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前編

 ノリと勢いで書き上げました。詳細な設定を詰めてはいないので、矛盾があったらすみません。

「殿下は頭でも打ったのだろうか……」

「婚約破棄……?」


 

 思わぬ人物の発言に周囲は困惑の色を隠せなかった。


 この場(大広間)に集まっているのは王立学園の卒業式を午前に終え、懇親会に参加する卒業生たちと、学園代表として参加している在校生である。卒業生たちは明日からそれぞれの道を歩む級友たちと、片手にグラスを持ちながら学生生活最後の歓談を楽しんでいたところだ。

 一方、学園代表として参加している在校生は、現在生徒会の一員としてお世話になった先輩方への最後の感謝の気持ちとして、この懇親会を成功させようと走り回っていた。


 通例であれば、あと半刻程で懇親会が始まる予定だった。国王陛下が到着し、開会宣言をする。これが毎年恒例、懇親会の始まり。

 後は陛下を迎えるだけとなった生徒会面々は、束の間の休憩時間として裏方で待っていた。会が始まればまた仕事はあるのだが、国王陛下が来るまでにやるべき事はほぼ終えていたからである。


 そんな中、唐突に始まったのは王族であるグレン第一王子による婚約破棄宣言からの、子爵令嬢との婚約宣言。何も聞かされていない参加者たちが狼狽えるのは仕方がない。

 

 大方、鬼――父である国王陛下のいぬ間に何とやら……というグレンの考えだったのだろう。ここで宣言してしまえば、周囲が証人となり撤回されることもない上に、それを止める者もいないのだから。

グレンも昨年生徒会長としてあちらに居たため、今が空白の時間である事を理解している。その経験を生かして、注目されやすいが誰も止める事ができないこの時を狙ったのだろう。

 


 彼の婚約破棄宣言に周囲が騒つく中、一人だけ口元を扇で隠し、無表情で立っている女性がいた。

 

 彼女の名前はエリス、グレン第一王子に次ぐ高位貴族の公爵令嬢。現在会場に集まっている卒業生の中では最高位の令嬢だ。

 美しいベージュブロンドの髪は緩く編み込まれハーフアップに纏められており、王子を見据える青い瞳は、深い海底を思わせるように輝いている。

 

 そんな彼女を前にグレンが鼻高々に「如何に婚約者として不適合なのか、ロートン子爵令嬢のアンがどれだけ王妃としての素質があるか」とやらを演説しているのだが、彼女は話半分にしか聞いていない。むしろ彼女は胸から湧き上がる高揚感を押し留めるのに苦労していた。勿論周囲には、動揺している姿を見せる事なく。



(ああ、遂にこの時が来ましたね……)



 彼女はこの懇親会がドレスでの参加であった事に改めて感謝していた。扇の下で喜びからか、口角がピクピクと動いている事を隠せるからだ。


 最初は騒々しかった参加者たちも、時間を経るにつれて事の成り行きを静観し始めており、その頃にはグレンも言いたい事を一通り言い終わったらしい。エリスを指差してこう告げた。

 


「だから婚約破棄だ!」



 その言葉を聞いた瞬間、周囲の人間たちは一様に唾を呑みこんだ後、エリスに視線を送った。周囲の視線を一身に浴びても彼女は動揺する事なく、静かに佇んでいる。その内部に秘める熱を押し留めて。


 彼女は一度視線を下に落とし再度グレンを見据えた後、口元に当てていた扇を離す。その行動を全ての参加者が見守っていた。

 

 

「殿下、申し訳ございませんが……私では、婚約の件を処理する事はできません。ですが、公爵様にお伝え致しましたので、殿下の意向も叶う可能性が高いかと」

「そうか!これで解放されるのか!」


 

 「この件を処理できない」という言葉を聞いて、眉間に皺を寄せたグレンだったが、その後のエリスの言葉で不機嫌な表情から一変し、彼女に「良い心掛けだな」と声をかけているほど上機嫌な様子が伺える。


 一方で彼女の言葉に不審な点を見出した一部の参加者の頭上には疑問符が付く。


 グレンの婚約者の父であるハズラック公爵はこの国の宰相として現在、王城の彼に与えられた執務室で辣腕(らつわん)を振るっているはずである。

 懇親会を行っている学園のこの会場から王城までは少なくとも馬車で四半刻は掛かるため、伝言を依頼したとしてもまだ彼の元に届くはずがないのだ。

 その上、エリスもグレン同様に卒業生として、皆とともにこの場に訪れて歓談していた上、婚約破棄の言葉を投げかけられたのは……今の今。彼女が公爵へと伝言を送った気配すら見当たらない。

 

 だが、彼女はこう言ったのだ。「お伝え()()()()()」と。



 そんな周囲の空気など気づく事なく、彼は後ろにいるアンへと声をかけた。


 彼女は先程グレンが次の婚約者だ、と宣言した子爵令嬢である。

 今までグレンが彼女を背中で隠していたため、エリスからアンの表情は見えなかったのだが、今にも倒れそうなほど真っ青な顔をし、身体は小刻みに震えていた。そのためか、口を開くことも苦労している。

 やっとこさ開いても声が掠れてしまい、音にならないほどだ。


 愛しい女性のただならぬ雰囲気を不審に思ったグレンは、キッとエリスを睨んだ。



「お前、彼女に何をしたっ!?」



 どうやらグレンは、今までエリスに虐められた恐怖をここで感じているのだろうと解釈したらしい。確かにそう勘違いをしても仕方がないのかもしれない。

 王子の頭はお花畑なので。


 エリスは、はぁ、とため息をつく。その姿に周囲はギョッと目を丸くして彼女を見つめ、グレンは眉間に皺を寄せる。態度の悪い彼女に謝罪を促すためグレンは口を開こうとするが、それを遮るかのように大広間の扉が大音を立てて開いた。



「殿下! 娘の婚約の件で参上いたしました!」



 乱入者によって良いところを邪魔されたと思ったグレンは、自分の行動を遮った者に文句のひとつでも言おうと視線を送る。だが、その乱入者が思ってもみない人物だったため、思わず目を見開く。


 周囲は瞬きすら忘れ、そこに乱入した人物を凝視した。ここに居る筈のない人が、いたからである。


 そう、ハズラック公爵だ。彼は周囲の視線を気にすることなく悠々と、優雅に真紅のカーペットの上を歩き、唯一驚くことなく冷静でいるエリスの元に近づいた。



「エリス嬢、巻き込んで済まなかったな」

「いえ……こちらこそ殿下を止められず申し訳ございません」

「仕方ない。彼等ですら止められなかったのだ。エリス嬢が気負う必要はない」

 

 

 二人が謝罪し合っている姿を見て、グレンは目を丸くする。そして予想と違った名前を聞いた彼は「どういう事だ?」と声を上げそうになった。その時、エリスと話していた公爵の顔がぐるりと勢いよく彼の方へ向く。

 


「我が娘、()()()との婚約についてですが、場所を移動しては如何ですか? ここはエリス嬢に任せて、別室に向かいましょう」



 そう満面の笑みで彼に告げたのだった。





 この言葉は公爵からの最後の慈悲だった。そのままハズラック公爵の指示にしたがっていれば良かったのだ。だが、グレンは予想外の展開に自ら墓穴を掘っていく。


 

「ちょっと待て、公爵の娘のヒルダは彼女ではないのか?」

「ええ、私ではありません」

「何を言っておりますか、殿下。ヒルダは数日前より魔法師団の遠征に参加しております。そのため、娘より事前に懇親会は参加できないという旨を認めた手紙をお送りしていますが……」



 エリスとハズラック公爵はそう告げると、困惑した表情でグレンを見る。


 婚約破棄の宣言をし、周囲にこの件を周知させたい王子の足掻き――そもそも卒業生にとっては級友たちとの最後の晩餐でもあるので、非常識であり迷惑である事には変わりないのだが――と考えていた周囲も、まさかエリスを婚約者だと勘違いしていたとは思わず絶句する。

 

 従姉妹であるエリスに婚約破棄するよう依頼しているのだろうか、と周囲は考えていたのだ。そうであったとしても非常識である事には変わりない。


 彼の評価は氷点下まで下がった。


 

「いくらヒルダ様とエリス様が従姉妹で似ていらっしゃるからといって……婚約者を間違えるなんて……」

「確かに今日のエリス様の装いは、ヒルダ様に似ているが……」

「そもそも、ヒルダ様の手紙を読んでいれば分かる事よね」

「あの様子ですから、読んでいらっしゃらないのでしょう」



 静観していた参加者は一様に眉を寄せ、周囲の者たちと静かに話し始めた。

 

 

 エリスとヒルダは、並び立つと双子のようにそっくりだと言われていた。ヒルダはエリスより少し明るめのベージュブロンドの髪を持ち、瞳は新緑を思わせる深緑色。背格好もほぼ同じ。そのため遠目で見れば、間違えられることも良くあるのだ。

 だが、この一年に関してはエリスがヒルダに間違えられる事など()()()なかった。いや、間違えるはずがなかったのだ。なぜなら――。

 


「ヒルダ様は飛び級制度を利用して卒業された事を殿下は知らないという事か……?」

「そのようだな。婚約者の動向も把握していないとは……」

 


 元々グレンとヒルダの仲が冷え切っているのは貴族内で周知されていたが、まさかここまでとは誰もが思わなかっただろう。

 周囲から聞こえる声にグレンは顔を真っ赤にして俯くが、声は止まる事なく彼の耳に入ってくる。


 

「そういえば、殿下はヒルダ様が生徒会に入らない事を憤慨していたな」

「――あった、あった。側近の方々も殿下を宥めるのに苦労されていたと聞いたぞ。お前、偶然居合わせていたんだよな? その時、飛び級制度の話はされていなかったのか?」

「勿論、『飛び級制度を利用するから』と何度も口にしていたぞ」



 生徒会は入学後から初回の試験期間の成績と学生生活態度を総合して抜擢され、初回の試験後の休み明けから、選ばれた者が入る仕組みだ。婚約者であるヒルダが生徒会を拒否したと聞いて、グレンは怒りを露わにした事がある。

 ヒルダは初回の試験、全ての教科で一位を掻っ攫っていた。当時から彼女とグレンは折り合いが悪く、特に試験で彼女に点数で負けたため、グレンの自尊心は散々な事になっていた。

 それなのにヒルダは生徒会に入る事を拒み続けた。


 ――内心ヒルダに仕事を押し付ける気満々であったグレンは肩透かしを食らったため、怒鳴り散らしていたのだが、それを知る者はいない。


 別の場所でもヒルダと交流のあった女学生たちが当時を懐かしみながら話し合っていた。

 

 

「ヒルダ様の在籍期間は一期生の初回試験後まででしたものね」

「ええ、歴代最短記録だとお伺いしましたわ。ですが、ヒルダ様にとっては必要な差配だったと思います。今後王子妃になる事を考慮すれば、研究時間が少なくなるのは、分かりきった事ですから」

「あの方は今の時点で数々の功績を残しておりますもの。学園に在籍するよりも宮廷魔道師団に入団された方が、国にとっては有益ですわよね」



 周囲の話す通り、ヒルダは一学年の初回試験後に学園を卒業し、そのまま宮廷魔道師団に入団している。

 ここに集っている参加者にも周知されているほど、ヒルダの影響力は高い。


 元々国内でも片手に入るほどの魔力を所持しているのだが、彼女の真価はそこだけではない。

 彼女の功績とは、「現在使用されている魔法陣や魔法の簡略化や効率化」を次々と行っている点だった。

 

 

 ヒルダは重度の魔法好きであり、令嬢には珍しい三度の飯より研究が好きな研究者気質なのだ。

 

 彼女の飛び級制度利用に関する取決めは、彼女の才能を惜しんだ王妃陛下による便宜によるものである。その提案を両親から聞いたヒルダは、研究ができると嬉々として受け入れた。

 そのためヒルダは既に学園を卒業し、現在は宮廷魔道師団の研究部門の一員として活動しているのである。


 ちなみに彼女が所属しているのは研究部門ではあるが、彼女はよく遠征にも顔を出している。

 今回の遠征についてもヒルダが丁度研究の成果を試したいと考えていた事と、上層部の意見が一致したために同行が許されている。


 周囲から彼女を敬愛する言葉が次々とグレンの耳に届く。そのため彼は言葉を発する事ができなかった。

 

 そんな彼を人の良さそうな笑みで見つめているのは、ハズラック公爵だ。

 

 だが、よく見ると彼の視線は冷ややかで、瞳の奥には憤怒の炎を滾らせている。

 ――それもそうだ。最愛の娘がこのような場で婚約破棄を告げられているのだ。しかも、婚約破棄している本人は娘の顔すら覚えていない愚者。怨恨に繋がるのは、仕方のない事。


 グレンは気づかない。地雷を踏み抜いてしまった事に。最後の温情まで無下にしてしまった事に。

 

 

「いや、しかしこのような場で殿下より婚約破棄という言葉をいただくとは思いませんでした。……そもそも数年前よりずっと私共が陛下に婚約破棄を奏上していた事も、もしかしてご存知なかったのですか?」



 表情は笑顔である公爵だが、グレンは彼の見えない圧に飲まれ、こくんと喉を鳴らす。

 最初は飲み込む事のできなかった言葉の意味を理解し、血の気が引いていく。まさか格下の公爵家から王家へ婚約破棄を求めている事など知らなかったからである。

 

 その事実を知ったグレンは、思わず零していた。

 

 

「……公爵家にとって、王家と縁付く事は良い事だと思うが」

「確かに側から見れば、良縁ではあるのでしょう。ですが、我が娘が蔑ろにされているのですよ。娘に苦労を強いてまで、王家と縁を結ぶ必要はありませんからね。そもそも我が娘……実際はエリス嬢に宣言をされていましたが、先に婚約破棄を申し出たのは、殿下でしょうに」


 

 実はこの婚約はグレンが5歳の頃に開かれたお茶会で、ヒルダを見初めたからこそ結ばれた婚約。


 政治的な均衡を考えると最良の選択ではあったが、別に他の公爵家や侯爵家の令嬢でも問題はない。彼の選択の結果だった。

 

 だから、何度も公爵は二人の様子を陛下へと奏上していた。

 ヒルダの誕生日に贈り物すら贈らず……娘が殿下の誕生日に贈った物には手紙も寄越さず……それだけではなく、贈り物は『センスがない』と一度も使わずに捨てた、など――他にも彼女を蔑ろにしていた事など当に調べはついている。


 ――最初は良かったのだ。

 二人は楽しそうに会話をしたり、お互いの嗜好品をお茶会で出し合ったり、興味がある事をお互い教えあったり……非常に良好な関係であると当初は捉えられていた。

 二人は、一生共に歩むのだからと少しずつ歩み寄ろうとしていたのだ。


 だが、数年後。ヒルダが魔法陣簡略化を成功させてから、風向きが変わる。

 

 ヒルダの功績が褒め称えられるに連れて、グレンは彼女に劣等感を持つようになる。挨拶する貴族たちだけでなく、両親までもが彼女を絶賛した。

 ヒルダばかりに注目している周囲に嫌気が差した頃、ある貴族の挨拶で「ヒルダ様が婚約者であらせられて、グレン様は幸せでございますね」と満面の笑みで言われた時、今まで溜まりに溜まったモノを抑える事ができなくなってしまったのだ。


 彼女に嫌悪しか感じなくなってしまった。


 

 その後だ。ヒルダからの贈り物を彼女の目の前で捨てたのは。

 

 最初に目の前で贈り物を捨てられた時は、流石の彼女も泣きそうになってしまった。その時は彼の執務室にいたので、すぐ辞する事で事なきを得たが、王城から帰宅する馬車内で声を殺して泣いたほどだ。

 その事を知った王妃陛下――グレンの母親は彼を叱責したし、彼の側近候補たちも酷い行いだと進言したのだが、彼は聞く耳を持たなかった。


 むしろ目に涙を溜めている彼女にグレンは溜飲(りゅういん)を下げた程だ。


 その後ヒルダは側近候補たちの助言を受けて、グレンが喜ぶであろう物を用意したのだが、受け取りはするものの使用することはなく、側近候補や侍女たちに下げ渡されていた事もあったようだ。

 

 その度にヒルダは何度も涙を溢したが、それが続いたため、諦観(ていかん)するようになったのだ。

 

 グレンの嫌悪感は、彼女に対する劣等感から生まれたもの。

 彼は感情のまま、今この時まで過ごしてしまったのだ。

 


 今まで顔を真っ赤にして得意げに話し続けていたグレンも、この言葉に顔面蒼白だ。今更ながらこの婚約が結ばれた理由を思い出したのだろう。

 公爵はそんな彼を見ながら、大元の原因となっていた男を頭に浮かべていた。



「陛下も『後少し、待ってくれ』としか言いませんでしたからねぇ……陛下が先延ばしにしなければ、ここまでの事態に発展はしなかったでしょうに……」

 

 

 公爵は、グレンにしか聞こえないであろう声で呟く。そんな何気なく発した言葉を肯定する者がいた。

 


 

「……公爵の言う通りね。愚息が大変申し訳ない事をしましたわ」



 その声は特段大きいものではなかったが、何故か会場に響いた。そしてその言葉を発した者が誰なのか、理解できた者はすぐに頭を下げる。勿論、グレン以外の全員だ。

 グレンは歩いてくる者の姿を見て、身体を縮こまらせた。



「母上……」

「顔をあげなさい。グレン、公の場では王妃陛下と言うように伝えていますね?」

「……はい」



 周囲が凍て付くのではないか、と思うほど感情のない絶対零度の視線を息子に送る王妃陛下。しかしその冷え冷えとした視線は彼を通して他の人間も見ているようだった。



「まさかここまで愚行を犯すとは……陛下に顧慮(こりょ)する必要など……いえ、詭弁ね。私も先送りにしていたのだから」


 

 彼女は息子から視線を外すと、参加者に向き直り右手を挙げる。

 この格好は国王陛下が宣誓する際の行動であり、過去王妃殿下が宣誓を行う事など一度も経験がないため、彼女の姿を見た周囲は戸惑いに包まれた。

 周囲の視線にも表情ひとつ変えない王妃陛下は、そのまま口上を述べる。

 

 

「国王陛下代理として宣言します。グレン・マコーネル第一王子とヒルダ・ハズラック公爵令嬢の婚約は、只今をもってグレン・マコーネル第一王子を有責として破棄とします。愚息のせいで大切な懇親会を台無しにしてしまい、申し訳ございませんでした……お詫びとして後日、王城で懇親会を開催するよう手配致します。詳細に関しては後ほど各々の家へと遣いを送りますわ」



 王妃陛下の言辞(げんじ)を聞いて、周囲は息を呑む。

 

 グレンは悲願だったヒルダとの婚約破棄がなったと喜びが溢れそうになったが、一方で喜びと同じくらい得体の知れない懸念にも襲われていた。

 何かしら見落としているのではないか……そんな不安に息を詰まらせる。

 

 母からの視線を無意識に避けたグレンの目に飛び込んできたのは、膝を折って臣下の礼を執る自分の愛しき子爵令嬢。

 だが、その姿を見ても自身が取り返しのつかない過ちを犯したのではないか、という想いは消えて無くなる事はない。


 疑心暗鬼に陥っているグレンを一瞥したエリスは、彼が口を開かないであろう事を察した。

 

 

「婚約破棄、承りました」

「卒業生を代表して、私が謝辞を述べます。ご配慮ありがとう存じます、王妃陛下」

「ハズラック公爵、ヒルダを長期間縛り付けてしまった事、そしてエリス、愚息が迷惑をかけた事、改めて陳謝(ちんしゃ)を」



 憂に満ちた表情で謝罪する王妃陛下を呆然とした表情で見つめるグレン。

 そんな時、ふと母と視線が合ったと感じたグレンは、母へと感謝を伝えようと口を開こうとするが、すぐに彼女から視線を逸らされてしまう。

 

 王妃陛下()はこの先懇親会の会場を去るまで、息子であるグレンへ視線を向ける事などただ一度もなかった。その事も彼への不安を更に増大させるだけだった。



 

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― 新着の感想 ―
[一言] >それに婚約破棄を申し出たのは、殿下ではありませんか」 > そう。この婚約はグレンが5歳の頃に開かれたお茶会で、ヒルダを見初めたからこそ結ばれた婚約。 「自分から言い出したのだから黙って…
[気になる点] >只今をもって破棄と致します。  たまに見るけど、なぜ、やらかした側の親が、良識がありそうなのに “破棄” を使うのか。  
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