21話【開戦の狼煙】
本日2本目です
「いよいよですね、姫様」
「ええ、シュレーゼ。クレイデュオも、準備はよくて?」
城の前。森の恵みを迎え撃った地に、私たちはいた。
若い戦士たち。そして愛人や伴侶を求める者たちが揃っている。
皆やる気に満ちたよい顔をして、戦端が開くのを待ちわびいている。
初陣の者も多い。かくいう私も戦場に立つのは初めてだ。
私の、初めての戦場。その戦端を開く狼煙が上がった。
皆めいめいに森へ向かって走り出す。
レストライアの戦争は2種類。指揮官が率いる軍としての参戦。完全に国落しをする際の方式。それと、都市戦闘型。腐敗や汚職の元を断ちに行く暗殺型。
此度は、3つ目になる。
各々が、好きなように戦う。フリーバトル方式。
攻め入るエメルディオの戦士と、迎え撃つレストライアの戦士。
強力な魔物ひしめく魔の森で、戦い合う。魔物を狩りながら、好敵手を求めて森を駆ける者もいれば、森の中で潜伏して敵を待つ者もいる。
そして私たちは、その場を動いては、いなかった。
「先に行きたければ行ってもよくってよ、クレイデュオ」
見た目は威風堂々と立つクレイデュオだが、そわそわしているのだろうことが手にとるようにわかる。
「いえ、姫様と共に」
「我慢はよくないわ。そうね、いくらか首をとってきて頂戴。私、まだあの男を許せないの」
命じられ、クレイデュオは森へと駆けていく。
婚姻活動が主とはいえ、これは戦争。首を獲るも獲らないも、娶るも娶らないも、それは勝者が決めること。
実際私はまだ怒っている。あの男フェンラルドに対して。
私は手のひらの上で好きなように転がされて快楽を覚える女ではない。私をよく理解するというのであれば、何故そんなことにも気付かないのか。
話をしてくれればよかったのだ。事前に全て知っていれば、こんなに腹立たしくはなかった。
婚約者だったのだから。
私をこれほどまでに愛していると言い、実行する能力がありながら、どうして。
どうして私に最初からその企みを共有しなかったのか。
愚鈍の顔をして私を欺き続けたのは何故なのか、わからない。
7つの頃から、エメルディオの王宮に住み、毎日のように顔を合わせていたというのに。
信頼に値しない、というのか。
この私を、ただのトロフィーだと思っているのだろうか。
ただ独占をしたい。その欲の為に、私の心など考慮しなかったのか。
考えるほどに腹立たしく、許しがたい侮辱。
だから座してここで待つ。森を抜けてきたあの男を、見物に沸くレストライアの民の前で、縊り殺す。
私を踏みにじりながら愛を囁く男には似合いの結末だろう。
それまでの間に戦士たちの間での婚姻がいくつか成立すればいい。
どちらかの王が負けを宣言する。あるいは首を獲られる。それが戦争の終結条件だ。
お爺様も城の庭園で待機をしている。
最早新しい伴侶も愛人も求めてはいないお爺様は優雅にティータイムを楽しんでいる。
この婚姻戦争自体は、フェンラルドを縊り殺された後も、エメルディオが望むのであれば数年に一度やればいい。
仕組み自体は面白い。だからこそ、それをはじめから知っていられれば、もっと楽しめただろうと思うだけに口惜しい。
森の中で怒号、悲鳴、戦いの音が聞こえる。美しい戦音。
なのに私の心は、ちっとも晴れない。
シュレーゼの用意したお茶とお菓子を嗜みながらしばらく待てば、クレイデュオが2つの首を持って帰ってくる。
それなりに楽しく戦えたようで、顔色がいい。
「よくやったわ、クレイデュオ。エメルディオの戦士たちはどうだった?」
「とてもよく訓練されていました。二度、腕を落とされたくらいには」
クレイデュオは騎士の精鋭だ。その彼の腕をふたりかがりとは言え、二度も切り落とすとは。
よく見れば双子のようだ。瓜二つの若者。性別はわかりにくい、中性的な顔立ちだった。
「とても素早かったですね。他の者の戦いも見てまわりましたが、よい戦いをする者が多く、皆楽しそうでした」
「そう。それはよかったわ」
私は淡々と返して、紅茶を飲む。いい香りなのに、ちっとも心は整わない。
あの男はまだかしら。
ここに辿り着くまでに死んでいたら、蘇生してもう一度殺してやりたい。
生まれて初めて、ここまで他人に腹を立てている。
怒りは消えず、心は冷えず、許すことは考えがたい。
城の前で待機していのは私たちだけではない。
森と、森の中のレストライアの戦士たちを突破するものがあれば、それは強者だ。
強者こそが望みの者が、王の守護を自らに課した者が、ここで待ち受ける。
「待たせたな、ルティージア。お前を最も愛する男がきたぞ」
フェンラルドが、森から現れ、私に向かい言う。
「私を最も愛しているのは私です。待ちわびましたわ。ですが、お忘れですかフェンラルド・エメルディオ王」
私は言葉を区切る。口元にあてていた鉄扇を閉じ、フェンラルドを差す。
「貴方、大将首でしてよ」
その声と共に、戦士たちが殺到する。
私の側で待っていれば、この男がやってくることは、誰にでもわかることだ。
その首を求める者。王を娶らんとする者。栄誉を求める者。
それぞれがフェンラルドに殺到する。
自身の手で縊り殺すのは、その後でいい。
一対多数戦もこの戦争では全く問題がない。ルールを作ったのはフェンラルド自身だ。
それにひき潰される様を見れば、多少の溜飲は下がるだろう。
「この場の全員を倒せたのであれば、私が舞闘のお相手をして差し上げますわ」
言い放ち、クッキーを口にする。甘い菓子と紅茶を頂きながら、その手腕を見せて頂くわ。
読者の皆様へ
お読み頂き有難うございます。面白かった、続きが気になると思われた方は、広告下部にある「☆☆☆☆☆」評価、ブックマークへの登録で応援いただけますと幸いです。いいね、感想、誤字報告も大変励みになります。
あとがきまでお読み頂き有難うございます。拙作を何卒宜しくお願いします。