愚かでも信じたい
「申し訳ありません、殿下。気の利かない"褒美"をねだってしまいまして」
「いや? ミーシャ嬢に感謝を示したいというのは本心だ。だが、政治的な事情も無視できないというのが本音だな。喚くしか能のない貴族の連中を排除してしまうのは簡単だが、事後処理に追われる労力を考えると、まだ奴らを据え置いていたほうが得だ」
(神殿を敵視している貴族の一派が、皇室の印象を強めるよう皇帝陛下に直訴でもしたのかしら)
なら、"褒美"として賜るのは、いかにも特別なものがいいわね。
とはいえドレスも宝飾品も、大抵のものは自分で用意出来てしまうし……。
「……これは、ひとつの案なのだが」
殿下にしては珍しい、どこか緊張を帯びた瞳。
続く言葉を待つと、殿下は薄く息を吸い込んでから、
「あなたさえよければ、"ネリーシェの花"を贈りたい」
「な……っ!」
聖女ネシェリの名を揶揄した"ネリーシェ"の花とは、皇城の温室でのみ栽培が許可されている特別なバラのこと。
柔らかな黄金の髪に、美しい赤の瞳をしていたとされる聖女ネシェリのごとく、その花弁は中央から外に向かうにつれ、鮮やかな黄色から赤へと変化している。
この花を摘み取って良いとされているのは、皇族のみ。
大神官ですら、皇家の許可なくこの花を手に入れることは出来ない。
更には現皇帝陛下が、この花を用いて今の皇后陛下に求婚したのは有名な話。
皇家では代々、結婚式にネリーシェの花を飾る風習があるという。
そんな需要な花を、ルベルト殿下が"聖女の巫女"候補の一人に贈る?
「……恐れながら、殿下。おそらくは殿下の意図に反し、"皇室からの褒美"以上の意味を見出そうとする人々の噂が飛び交うことになりますわ」
「構わない。むしろ、それを期待している」
ミーシャ嬢、と殿下はゆるりと両手を組み、
「俺はことあなたに関しては、随分と嫉妬深い男のようだ。付け加えるのなら、あなたの意志で俺を求めてほしいと願いつつも、"噂"すらも利用してこの手を選ばざるを得ない状況にしてしまえばと考えるほど、狡猾にもなれる」
静かに立ち上がった殿下が、座る私の横へと歩を進める。
数秒の間は、まるで私が逃げ出せる最後の隙を与えてくれたかのようで。
「それでも、あなたには誠実でありたい。負担であれば、断ってくれて構わない。より一層の努力を誓うだけだ」
彼はダンスを申し込むそれのように、軽く腰を折り恭しく右手を差し出した。
「どうか、あなたに焦がれ続ける切実な恋心と、唯一の愛を示す栄誉を、この身に」
「っ!」
さらりと流れるコバルトブルーの前髪の先で、微塵も逸れないルビーレッドの瞳が艶めく。
ドクンドクンと強く胸を打つ心臓は、置いてきた過去を繰り返したくはないという恐怖を塗りつぶすほどに、期待と歓喜が強い。
(認めるしかないわ。私は結局、愚かなままなのね)
私は、彼の気持ちを"嬉しい"と感じているのだと。
自覚してしまえば、自然と導きだされてしまう。
――私は殿下に、焦がれている。
「……ルベルト殿下」
発した声に、彼の肩がぴくりと揺れた。
らしくない緊張の証すら私の心をくすぐって、この"彼"となら、きっと新たな結末を迎えられるのではないかと。
「贈ってくださるのは、殿下自らが選び摘み取った花がいいですわ」
そっと乗せた右手を返事とした私に、殿下は微かに身体を強張らせた。
途端、目元と頬を蕩けさせ、
「約束しよう。あなたを見つめ続けたこの目で相応しいものを選び、あなたへの心が花弁に宿るよう祈りながら摘み取った花だけを贈ると」
持ちあげた私の指先に、優しい唇が落とされる。
殿下は尚も嬉し気な瞳を私に向け、
「聖女祭の三日目は、夕刻にあなたを迎えにいく。俺がエスコートするのは、愛おしいこの手だけだ」
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