24話【初恋の人/フェンラルド視点】
本日5本目です。明日は完結まで更新します。最後までお付き合い頂けましたら幸いです。
【フェンラルド視点】
……ルティージアが、泣いた。
平手が飛んで、頬で受ける。
身体強化がなければ、首が三回転反はしていただろうことよりも、彼女の涙の方が衝撃だった。
「そんなに、俺に好かれるのは、嫌か」
地獄を這いずる亡者でも、もっとましな声を出すだろう声が、自分の喉から押し出される。
俺の胸倉を掴む、ルティージアの左手には赤い紋章。
このまま彼女を殺せば、ルティージアは、男を知らず、誰のものにもならない。
「誰もそんなことは言ってませんわ」
恐ろしく低い声でルティージアも答える。
けれど怒りと涙に濡れるルティージアもまた美しくて、この女性が、他の誰かのものになるのは、嫌で嫌で仕方ない。
更に平手が飛んでくる。唇が切れて血が出る。
「私の問いに答えなさい、フェンラルド・エメルディオ。何故最初から私を口説かなかったのです」
頬を赤く染めて大粒の涙をこぼす顔を、初めて見た。
こんなに感情的な姿も。
「君にふさわしい武力をつけなければ、相手にされないと思った」
あの時君は、恋をする目をしていた。戦場に恋焦がれているのだと。
だから、それを用意しようと思った。
レストライアでは戦争で婚姻相手を得るという。
それなら俺は、その戦地で、本当の夫になりたかった。
あの目で俺だけを見て欲しかった。
だがそれに民草すべてを巻き込めはしない。
考えながら、体を鍛え上げた。君に相応しい戦争。君に相応しい男。
その両立を。
従者たちといるリラックスした姿を見ては、嫉妬した。
あの日から君は、俺と過ごすときにはそんな顔を見せなかったから。
あんなふうに、側にいて安心させるには、強くなくてはダメなのだと。
比較にならないくらいに、ならなければいけないのだと思った。
泥臭い努力をする姿を見せたくなかった。
君と君の従者はいつだって優雅だったから。
「戦場に恋する目をした女性に惚れたら、戦場だけでなく俺が強くなくてはならないだろう。言える筈がない! 強い従者を愛人候補を連れた初恋の相手に、何も示さずに俺だけのものになれだなんてことは!」
レストライアのことは、出会う前から勉強をしていたのだ。
婚約者は美しい公爵令嬢。約定がなければ、姫であるひと。
その人を娶るのだから、知っておきなさいといわれた。
最初は面食らった。レストライアとエメルディオは余りに違うから。
レストライア貴族の連れ歩く従者は、愛人候補であることも知っていた。
見目麗しい、強くて、俺より長く側に居た男に勝つには、他に方法はない。
戦って、得る以外。
「は……つこい……?」
ルティージアの目が見開かれる。
肩が震えて、笑い出す。
「フェンラルド。……私の頬を、打ちなさい」
胸倉を掴んでいた手が離れる。
ルティージアは、今、何て言った?
その美しい顔を打てと?
無抵抗の涙に濡れた君の頬を?
「そんなことは、できない」
「何故ですの。さっきまで殺し合いをしていたんですのよ」
彼女の頬に、手を伸ばして、涙を拭う。
殺せば、誰のものにもならない。
誰のものにもならないけれど、君がいない世界なんていらない。
「できない。無理だ。俺には、君が俺のものにならないのなら、殺してくれ」
俺の望みは、君を手に入れるか、君に殺されるかの2つしかない。
最初から、君を殺すなんて選択肢は俺にはない。
「君を愛したまま、君の手で殺されたい」
もう、戦えもしないだろう。
君を泣かせてまで、俺は自分の独占欲を貫くことはできない。
「そんなこと、俺が許すと思ってるのかよ?」
低い囁き声。
背後から、抱きとめられるように首を掴まれた。
この声は。
一瞬気を取られた、その時。
「ルティージア!!!」
ルティージアの胸に、錫杖が刺さる。
真紅のドレスが、血に染まった。それは、悪夢のような光景だった。
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