16話【愛するにはまだ足りない】
本日6話目です
何故か、つい数日前に婚約破棄を告げてきた男が、隣で食事をしている。
祭りで振舞われた酒と食事を普段の上品さはどこへやら、男であることが判明した聖女と共に宴の残り火を楽しんでいる、という姿に悪い夢でもみている気分だ。
背後の私の従者たちは殺気を隠そうともせず、フェンラルドの後頭部を睨みつけている。
祭祀の後は、いくつものテーブルがある城の庭園の中で、かがり火を焚いて夜会をする。
どう考えても、フェンラルドたちは異物なのだが、妙にこの夜会に馴染んでしまっている。
お爺様がこの男を気にいってしまったからだろう。誰も文句ひとつ言わず、彼らと言葉を交わして行く。
「そんなに見惚れてくれるとは、嬉しい限りだな」
フェンラルドが私の視線に微笑む。
背後の殺気が強くなった。
それはそうだ。自分たちを排斥するためだけにこんな無茶苦茶をされては、シュレーゼもクレイデュオも面白いはずがない。
この男、私と戦う前に、戦場で彼らに殺されるのではないか。
「どうやったら殺せるか、考えておりましたの」
にこりと微笑んで答えれば、聖女が妙な笑みを浮かべ、フェンラルドは「なんだそんなことは簡単だぞ」と笑った。
「俺に愛の言葉を囁いてくれれば、俺は死ぬだろう。お前の尊さの余りな」
「物理的に殺したいのですけれど、それで物理的に死んでくれますの?」
「物理的に死んではお前の愛に応えられぬではないか」
「私が貴方を愛したことはないので、応えるもなにもありませんね」
7つの時、初めて会った時の会話以降、私はこの男に興味を持つのを止めた。
この男を愛したかと問われれば、愛したことはない。
企みを知った最初は面白いと思ったし、戦場に浮かれもした。
だがここまでいかれているとも、執着をされているとも、正直思いもしなかった。
元々、盟約に沿った婚約と婚姻でしかなく、相手はこの男でなくとも定められた者であれば、私にとっては誰でもよかったのだ。
あの日から、役割を果たすためにこの身はあると思って生きてきた。
それを破り捨てられたのである。
自由と戦争に沸き立つ心はあれど、今の私に、この男に対する恋愛感情などというものはない。
そもそも、私にとって恋というのは戦ってするものであって、こうした会話や日常生活で生まれるものではない。
フェンラルドが一度でも決闘を望み、私を打ち倒していたのであれば、恋のつぼみくらいにはなったかもしれないが。
王族にとっての婚姻は恋愛で語るものではなく、子孫繁栄のためのもの。
子を産むことが最優先なのである。
恋愛は別腹のものであって、恋愛感情のために国の運営をひっくり返すなどというのは余りに身勝手が過ぎる。
「だからこそ、私はお前に戦場を贈るのだ。お前の心を得るために」
「それは理解しましたわ。ですので戦場以外で私を口説いても無駄だということもご理解頂きたいのですけれど」
この男がだいぶまともではないのは理解した。
国には国の様式があることも理解して欲しいが、聞く耳があるのかどうなのかは怪しい男でもある。
「そんなそなたに惚れたのだ。理解はしている。が、それとこれは別なのだ、ルティージア。俺にとって愛とはお前だけなのだから」
「左様ですか。では頑張って戦場で勝ち得て下さいませ。それ以外では、私が貴方に惚れることはありえません」
「必ず、お前を打ち倒し、惚れせさてみせるとも。我が愛よ」
やはりあまり聞く耳はないようだ。
自ら約定を破り捨てた男の約束に、どれ程の価値があるというのか。
確かに強さはある。決断力も行動力もある。真っ当ではないが、愛もあるのだろう。
それでは、足りない。
私がこの男を愛するには、足りないのだ。
血と臓物、悲鳴と怒号のする戦場で、互いの命を賭けて戦いすらしないのでは。
だがこの男はそれを用意するためにここにいる。
開戦のために訪れた国で、宴席を共にするというありえない形でここにいる。
「では戦場で。私の前に、従者たちに殺されぬようお気をつけて、フェンラルド・エメルディオ。貴方は我が従者たちにこれ以上ない喧嘩を売ったのです。彼らを打倒できれば、お相手いたしますわ」
私が席を立つと、フェンラルドもまた、席を立った。
そして、私へと跪く。
「無論、貴女の望み、全て叶えます」
「ここで死んでと言われたらどうするのかしら」
「まだ蘇生が効きますので、本当にお望みであれば」
この男、私が本気で望めば、本当にやる。
思わず顔を顰めてしまった。
「一国の王が簡単に跪くのはよろしくないのでなくて?」
「俺が跪く相手は生涯ただひとり、貴女だけだと覚えておいて欲しい。ルティージア、必ず君を俺だけの妻にすると誓う」
これ以上の問答は、無意味だろう。
本性がこれだというのなら、最初からそうしていればよかったものを。
「覚えておきますわ。それでは、ごきげんよう」
従者2人を連れ、宴席を辞す。
全く今日はとんでもない日だった。
「シュレーゼ、クレイデュオ、よく堪えましたわね。戦場では好きなだけ、暴れるといいわ」
私の言葉に2人は礼を返す。
その目の殺意は消えるはずもなく、燻っていた。
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