後編
王妃陛下と公爵が会場から退出した後、王妃陛下と共にこの会場に訪れたらしき書記官に促され、グレンは後輩の片付けの声が背後から上がる中、強制的に退場させられていた。
王城に着くと王妃陛下所属の近衛隊に脇を固められ、有無を言わせず自分の部屋に押し込められる。未だに自分のやらかした事を受け入れられないグレンは、ベッドに座り込んでいた。
数時間経った頃、まだ頭の整理がついていないグレンを近衛隊長が引っ張り出し、彼は応接室に連れられていく。
応接室にはグレンの両親である両陛下。彼らの対面にはハズラック公爵が。そして誕生日席には婚約破棄騒動に巻き込まれたエリスと、その父親である宰相のヘイリー公爵、彼女と同年代くらいに見える男性が控えていた。
グレンは王妃陛下の命によりエリスたちとは反対側の誕生日席に座らせられる。彼が座ったのを見て、彼女は口を開いた。
「王家の不始末について、両家に改めて謝罪を」
頭を下げる母に目を見開くグレン。一方で父である国王陛下は平身低頭して謝罪する彼女を見たからか、目が泳いでいる。
エリスは彼女の行動に動揺することもなく、父であるヘイリー公爵へと顔を向けて微笑んだ。
ハズラック公爵はヘイリー公爵がエリスに頷く姿を目の端で捉えた後、状況をあまり理解していない二人を一瞥してから、腰を低くしている彼女に声をかけた。
「王妃陛下、頭をお上げください。王妃陛下のご尽力、大変有り難く思っておりました」
「ヘイリー家も同感です」
彼女がヒルダとグレンの婚約を破棄、それが出来なければ解消しようとあらゆる措置を講じていた事は両家とも理解している。
特にハズラック公爵は、王妃陛下から何度か非公式に婚約について謝罪を受けていた事もあり、彼女の奮励には感謝していた。
彼女は年々悪化する二人の仲とヒルダの研究意欲を考慮した上で、宮廷魔道師団に入団できるよう推薦状を認めたり、グレンの傲岸不遜な態度を窘めたり、国王陛下に婚約の見直しをするよう要請したりと尽力していた。
残念ながらグレンは母の声に耳を貸す事はなかったし、夫である国王陛下も彼女の話に傾聴する事なく、のらりくらりと躱していたのだが。
「ハズラック公爵……ヘイリー公爵……」
「二度とこのような惨事が起こらないよう、ご協力願います。この件はまた後日に」
「……ええ。その時にはこちらも全力を尽くしますわ。先に今回の件を片付けましょう」
母の言葉にグレンはビクッと肩を震わせる。彼女の謝罪により、やっと由々しき事態である事を理解した彼には先ほどまでの勢いなど無く、ただただ項垂れるだけだ。
「グレン。ハズラック公爵令嬢との婚約は破棄されました。勿論、こちらが有責です。彼女への慰謝料はお前の私財から支払いなさい。王家からの援助は一銭たりともありません」
最終的に両親が手を差し伸べてくれるであろうと考えていたグレンだったが、母の言葉に慌てて顔を上げると、視線が交差した。
だが、彼女の眼差しに普段のような温かみは全くない。まるでそこらに落ちている石を見るかのような――感情のない視線を向けられていた。
その視線にグレンは身の毛がよだつ恐ろしさを感じる。慌てて助けてもらおうと、彼女の隣で縮こまっていた父を見やるが、彼は息子であるグレンに視線を合わせない。
血の気が失せていく。この場には誰も味方はいない、グレンはやっと理解した。
「そもそも――ハズラック公爵令嬢との婚約は、お前の希望で叶った事を忘れたの?」
元々ハズラック公爵は一人娘であるヒルダを後継にしようと考えていた。そのため、最初はこの婚約を断ろうと考えていた。
先の通り婚約者候補としてヘイリー公爵の娘であるエリスだけでなく、侯爵家には同年代の娘も何人かいたのだから。
それでもヒルダが選ばれた理由は、グレンが「ヒルダを婚約者に」という意見を変えなかったからだ。
彼女やハズラック公爵も「そこまで望まれているなら」と婚約を了承し、公爵は分家から養子を迎え入れて、彼を後継の座に据えていた。
その事実を思い出したグレンの身体は小刻みに震え始める。
再度縋るように父へと顔を向けるが、彼は頑なにグレンの顔を見ようとはしなかった。
彼も原因の一人なのだ。昨日とことん王妃に説教されたため、顔すら上げられない。
ヒルダとグレンの仲を報告で受けているにもかかわらず、「思春期が終われば大丈夫だろう」と放っておいたツケがこのやらかしだ。妻である王妃陛下からも再三言われていた事に耳を貸さなかった国王陛下も、彼女に冷酷な視線を送られている一人だ。
「自分から頑なに願っておきながら、その事実すら忘却。その上、婚約者ですらない令嬢に婚約破棄を告げるなど……笑止千万。本当にヒルダには申し訳ない事をしたわ……慰謝料はきちんと払いなさい。自力でね」
「……はい」
グレンの心境は崖っぷちである。
しかも事実を改めて突きつけられた事により、多少冷静になった彼は急に周囲の視線が気になり出した。その上、この場には人違いで婚約破棄を突きつけたエリスも参加しているのだ。
彼はもう顔を上げる事ができなかったからだろうか。この場に参加すべきであろう人物が来ていない事に気づかない。
俯く息子に呆れながら、王妃陛下は言葉を続けた。
「そしてもうひとつの宣言、子爵令嬢との婚約についてですが――」
彼女の言葉でグレンは反射的に母の顔を見た。その言葉が彼に一縷の希望を持たせたのか、瞳が輝いているように見える。
――王家として宣言したのだ。きっとアンと婚約できるに違いない!
そう雄弁に語っている瞳を見て、エリスは思わず眉を顰めた。不快感を感じたからではなく、笑いが漏れてしまいそうになるのを防ぐためだ。
この王子は本当に周囲が見えていなかった。もう少し王妃陛下や側近候補たちの話を聞いていたら……自分の立ち位置も分かっただろうに。
「……ロートン子爵令嬢は、お前との婚約を遠慮したわ」
「えっ?」
相思相愛だったアンと結婚できると思っていたグレンは、母の言葉を理解できない。いや、理解しているのだろうが、その言葉を飲み込めないでいた。
そんな息子の様子に彼女はため息をつく。
「そもそもお前はロートン子爵令嬢の話をしっかりと聞いていたの? お前に付けた影からの報告を聞いたら、彼女は全く悪くないわ。……強いて言うなら、お前をあしらえなかった事くらいだけれど、子爵令嬢には荷が重いわね」
「で、ですが……彼女は私と居たい、と……」
しどろもどろになりながらも、彼女の愛を信じていたグレンは、彼女の言葉を伝える。
だが王妃陛下はそんな彼を冷ややかに一瞥した。
「本当に?」
「えっ」
「本当に彼女は、お前といたい、と言ったのかしら? ……そもそもロートン子爵令嬢には婚約者がいたのよ。彼女の婚約者とはもちろん、教会で然るべき手続きを取っている事を確認済みよ。彼女と両思いであるならまだしも……そうではないのだから、お前の権限で彼らの婚約を解消する事は叶わないわ」
「……」
そう母に言われてグレンは再度彼女とのやり取りを思い返す。
だが思い起こしたところで、浮かび上がるのは――グレン自身が彼女へ「一緒にいたい」と望んだだけで、彼女は自ら「一緒にいたい」と彼に告げてはいない事。
そしてその話を振ると、困惑しながら「臣下としてお支え致します」とぎこちなく微笑んでいた事。
改めて考えれば、彼女から一度も言われた事がないことに気づく。
今までの事が自身の幻想であった事を突き付けられたグレンは、その事実に身体の力が抜けたのか、ソファーの背もたれに寄り掛かり、がっくりと首を垂れた。
まるで屍のような彼を悔恨と侮蔑が混じった瞳で王妃陛下は見つめる。
「私がグレンを導くべきだったわ」
ため息混じりに告げれば、彼女の隣で息を潜めていた国王陛下の肩がぴくりと跳ねた。
その様子を横目で見ながら、ヘイリー公爵が言葉を告げた。
「その件に関しては、決して王妃陛下のみの責ではございません。後手に回ったとはいえ、彼には幾度も自身を見直す機会がありました。元々の素質の問題でしょう」
「そもそも陛下をグレンに近づけさせた事こそ私の罪ね」
「それを言うなら、我々も同罪です。亡き側妃の形見である息子だからと、懇願され甘い対応を許可してしまったのですから」
グレンは現王妃の息子ではない。側妃の息子である。
二人が結婚して数年の間国王と王妃の間に子どもができなかったため、グレンの母となる貴族令嬢が側妃として召し上げられたのだ。
彼女は国王陛下が学園在学中からいたく気に入っていた娘であり、側妃に召し上げられてから一年後にグレンを産んだのだ。
だが産後の肥立が悪かった事もあり、彼女はグレンを産んだ数日後に亡くなっている。
そのため、王妃陛下は彼を実の息子のように愛し育ててきたのである。
グレンが生まれてからというもの、国王は彼を溺愛し、王妃陛下との夜を過ごす事も無くなった。
その事に困惑したのは周囲の貴族たちだ。大事な後継が産まれたから良いものの、もし彼の身に何か起きれば王太子の席が空位になってしまう。念のためにもう一人子が欲しかった。
見かねた重鎮たちが再度彼に側妃を召し上げて子を産ませるように諭したが、彼は現在まで承諾する事なく、今に至っている。
重鎮たちがそれを許容した事にも理由があった。王位継承権を持つ者はグレンだけではないからだ。現国王陛下の血筋ではないというだけで。
「陛下はお疲れのようですから、離宮で療養をお勧め致しますわ。グレンと共に」
グレン以外の視線が全て身を竦めている国王陛下に注がれる。彼は愛する息子に嫌われたくない一心でグレンの言葉を全て肯定するだけでなく、次代の王として相応しい人物になるようにと尽力している人達を陰で悪きように罵った事もあるそうだ。
彼に国王としての器はなかった。
それでも彼に冠が回ってきたのは、彼の兄が立太子後に亡くなってしまったからである。勿論、他にも王位継承権を持つ者がいた。だが、彼らは治世を混乱させる事がないよう、王位継承権を破棄するよう宣言していたのだ。
優秀な兄と比べて彼は普通だった。一通り王太子教育は受けているが、実際に取り仕切っているのは王妃陛下と宰相であるヘイリー公爵だ。
国王陛下は自らの仕事を有能であるからと彼らに任せ、自ら傀儡となる事を望んだのである。
義母の言葉を聞いたグレンはたまらず彼女の顔を凝視するも、感情の読み取れない表情を見て再び項垂れた。
療養という名目ではあるが、事実上の廃嫡に近い事は彼でも理解できた。
手の上から輝かしい未来がぽろぽろとこぼれ落ちている事を実感したグレンは、近衛隊長に促され重い体へと鞭打って立ち上がる。
目の前には父である国王陛下が立たされていた。彼も抵抗する事なく、近衛たちの指示に従って歩き始める。
父の後に続いて歩き出そうとしたグレンは、無意識に対面に座していたエリスの方へ顔を向けた。
紺碧の海のような瞳には一点の曇りもない。
そして微笑みを貼り付けている彼女の口元が薄らと動く。
その言葉の意味を理解したグレンは、怒髪天を衝く様に感情が爆発してしまう。怒りのままに暴力を振るおうと手を挙げた。
その事に気づいたエリスは、驚愕と失望の瞳を彼に向ける。
自ら起こした事だと頭を下げたが、いつまで経っても衝撃が来ない。
薄らと目を開けると、そこには婚約者のキースが彼女を守るように立ち塞がっていた。
驚愕で彩られた瞳を彼に向けると、視線があったキースはエリスに微笑む。
「無事でよかった」
「キース、ありがとう」
「どう致しまして」
そんなやり取りを二人でしている間に元王太子は両手を背後で押さえつけられ、顔も床に押し付けられていた。危険性の高さからか、隊長がグレンの口へ布を押し付けた。
その一瞬を利用して反発し、何とかエリスへと睨みを利かせると、彼の視線に恐怖からか身震いしながらも、侮蔑の感情を隠しもせずに彼を見下ろしているエリスが目に入ったところで、彼は意識が途切れてしまったのだった。
**
「で、実際のところどうだったのさ」
グレンが療養と発表されてから数日後。エリスは婚約者であるキースとヘイリー公爵家でお茶の時間を楽しんでいた。
未だにグレンが王太子ではあるが、熱りが冷めたら王太子の位を返上する事になっている。
また現在国王陛下は療養を発表されてはいないが、グレンの王太子位返上とともに療養という名の幽閉が待っている。
そして継承権第二位であるエリスが王太女に、婚約者であるキースが王配として指名される予定だ。
エリスの祖母は先代国王陛下の妹である。そのため彼女にも継承権は与えられていた。
元々エリスの継承権は第四位であったのだが、従兄である上二人は既に王位継承権を放棄しており、彼女が繰り上がったという形だった。
キースが彼女を疑うのは無理もないだろう。この度一番の権力を手に入れているのは彼女なのだから。
「何のことかしら?」
「子爵令嬢は君が用意したの?」
二人の間を一陣の風が通り抜けた。
風が止んだ後エリスはソーサーにカップを置き、キースに視線を合わせた。
「いいえ。彼女の件は本当に偶然だったわ」
「そうなんだ。てっきりヒルダに驕慢な態度を取っていた彼奴に一泡吹かせようと嗾けたのかと思ってた」
キースはそう告げると、肩を竦める。エリスならやりかねない、と思っていたからだ。
エリスはヒルダの事を敬愛していた。その愛情はまるで姉が妹に送るような家族愛――を凌駕する程の溺愛だった。
勿論、最初は従姉妹同士の適切な距離感を保っていたのだが、ヒルダが魔法研究にのめり込むにつれて、彼女の溺愛は大きくなっていく。
何でも卒なくこなすエリスは、熱中できるものが無かった。ひとつの事柄を突き詰める熱意に欠けており、いつも冷めた目をしていたエリス。
だが、そんな彼女とは対照的にヒルダは目を輝かせて、彼女に魔法の素晴らしさを説いていく。
最初は義務感で聞いていたが、あまりにも楽しそうに話す彼女を見て、エリスはヒルダに興味を持った。
そして彼女の素直さに触れ、色の無かった世界が色彩を放ち始めたのである。
そこからエリスはヒルダを一番に考えるようになった。
だから彼女を侮辱するグレンを、エリスは嫌悪していたのだ。
「そうね。グレンが彼女を好きになったのは……信じられないかも知れないけれど、偶然よ」
確かにエリスはロートン子爵令嬢の容姿や性格が、グレンの好みど真ん中である事を知っていたし、彼女には婚約者がいる事も知っていた。
――だが、それだけだ。
彼女からロートン子爵令嬢に関わる事は無かったし、子爵令嬢を焚き付けることもなく……むしろ静観していた。
徹底的に関わらないようにしていたのだが、ある日彼女の方からエリスに助けを求めてきたのだ。
そもそもエリスはグレンとは直接関係ない。だから彼の行動にケチを付ける必要はないのだが、怯えるロートン子爵令嬢や周囲の様子を見て、彼女は何度かグレンに苦言を呈していた。見ていられなかったからである。
その苦言も、「王太子として相応しい行動をなさって下さい」という旨を懇々と説いただけだったのだが……。
後からエリスは父であるヘイリー公爵に聞いたが、その苦言も婚約者であるヒルダ――実際はエリスなのだが――が子爵令嬢を溺愛するグレンへの醜い嫉妬から来たものだと思われていたらしい。
その時、エリスは「残念だ」と思わず呟いていた。
奇しくも、グレンの襲撃を受けた時と同じ言葉だった。
それを告げれば、キースの眉間に深い皺ができた。
「それを聞いた時、はしたないけれど鼻で笑ってしまったわ。本当にヒルダには興味がないのねって……自分で求めた癖に、ね」
そもそも彼女もグレンを引き摺り下ろそうとは全く思っていなかった。確かにグレンはヒルダを蔑ろにしていたが、当の本人である彼女が諦観し、放置していたのが理由だ。
ヒルダが涙を流していた頃も手を出す事はなかった。婚約者を変更できるほどの力は無かったから――という事もあるが、一番の理由は彼女が助けを求めなかったためだ。
まあ、ヒルダを泣かせた奴だと憎悪を募らせていたのは事実だが。
その考えが変わったのは、婚約者のいる子爵令嬢を追いかけまわし、冤罪でヒルダを追い落とそうとした事を知った時だった。
これが罷り通ってしまったら、王権は失墜する――。
だったらグレンを蹴落として王太女になっても問題ない、と考えた。むしろヒルダの手助けをできるのなら、全力を出すべきだ……そう考えてのことだった。
「正直言えば、今でも王位に興味はないわ。でもヒルダと貴方が暮らす国を衰退させるわけにはいかないじゃない?」
彼女の言葉にキースは目を見張る。
「その中に僕もいるの? てっきりヒルダだけかと思ってたよ」
エリスは鳩が豆鉄砲を食ったように瞬きを繰り返していたが、数瞬後さも当然であるかのようなしたり顔で話し始めた。
「貴方がいるのは、当たり前じゃない。確かにヒルダはつまらなかった白黒の世界に色を付けてくれた……私にとってかけがえのない存在よ。でもあの頃の私はヒルダの事には意識が向いていたけれど、その他の事なんてどうだって良かったわ。そんな世界を変えてくれたのは……輝き始めたのは、キースがいたからよ」
「僕?」
「ええ。貴方は微笑みもしない私に色々な話をしてくれたわね――正直言えば……申し訳ないけれど最初は余り心惹かれる事が無かったし、無意味な時間だと思っていた事もあったわ。けど、ある時ふと貴方を見た時に……仏頂面の私に満面の笑みで話す貴方を見て、ふと思ったの。羨ましいな、って」
一呼吸おいて、エリスは紅茶を一口飲んだ。彼女がここまで喋り続けるのは珍しい。キースとの茶会も含め、彼女は聞き役に徹する事が多いからだ。
そのためか、エリスの自分語りにキースは言葉が出なかった。まさかここまで心を開いてくれているとは彼も思っていなかったからだ。
「そこから貴方の話を聞くようになって……『雨上がりの空は君の瞳のように美しいね』と言われた時、鬱陶しいとしか思えなかった雨も、少しだけ好きになったわ。貴方がある時からお茶会の時に一輪、花を持ってきてくれるようになってからは、花を綺麗だと感じるようになって……このガゼボでのお茶会も好きになったわ。周囲の世界に目を向けられるようになったのは、キースのお陰よ。だから貴方も私にとってはかけがえのない存在だわ。ありがとう、キース」
エリスは花開くように綺麗な微笑みを湛える。キースに向けられたその笑みは、今までに見た事もない程美しく見えた。
彼はその笑顔を見た後、「ごめん」と言いながら勢いよく顔を背けたため、エリスは少々品が無かったのではないかと不安に思ったが、丁度視界に入ってきたキースの耳が朱に染まっているところを見て、エリスは嬉しく思った。
しばらく顔を背けていたキースだったが、冷静になったのかエリスに視線を戻す。
そして彼は立ち上がり、エリスの前までたどり着くと片膝をついて彼女に手を差し伸べる。キースはエリスが今までに見た事もない程、真剣な表情であった。
「僕は君の事を愛している。将来の王配として君を守り、慈しみ……苦楽を分かち合って、エリスを幸せにする事を誓うよ。共に歩んでくれるかい?」
「……勿論よ。私は貴方じゃないと嫌だわ」
「エリス、ありがとう」
彼から差し出された手に、エリスは自分の手を重ねた。キースの人柄を表すかのように温かな手に包まれて、幸せを感じたエリスは破顔する。
キースの側だからと気が抜けていた彼女は、思い浮かんだ言葉をそのまま口に出していた。
「グレンは少しでも自分を顧みる事ができていれば、きっと廃嫡にはならなかったでしょうに……」
「それが彼の器だった、という事さ」
――グレン、今更ですがそれの相手は、私ではありません。貴方の代わりに私がこの国を導きましょう。
拙作を読んでいただき、ありがとうございました。
この話、実は長編のストーリーを考えていた際に、執筆してみようと思い立った作品です。
長編の主人公は本作で名前のみが出てくるヒルダでした。第一話が『知らないうちに婚約破棄されてラッキー!』から執筆をしようと考えていたのですが……長編ではなく、主人公のいない婚約破棄場面を書いてみたら面白いかもと思い、こちらから手をつけて完成しました!
楽しんで頂けたのなら幸いです。
何作か執筆を終えているので、推敲しながらこちらに載せていこうと思います。
評価、ブックマーク等もよろしくお願いします!
新作を掲載しました
『聖女が婚約者に恋をしているという噂だったのですが』
https://ncode.syosetu.com/n7649ip/
こちらもぜひご覧ください!
〜入れられなかった補足、裏設定〜
①エリスが「公爵様にお伝え致しました』と言った理由
描写はないのですが、彼女がしていた左手の指輪が通信機器(電話みたいなもの)で、グレンが婚約破棄を言い始めてから、公爵に機器を繋げていたため、公爵もこの茶番の内容を知っていました。(なんなら、書記官に記録を取らせている)
通信機器はヒルダと魔道師団の研究員が作成したもの。
②王位継承権を持っていた従兄たち
第二継承権を持つ従兄→公爵家の後継に
第三継承権を持つ従兄→自由が良いと貴族の身分も捨てて冒険者になる
二人はエリスからグレンの話を聞いて、『国王なんてやってられるかっ』と言って、王位継承権を放棄したという裏設定があります。