23話【舞闘】
本日4話目です
暗殺戦争でもなく、軍事戦争でもない。
新しい戦争。誰も知らなかったそれは、悔しいほどに私を楽しませた。
森からは戦音が響き、そこに魔物の声さえも混じる。
城と森の間、戦いの平原。つい先日仲間と魔物を埋葬したばかりの土。毎期、森の恵みで踊るように駆ける場所での対人戦争。
集団戦でありながら、個人戦でもあるそれは、国家の意思の闘争ではなく。
友好と交流の武力のぶつけ合い。
こんなに楽しい戦争を思い描ける男だと知らなかった。
知らされもしなかった。
奥では聖女とクレイデュオ、フェンラルドの従者ベルディナッドとシュレーゼがぶつかり合い、互いが主に近づけないよう牽制しながら戦っている。
一対一の、真剣勝負。
当たれば致命の、フェンラルドの拳を鉄扇で弾く。
フェンラルドの拳は強く固い。それでも、無傷とはいかず、皮膚が割けて血が舞い散る。
それを全く居に返さず、フェンラルドの脚が低い位置を狙い切り裂くように蹴りを放った。
スカートの裾を掴み上げ、跳ねてそれを交わす。
一度も手を合わせたことはない。
フェンラルドは、武力の行使を嫌っていると思っていたから。
それだというのに。これほど、呼吸が合うなんて。
何をどうしたいのか、理解できる。理解できるのがわかっているから、遠慮も容赦もない。
相手が強いことを理解しているから、応酬できる。
フェンラルドは物理特化だ。攻撃系魔術系統を持たない変わりに、魔術攻撃を全て弾いている。
デバフも効かない。
お爺様との戦いの時の魔術はスクロールによるもの。
スクロールは魔術系統を持たない者でも魔術の行使をさせる代わり、一度使いきりの消耗品。
フェンラルドに唯一効くのは回復系魔術。多分魔術の系統が特殊。
聖女が回復をしているのかと思っていたが、違う。
彼は、完全自己完結型だ。
自身の魔力全てで、強化と回復を行う。
他者の魔術は、効かない。
「気付いたかルティージア」
私の動きを読んで、フェンラルドが笑んで言う。
「俺に魔術は効かない。蘇生魔術もだ。俺の唯一人の配偶者になるのがどうしても嫌だというのなら、この首を刎ねるといい」
殺せば、終わる?
左手の紋章持ちと同様に、死ねば肉体に魂が戻らない。今、この男はそう言ったのか。
なんという不利を抱えてここまできたのだろう。死線はいくつもあったはずだ。
自己完結型はバフも回復も自分の魔力だけでなく、魂の力を使い行う荒行ともいえる戦闘形態だ。
繰り返せば魂すら磨り減る、諸刃の力。
「何故、そこまでして私を?」
わからない。黙っていても手に入った女に執着して、自身の何もかもを分の悪い賭けにのせた。
そんなことに何の意味があるのか。
「俺がお前だけを愛しているからだ。それ以外の理由が必要か?」
拳、脚技、鉄扇での応酬。スカートが翻り、激しい舞踏のように髪が舞う。
こんなに楽しい時間が、他にあっただろうか。
命の獲り合い。駆け引き。
私があの日、7つの時に、求めたもの。
何故今更になって、与えようというのか。
「納得がいかなそうな顔も美しいが、ルティージア。俺の価値は、お前を自身の行いで得られるか否かにしかない。故に、得られないのであれば殺せ」
鉄扇が、弾かれる。
何故この男が、ここまでするのかわからない。
どうして今更。
戸惑いとは裏腹に体は体術に戦術を切り替える。自然に、当たり前のこととして。
「覚悟はよろしいのね」
手袋を脱ぎ捨てる。これは私の装備ゆえ、多少の泥がつくことは厭わない。
重い手袋が土埃を舞い上げた。
「本気で、お相手するわ」
体術、格闘術。お爺様と戦うフェンラルドを見て決めたことがひとつ。
この男は素手で、しばきあげて、泣かせよう。
結末はどうであれ、そうしたいと願った。
「私、怒っておりますのよ」
私の怒りは、消えなかった。この男に翻弄されることに腹を立てた。
他人の手の上で踊るのも仕事だと思っていたはずなのに。
政略結婚とは、そういうもので、私はお爺様を敬愛している。祖父としても、王としても。
その祖父が交わした約定を守る為に生きてきた。
祖国と違う土地の全く違う慣習の中でも、レストライアであろうとした。
それは、レストライアとエメルディオの婚姻こそが、大事なお役目だと信じていたから。
だけど、私は
「この戦場は、気に入らなかったか? ルティージア」
「いいえ、違うわ」
そうではない。私の怒りは、そういうことではない。
「何故最初から、私を口説かなかったのです」
そもそもはそこで、それだった。
私だってよく考えればわかる。
こんなことに腹を立ててしまうということ。
悔しいのも、腹立たしいのも。
私のすべて理解されていることを前提にしているほど、フェンラルドを自分のものだと信じているからだ。
婚約者だから、そう信じたわけではない。
欲しいものを問われたときに、戦場を求めたのは、あの時私は。
すでに貴方のその目の強さが好きだったから。
あなたに嫉妬して欲しかったから。
共に戦うといって欲しかったから。
最初から、私の戦場は、あの王宮だったから。
あの時、フェンラルドは曖昧に困ったように笑っただけだった。
それが悲しかったことを。
忘れようと思った。忘れて、ただ妃になればいいと諦めていた。
それだけでいいとすべてに蓋をしたのに。
婚約破棄を告げられて、
ただ殺すだけで収まらないと思った。
だけど、どんなに惨めでもいいから生きていて欲しかった。
レストライアに弓を引いて、生きていた王族はいないから。
約定を交わしたのに、それを反故にする者を指名した、王の首をとって終わりでよかった。
だけどそれさえフェンラルドの企みのひとつでしかなくて、最初はプレゼントに喜んだ。
だけど、だったら何故と、腹が立った。
私は、7つの、あの日あの時初めて出会った王子に。
目の前のこの男に、一目見て、恋に落ちた。
レストライアの淑女にあるまじき、はしたなさ。
それでも、貴方を欲しいと思った。
だから許せなかった。
ずっと、私を視界にいれるのに、決して近づけさせないこの男が。
なのに何故、こんなことを今更、
今更愛しているだなんて!
私の手のひらが、フェンラルドの頬を、打った。
避けられたはずだ。
どうして、どうして。
「どうして、貴方だけが私の思い通りにならないの」
言葉と共に落ちるのは。
しばき倒して泣かせるはずの男のものではなく、私の、涙だった。
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