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【コミカライズ】悪女にされた銀の聖女は二度目で愛される  作者: 千早 朔


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裏切れないもの

 一族が反皇帝派として反乱を起こしたこと。

 そして幼子ながら両親を裏切り、皇室へ情報を流したこと。

 選択の正否はともかく、この二つは周囲から多くの反感をかったという。


 虐げられているに近しい環境でも、エルバードは耐え続け、剣の腕を磨き続けた。

 そして五年ほどが経った、十歳の頃。

 騎士団の見学に訪れたルベルト殿下が、エルバードを自身の護衛騎士として指名した。


 当時の殿下は五歳。

 エルバードが全てを失ったあの日と、同じ歳だった。


「……エルバード卿の剣は、随分と長いことルベルト殿下のために磨かれているようですね」


 遠回しの肯定に、エルバードは「ええ」と頷き、


「あの時は、自ら死ぬことすら許されませんでした。あらゆる苦痛を受け続けることが、この身体に流れる反逆者の血と、自ら多くの命を奪った罪への罰でしたから。……早く終わりがくればいいと。そればかりを願いながら眠りにつくのを止めたのは、主君……ルベルト殿下に拾って頂いてからです」


 彼は当時の残影を思い起こすようにして、そっと剣を撫で、


「何も持たない私に、"殿下をお守りする"という使命を与えてくださった御恩に報いるべく、出来る努力はすべてしました。心の臓が動くだけの人形ではなく、この身体に"人"という意味を持たせてくださるのは、殿下だけでしたから。だからこそ、腹の底には常に不安と恐怖が渦巻いていました。たったの一度でも失敗すれば、"不要"だと切り捨てられてしまうだろうと」


 エルバードはまっすぐな瞳に私の姿を映し、


「失礼ながら、ミーシャ様のお姿に、その時の私の姿が重なるのです」


「っ」


「私の記憶では、ミーシャ様が主君の"婚約者候補"としてデビュタントを迎えられてからのこの六年間、社交界では大なり小なりミーシャ様を支持する声がありました。何よりも主君は、ミーシャ様をずっと気にかけています。だからこそ、不思議でしょうがないのです。ミーシャ様がなぜ、あのすべてを失った絶望と、己の命すらままならない恐怖をご存じなのか」


 隠したいと思うのに、動揺に、呼吸が浅くなる。

 刹那、エルバードが片膝を折った。

 まるで忠誠を誓うかのような行動に「エルバード卿、いったい――」と戸惑いを浮かべると、


「話す必要はありません、ミーシャ様。いつか誰かに打ち明けたいと願う日がきたのなら、相応しいお方がいるはずです。ただ、これだけはお伝えしたかったのです。……失敗を、恐れる必要はありません」


「な、にを」


「その時は、いつだってミーシャ様の力になりたいと願っている方々が、あらゆる方法をもってお支えします。無論、私も。ですからもっと私達を……ミーシャ様に捧げられる愛と忠誠を、信じてください。なによりも、ミーシャ様がこれまで築かれてきたミーシャ様ご自身を、信じてあげてください」


「――っ」


(酷なことを言うのね、エルバード)


 心底信じて、決して裏切られることはないと、どうやって証明できるというの?

 私は一度、命すらも失った。

 あの絶望と恐怖を、二度と味わいたくはない……!


「――それを、あなたがおっしゃるのですか、エルバード卿」


 私は腹立たしさを隠すことなく、


「人は肉親さえも裏切れるのだと、あなたが一番ご存じではありませんか。なのになぜ、私に信じろなどとのたまうのです? 皆の望む"聖女の巫女"が、人は皆美しいと誰でも愛し慈悲を与える、自己犠牲の化身だからですか? 残念ながら、私は私の身が一番に可愛いので、ご期待には――」


「ミーシャ様に、生き抜いていただくためです」


「なんですって?」


「今のミーシャ様は、ご自分で動くことが出来ないような危機的状況に陥ったのなら、潔く己の首に剣を付き立ててしまいそうに見えるのです。だから、覚えていてほしいと思いました。ミーシャ様が動けずとも、我々が必ず動くと。ミーシャ様は私どもを信じ、"待つ"ことに耐えてください。必ず、お助けします」


「エルバード卿……」


「今回の件で、アメリア嬢の支持派はかなり追い詰められているはずです。決してお一人では行動せず、常に周囲に気を配ってください」


「…………」


(心底、心配してくれている顔ね)


 六年前、ネルル湖を共に歩き、首都には戻らないのかと。

 うかつにも、"聖女候補"ではなくなった後はどうするつもりなのかと、訊ねてきた時と似た顔だわ。


「……私は、エルバード卿のことを好ましく思っておりますわ。六年前、殿下の命として"護衛"を担ってくださったあなたは、誠心誠意をもって"私"を守ろうとしてくださいましたから」


「ミーシャ様……」


「私はあなたの主君ではありません。他者でしかない私にすら、深い親愛の情と忠義を貫いてくださるというのに、いったいなぜ……」


 まだ親の恋しい年齢であるはずの彼は、何を思って肉親である両親を、皇帝に差し出したのか。

 いい淀んだ私の意図を察したのか、エルバードがふと瞳を和らげた。刹那、


「――シルクです。ただいま戻りました」


 数度のノックの後に入室してきたシルクが、「殿下への報告、無事に完了しました!」と晴れやかな顔で笑む。

 いつの間にか立ち上がっていたエルバードは、


「その様子だと、不備はなかったようだな。殿下からのご指示は?」


「ミーシャ様を庭園のテラスにご案内せよ、と」


「そうか。任せて構わないな。私は殿下のもとに戻る」


「はい、ありがとうございました」


 低頭するシルクの前を通りすぎ、エルバードが部屋の扉を開ける。

 すると、「ミーシャ様」と思い出したようにして振り返り、


「初めから与えられていないものを、"裏切る"ことなど出来ません」


「!」


 瞠目した私に軽く会釈して、扉が閉められる。


(エルバードは両親から、信頼も愛も与えられなかったのね)


 そっと閉じた瞼裏に浮かんだのは、私を憎んだ目で見るお父様の顔。

 なるほど、そうした考え方もあるのね、なんて妙に腑に落ちた心地で瞼を上げると、


「何の話だ?」


 不思議そうに首をひねるシルクに、「内緒の話よ」と笑んで誤魔化す。


「テラスに行かなければならないのでしょう? 殿下が来る前に行かなくちゃ」


(――いいわ、エルバード。もしもの時はあなたの忠義を信じて、待ってみることにするわ)


 これは愚かな私の、大きな賭け。

 この賭けに勝ったのなら、私は再び"私"を信じ、愛してあげられるかしら。

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます!

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