25話【勝者/シュレーゼ視点】
【シュレーゼ視点】
目の前の従者は中々に手強かった。
だが両腕を切り飛ばし、脚も折った。彼の生死は姫様が決める。
背後では姫様とフェンラルドの会話が聞こえていた。
あの男が姫様の初恋だと、私は知っていた。
知っていて、何も出来はしなかった。
従者にできることなど、お側に仕え、その御心をお慰めすることしかなかった。
愛人候補としてクレイデュオと共に、姫様の恋心をへし折った男の代わりに愛を注いできた。
肉体的な話ではなく、御心。
今更、何をし始めたのかと思えば、熱烈に姫様を口説く。
何故あの時、そうしなかった。
そう怒鳴りつけてやりたかったが、それは越権行為だ。
姫様にこそすべての決定権がある。
あの男だけを選んだとして、痛むのは我が心だけだ。
姫様が幸福であること以上のことが、あるだろうか。ありはしない。
欠けたものを埋めるために、私とクレイデュオはこの10年、姫様のお側を誰にも譲りはしなかった。
その欠けたものが、姫様の手中に納まるのであれば、それ以上のことはない。
クレイデュオと一晩、自棄酒をして、あとは引継ぎをすればよい。
次の側付きは女性がよいだろう。少なくとも、姫様に恋慕を抱くものよりは。
この身を引く前に、一度あの男の横っ面を殴り飛ばしてやりたいが、それもできないだろう。
姫様の愛するものを、傷つけることなど。
クレイデュオの方も決着がつきそうな気配だった。
だが、聖女は、最後の最後でクレイデュオを無視して、フェンラルドの方へと跳ぶように走った。
その背をクレイデュオが斬りつける。
それでも止まらず、止めようと走り出した時には、遅かった。
フェンラルドを後ろから抱き、背を十字に斬られて尚、離さなかった錫杖を突き刺した。
姫様の、胸に。
姫様の、体が崩れ落ちる。
後ろから押さえつけられたフェンラルドが悲鳴のように姫様を呼ぶ。
フェンラルドを押さえつけている。
様とも王とも渡り合った怪力を持つ男を。背から血を流し、致命傷を負いながら。
「その顔が、ずっと見たかった」
駆け寄れば、姫様は錫杖が刺さったまま、地面に倒れている。
フェンラルドを拘束していた聖女の体が崩れ落ちた。
倒れた姫様の胸から、フェンラルドが錫杖を引き抜こうとする。
フェンラルドの涙が、姫様の体にいくつも落ちる。
「俺が、バカだった。すまないルティージア、ルティージ……」
詫びながら、最上級の回復薬をポケットから出す、その言葉と手が止まった。
「ルティージア?」
「早く回復してくださる? 何もせずに引き抜いたら出血しすぎますわ。処置の順序もめちゃくちゃですのね」
胸に錫杖を刺された程度でどうこうなるような者は、レストライアの王族にも貴族にもいない。
筋肉で止めて、骨と臓器を傷つけさせず、相手から武器を奪う。王侯貴族なら全員が持つ技術だ。
言われるままに、回復薬を傷に垂らすと、錫杖が引き抜かれる。
「乙女の胸をそんなに凝視するものではなくてよ?」
私の選んだドレスは胸元に穴が空き、肌が露出している。
姫様の言葉にはっとして、自分の上着を脱いでフェンラルドが着せる。
「すまない、ルティージア」
「やっと泣かせてやりましたわ。ざまぁですわね」
少女のように、姫様が笑う。7歳のあの頃に、もし欲しい言葉がもらえていたなら、していたような笑顔で。
「勝負は私の勝ちでよろしくて? フェンラルド、まだ続けます?」
「勝負は最初から、君の勝ち以外ない。君が俺をどうしたいのかだけは教えてくれ」
器用すぎて、不器用なのか、この男は。
呆れてため息が漏れる。
最初からただすれ違っていただけで、掛け違っていただけで、バカを見たのは周囲だけ、らしい。
聖女の目も恋をする目だった。フェンラルドの目的を知りながら、この男に恋をするのはさぞかし辛かったことだろう。
哀れな聖女に、クレイデュオが回復魔術をかけていた。
致命傷に近い傷だ。すぐに目を覚ますことはないだろうが。
「私は、あなたの愛が欲しいわ」
「君のものだ、それは。最初から」
唖然として、フェンラルドが答える。
私はその光景に背を向け、フェンラルドの従者の元へ行く。
この従者も、死なせるわけにはいかない。
回復魔術を使いながら、零れ落ちる。
「よかったですね、姫様……本当に」
こうなるような気がしていた。
姫様は、あの男が忘れられずにいることを誰より知っていた。
私が落としたのは、あの男の首ではなく。
ただ一度だけ、誰にも見せぬ、失恋の涙だった。
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