親愛なる騎士は忠義を誓う
「ご存じですか、ミーシャ様。社交界はもちろん、帝国のいたるところで、ミーシャ様が"聖女の巫女"ではないのかと噂されているようです」
首都の本邸に戻るなりルベルト殿下から手紙が届き、数日おいてからシルクを連れ参上した皇城の応接室。
殿下へ報告にと向かったシルクに代わり護衛としてついたエルバードが、突如として口を開く。
彼は視線を遣った私の表情を探るような瞳でじっと見て、
「かの"奇跡の雪"は"緑の悪魔"を暴いたばかりか、献身的に尽くすミーシャ様に贈られた、聖女ネシェリ様の"祝福"なのではないかと推察する者が多いとか」
私は困ったような笑みを浮かべ、
「お兄様から聞きましたわ。もしも噂が本当ならば、大変に光栄なことですけれど。ネシェリ様にお尋ね出来ない以上、真実を確認する術がないのは、残念ですわ」
(うかつだったわ。まさか、あの夜に殿下とエルバードが村にいただなんて)
リューネの力も借りながら、初めて"治癒"の祝福を願ったあの後。
加減がうまくいかなかったようで、私はその場で突如倒れ、深い眠りについてしまったとシルクから聞いた。
ルクシオールには興奮して小屋から飛び出してきた患者たちの相手を任せ、人目につかないよう、ユフェの家の寝台まで私を運んでくれたという。
シルクには"聖女の巫女"だと打ち明けておいて本当に良かったと、胸を撫で下ろしたのもつかの間。
翌朝、私が眠っている間に殿下とエルバードが訪ねてきたと聞いた時は、心臓が凍る心地がした。
シルクがうまく凌いでくれたし、ルクシオールとも既に話はついている。
今、シルクが殿下にしているであろう"報告"が"事実"となるのだから、心配はない。
それでも、きっと殿下は話題に出してくるだろうとは推察していたけれど……。
(殿下よりも先に、エルバードから探りを入れられるとはね)
殿下からの命かしら。それとも、個人的な興味?
どちらにせよ、"真実"を知られるわけにはいかない。
「……ミーシャ様は」
エルバードはどこか納得のいかなそうに眉根を寄せ、
「ミーシャ様は、この噂に乗じて自身が"聖女の巫女"である可能性が高いと、周知なさらないのですね」
「……そうすべきでしたか?」
「……私は選択の正しさを判断できるような立場ではありません。ですが、ミーシャ様がたった一言ご自分の可能性について言及すれば、"噂"は真実味を帯びて加速するでしょう。そうなれば、これまでのようにミーシャ様を"悪女の巫女"とのたまい、襲撃を考える輩は減るのではないかと」
エルバードは躊躇ったように一度目を閉じてから、
「ミーシャ様は時折、あえてご自身を苦難の道に立たせているように感じることがあります」
どこか責めるような声色に、少々面食らってしまったけれど。
付き合いの長さから、その意図を汲み取った私はくすりと笑んで、
「思っていた以上に心配してくださっていたのですね、エルバード卿。嬉しいですわ」
「……ミーシャ様の中で、私は随分と薄情なようですね」
「エルバード卿が薄情だったのなら、わざわざ皇城から通って、シルクを騎士に育てあげてはくれませんわ。シルクには何度も助けられていますし、そういった意味では、エルバード卿に救われているも同然ですもの。本当に感謝しています」
くすくすとひとしきり笑ってから、未だ釈然としていない様子のエルバードを見上げる。
「わざわざ茨の道に身を投じているわけではありませんわ。ただ……選択を誤った時に、受ける傷は少ないほうがいいですから」
「選択を誤る? ミーシャ様が?」
「私だって完璧ではありませんもの。……もしも私が"聖女の巫女"の可能性について言及したとして、その後私のいない場で再び"奇跡の雪"が目撃されたなら。おそらく私の印象は、一気に悪いものに変わるでしょう。期待が高ければ高いほど、転じた時の反動も大きいですから」
それこそ、せっかく大人しくなったアメリアの信者が、ここぞとばかりに暴れまわるに違いないもの。
アメリア自身だって。
"審判の日"が着実に迫りくる中、絶好の機会を逃すはずがない。
「私がこのまま沈黙を貫けば、"噂"は"噂"にしかなり得ません」
エルバード卿、と。
私は笑みを消し、
「私は、ほんの僅かな隙も与えたくはないのです」
途端、瞠目したエルバードが、ぐっと拳を握りしめたのが分かった。
彼は苦々しさを隠すことなく眉間を寄せ、
「……ミーシャ様は、私の出自についてご存じですか」
「…………」
知っている。
六年前、当時まだ十七歳という若さにも関わず殿下の護衛騎士であった彼の背景が気になって、ザハールの地から本邸へ戻った後に調べさせてもらったから。
エルバード・ジャスタ。
既に無き伯爵家の、最期の生き残り。
彼が五歳の時に、彼の一族を含む反皇帝派の貴族が反乱を起こした。
が、事前にとある筋より情報を得ていた皇帝は、配備していた帝国騎士団によって彼らを制圧。
反逆に加勢した家門の一族を、全て粛清した。
しかし、エルバードだけは一命を取り留める。
皇家へ反乱の動きありと伝えたのが、エルバードだったから。
皇帝は幼い彼の忠義に、"命"という褒美を与え。
同時に、反逆を起こした貴族の結末を人々が忘れないよう、その存在自体を"見せしめ"とした。
(エルバードは皇帝によって帝国騎士団へ送られたそうだけれど、あまりいい環境ではなかったようね)
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます!
気に入りましたら、ブックマークや下部の☆→★にて応援頂けますと励みになります!




