07話【執事の矜持と野望/シュレーゼ視点】
本日7話目です
【執事/シュレーゼ視点】
「姫様、野営、お食事の準備が整いましてございます」
レストライアの野営は他国のそれとは違う。頑丈で豪奢のテント、地べたへ直接座るのではなく、庭園に置かれているのと変わらぬ椅子とテーブル。
携帯食は非常時用として携帯はしている。が、今回の旅ではそこまで逼迫はしていない。
そのため、食事は温かいものを用意する。
野営の準備の間、姫様にはハンモックの上で読書をして頂いていた。
「相変わらず完璧ね、シュレーゼ」
テーブルには既に姫様のお食事も用意してある。執事として姫様にはどこであろうと優雅に、快適に過ごして頂きたい。
いかなる時も。
それが戦場であれども主人の品格を落とさないのが有能なレストライアの執事である。
姫様が手袋を付け替え、席へつかれる。食器も普段お使いになっているものと遜色はない。
その隣に立ち、ご用命があれば即座に動く。
お食事をなさる姫様も、お美しい。
山岳地といえど、平地がないわけではない。なければ作ればよい。
いくつかあるルートの中で速度と野営に適したこのルートを姫様はお選びになった。
あの王子の手紙を受け取って以降、2度刺客と戦った。我々や姫様にとってはまだまだ甘いといわざるを得ない相手ではあったが、撃退のたびに手紙が添えられていた。
恋文。
あの王子は愚鈍の顔をして10年これを画策していたらしい。
私が幾度姫様に「第一王子とは言え姫様には吊り合う男ではない」と忠言を申し上げた男と同一人物とは思えない手際だった。
私の元へは、幾度か王都潜伏中の姫様の陣営の者から魔鳥を使った報告が届く。
王子は塔からの脱出後、聖女ティアナを救い出し、追っ手を撃退し姿を隠した。10年もの間全てを欺いてきた男だ。姿を隠すくらいはなんでもないのだろう。
あの男は、私が殺そう。
姫様のお手を煩わせるまでもなく、私がこの手で切り裂いてしまおう。
戦場へ誘う恋文に姫様は上機嫌であらせられるが、私とクレイデュオは内心、己の不徳に痛憤の限りだった。
あの男を見抜けなかった、この不甲斐なさは、戦場で払拭せねばなるまい。
私もクレイデュオも姫様に恋をする男のひとり。こうしてお側付きで居続けるには毎月の如く決闘に勝たねばならない。
決闘とは言っても、日時も誰が相手かも仕掛けられて初めて知る。不定期に襲い掛かるのは執事として最上級の教育を受けたレストライアの男。
打ち倒した者が姫様の執事としてお側に仕えることが許される。
私は姫様がエメルディオへ向かわれる時、ようやくその栄誉を勝ち取り、そして10年その座を決して他の者に譲らなかった。
最も近い場所で、姫様の生活の全てを取り仕切ることが私の最高の快楽。
伴侶では得られない、私を満たすのは、姫様のすべてのことに関わる権利を私は絶対に手放したくはない。
あの男の作る戦場で功績を上げ、愛人や伴侶のひとりとして選んで頂くにしても、私はそのお役目を手放したくはないのだ。
そのことは、姫様も既にご承知だ。
ゆえに私はあの王子を殺し、姫様の執事でありながら、甘いひと時を頂けるレストライア最高峰の執事となる。
姫様の美貌をとっても、気品、戦闘力、教養その全ては、たったひとりの男に注がれるものではない。
気分で男を選べる、姫様の要望全てが叶うハレムを作り上げたいのだ。
私の野望は、姫様が他国の王妃になったとしても叶うことだっただろう。
それでも姫様が戦場に夢を見る表情をお見せになる程、命を賭けて姫様に戦場をご用意できなかったことを後悔する。
思い切った方法で、エメルディオとの戦争を――例えば、王族たちを半分ほど殺すなどして発端となればよかったかもしれない。
私は日々、姫様のお側につき、王子との婚姻後には、姫様の愛人たちと姫様をもてなし過ごす日々を夢想していた。
だがあの王子は、そうではない。
姫様を独占したいのだ。
そうでなければこんな暴挙を10年隠し通しながら準備しているはずがない。
ただ姫を伴侶として側に置くので満足する男であれば、王となり王妃と共に他国と戦えばそれで済む話。
それを選ばなかったのだ。独占欲以外の何がある。
無論、恋愛感情以外の何かがある可能性もある。が、どちらにせよ。
私があの男に挑み、殺すことに変わりはない。
「ふふ、シュレーゼも楽しそうね」
食後の珈琲を楽しみながら、姫が笑う。
「ええ、とても」
私もレストライアの男である。戦場に心躍らないわけもなく、ご機嫌麗しい姫と共に駆ける場所であれば尚更に。
「姫様に捧げる首級を思えば、心踊ります」
私は微笑み、給仕をする。それは、戦場であれども何一つ、変わらない。
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