキの頃怖い話を聞いた後に、帰り道で背後に感じた薄気味悪い気配。

 風の音にすら反応してしまう不気味な感覚。

 その記憶がピンポイントで頭をよぎったということは、あまり超常現象や幽霊の類を信じていない俺でも、直感的にあれが現実離れした異質だと判断したのだろう。

 そもそもこんな時間に一人で神社に佇んでいる時点で普通じゃないというのは誰でも感じるか。

 ただそれだけなら、俺は先に迷子の老人や、家に帰りたくないサラリーマンあたりの現実的な可能性を考える。

 しかし俺の意識を不安に傾けた決定的な重さの分銅は、そいつを見つけた場所にあった。

 あり得ないと思われるのは重々承知だ。でも実際に俺は目撃してしまっている。


 そいつが腰かけているのは、鳥居なんだ。


 一応念を押しておくが狛犬や石灯篭じゃあない、鳥居だ。つまりそいつは、地上数メートルの幅数十センチに腰かけてこちらを見つめていることになる。

 一体どうやったら人間があんな場所に登れるんだ。パッと見た限りだが、周囲には梯子なども見当たらなかった。道具ナシで登るなど、どう考えても不可能な場所だろう。

 遠目から見たシルエットこそ人型に見えたが、実際は違ったのか?

 そうでなければあんな場所に座れている説明がつかない。

 ちくしょう、なんだってこの周辺はこの時間こんなに人通りが少ないんだ。

 頼む、誰でもいいから人が来てくれ。

 考えれば考えるほど怖ぇ、怖すぎる。

 そんな俺の祈りも虚しく、人が通る気配は一向にない。反対に、恐怖で再び目線を向けることが出来ていないが、あいつの気配は空気を通してひしひしと伝わってくる。

 そのまま八方塞がりでほとんど足を動かせていない俺を置き去りに、数分程の時が流れただろうか。

 ……まずいな。このままだとせっかくスイカが起こしてくれたというのに、結局遅刻しちまう。

 そうだ。あいつが人間だろうとそうじゃなかろうと、関わらなければ問題ない。

 無視だ、無視。困っている人間なら露知らず、ただ座ってこっちを見つめている奴の相手をわざわざしてやる必要はないんだ。

 俺は恐怖心を押し殺し、鳥居の横を駆け足で抜けようする。

 もちろん鳥居が位置している右側を見ないよう、斜め左の地面を全力で注視しながら。


「おい」


 突然右側から発せられた声に、さっきとは違うベクトルで心臓が跳ねる。それに伴って反射的に肩もあがってしまう。

 おいおい、触らぬ神に祟りなしってのは嘘かよ。

 俺は親も居ない中弟妹を養っているかなり善良な一般高校生だぞ。そんな俺が得体の知れない何かに目をつけられるなんて、あっていいはずがない。

 とりあえずは定石の聞こえていないふりだ、俺に声をかけているのかも定かではないのだから。


「おい、そこの親も居ない中弟妹を養っていそうで善良そうな一般高校生」


 ぜ、絶対に俺のことだー!

 こいつ、完全に俺に話しかけてきてやがる!

 というか普通、見た目でそんなことまで分かるか? まさか心が読める妖怪とかいうオチじゃないだろうな?


「にゃはは、驚いたかのう?」


 それでも無視だ。

 俺の細胞が伝えている、こいつは関わってはいけないモノだと。


「のう主よ。毎日毎日勉強して働いて、疲れてはおらんかの?」


 しかしそいつは返事を返さないことなどお構いなしに、悪徳商法のような語り口で話しかけてきやがった。

 少し冷静に聞いてみると、声質はかなり甲高い。てっきり男だと思い込んでいたが、女か? イントネーションや言葉遣いもこの辺りのものじゃあないな。

 まぁ、こいつの出身や性別なんてどうでもいい。俺は更に速度を速めて強引に突破を計る。

 すると、突然空から目の前に人影が舞い降りた。


「うぉおお!」


 驚きと恐怖で尻餅をついたうえ、情けない悲鳴を上げた俺を見てくすくすと笑う人影。


「実に驚かし甲斐のある奴じゃの。楽しくてしょうがない」


 嘘だろ。

 まさか鳥居の上からここまで、一瞬で移動したってのか?

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